赤闘
『修練場』では余計な時間を費やしてしまった。俺は街の中心部へと足早に進む。
「ちょっと、早いっすよカナタさん! っていうか、次はどこ行くんスか!」
ヒーヒーいいながら後に続く『ああういあ』改め『アーウィア』に黒装束の袖を掴まれ、やむなく俺は歩調を落とす。
魔法職のせいか体力値のせいか、はたまた酒の抜けていない小娘であるせいか。彼女にはこのペースでの移動は厳しいようだ。
時間を無駄にしたくないのだが仕方ない。別の方法で時間を節約することにしよう。
「これから向かうのは『商店』だ」
「お買い物っスか? 確かにわたしら自分の装備なんて持ってないスけど。まさかとは思いますが、浮かれて散財したいだけじゃないっスよね? 今後のことちゃんと考えないとマジで人生詰みますよ?」
アーウィアは不安げに俺の袖をぐいぐい引っ張りながら訴える。これで意外と頭の回るヘッポコ司教だ。
「大丈夫だ、俺に考えがある」
「その心は?」
「俺たちがこれから行うのは、『赤字狩り』だ!」
「あ、『赤字狩り』っスか……」
アーウィアはごくりと生唾を飲み、俺の言葉を復唱する。
説明を聞く前に、漠然としたイメージは伝わったようだ。やはりコイツは話が早くて助かる。
「レトロゲーの序盤なんて苦行に決っている。付き合ってられん。高効率で一気にレベルを引き上げる」
「言ってることはよくわからんスけど、なんとなく察します。それで、このヘッポコ二人組がどうやってそれを?」
本当に、話が早くて助かる。
「いちおう聞いておくが、お前が使える魔法はなんだ?」
「攻撃系だと、『小傷』っスね」
「範囲と威力は?」
「近距離の敵一体が対象で、わたしが棒で2、3発ぶっ叩いたくらいの威力っス」
「石でも投げた方がマシだな。他には?」
バッサリ切り捨てられたのが不満なのか、アーウィアはふくれっ面でぶーぶー言っている。
「あとは『兎足』だけっスよ。『いいことがありますように』っていう、おまじないの魔法っス。合わせて2回しか使えません」
「使うとしたらそっちだな」
「嫌味っスか? そりゃ自分が戦力としてはへなちょこなのは知ってますけど、レベルが上がらんことにはどうしようもないス……」
「そういうわけじゃないんだが。……着いたな」
軽いミーティングをしているうちに『商店』へとたどり着いた。俺たちの命運を握っている、第二の拠点となる場所だ。
「……らっしゃーせー。ご用件っぞー」
応対に出てきたのは若い男だった。アーウィアと同じくらいの年頃だろうか。ひょろりとした体格で、覇気のない顔をしている。店の丁稚小僧であろう。
俺とアーウィアをひと目見て、カネにならない客だと判断したようだ。面倒くさそうな態度を隠そうともしない。
「大口の取引だ。担当者をつけてくれ」
「はぁ……初心者セットでも見繕えってェんなら、俺でじゅうぶんですけどね」
店の若造はカウンターに頬杖をつき、陳列された油燈や縄、戦斧や円盾などがある一角に目を向けて答える。
(カナタさんカナタさん、わたしたちこの小僧にナメられてるっスよ! バシッと言い返してやりましょう!)
アーウィアは初めて訪れる『商店』に気後れしているのか、こそこそと俺の後ろから耳元へ囁きかけてくる。心配するな。
俺は懐に手を突っ込み、アイテム欄の中でも価値の高そうな一品を選んだ。『斬魔剣』と銘の付いた長剣をずるずると引っ張り出し、カウンターにごろりと転がしてやる。若造は一度横目をくれてから、身体ごと振り返った。
「こういった品を、複数扱いたい。上の者に取り次いでくれ」
迷宮第八層攻略パーティーが売り渋るほどの逸品だ。そこらで出回っているような代物ではない。
一変して真剣な顔をした小僧の視線が、俺と剣のあいだを何度も往復する。
「……鑑定させてもらっても、いいですかね?」
「構わん、好きにするといい。だが見ての通り高価な品だ。扱いにはくれぐれも気をつけてくれ」
(うは、かっけー! カナタさんかっけーっス! 他人の財産でドヤ顔決めてるカナタさんマジかっけー!)
うるさいな。
若造は伸ばしかけた手を引っ込める。カウンターに両手をついて顔を寄せ、置かれた剣を鑑定し始めた。
目を見開いたり細めたり、匂いを嗅いだりしている。食い物を前にした野良犬のようだ。
(っていうか、パーティーの持ち物っスよ。勝手に売っちゃって大丈夫なんスか? あとで怒られたり捕まったりしないですよね?)
(問題ない、持ち主は全員死んだ。それにレトロゲームだとよくある流れだ)
パーティーで共有しているのだから、俺の財産でもあるだろう。第九層の死者を含むこのパーティーはまだ解散していない。どう扱うかを決めることができるのは、生きているメンバーだけだ。
「確かに大口の取引みたいですね。お客さん……いや旦那! この仕切り、俺に任せてもらえませんか?」
鑑定を終えて顔を上げ小僧は、目をギラつかせて身を乗り出す。最初の印象こそ最悪だったが、意外と利に聡い野心家であるようだ。
「悪いがあまり時間がない」
「ま、待ってください! ちゃんと俺、旦那が望む通りの額を付けてみせますから!」
なんとか食い下がろうと必死な彼を受け流し、俺は剣を懐に収める。かわりに所持金から1,000Gpを掴み取り、出てきた小金貨を弾いて小僧に放る。
「儲け話なら今度お前にも持ってきてやる。悪いようにはせん。上の者を呼んでこい」
(かっけー! 他人の稼いだカネで偉そうにしてるカナタさんかっけー!)
うるさいよ。
俺たちは別室に通された。
店の番頭だという壮年の男とテーブルを挟んで簡単な挨拶を交わす。
先ほどの小僧が三人分の茶を運んできた。店番には戻らず、部屋の入口で衛兵のように背筋を伸ばして立っている。後々、この商談の手柄に食い込むためのアピールだろう。『この上客を商談の場まで連れ出したのは自分だ』という形を残そうというのだ。
番頭は横目で小僧をちらりと見たが、特に何を言うでもなく俺たちの相手を続けた。
「まずは買い取りを頼みたい。アーウィア、お前の持っているアイテムを出してくれ」
「どれっスか?」
「全部だ」
「えー……」
アーウィアは愛用のズタ袋を抱えてまごまごしている。
まずは軍資金を調達しないことには話が進まないというのに。俺たちが『赤字狩り』をするには、とにかくカネが必要なのだ。