あくま
昇降機の中は安全地帯であるらしい。ゲーム的な都合だろう。
檻の中から第九層の悪魔たちを観察する。どうやら悪魔には二種類いるようだ。山羊頭のやつと、牙の長い肉食獣みたいな顔のやつだ。後者の方がやや身体も大きい。
「なんか牙面の方が偉そうだな。態度に透けて出ている」
元請け会社の社員みたいな感じだ。自分ではそんなつもりはないのだろうが、内心が隠し切れていないのだ。そういうのは伝わるから気を付けねばならない。
「山羊なんてしょせん草を食ってるような動物っスからね。舐められても文句は言えねーっスよ」
ひとまず、牙の方を上級悪魔、山羊の方を下級悪魔と呼称することにした。更に上の悪魔や中途半端な強さの別種が登場したときに困るタイプの命名である。発見者が昆虫とか雑草の名前を適当に決めたせいで後世の分類学者に迷惑をかける類のやつだ。
上級が三体に、下級が六体いる。合わせて九体の悪魔たちだ。
「……いっぱいいます。刺し違えても一人一殺では足りませんね」
いちいち鉄砲玉みたいなドワーフ娘だ。もう少し命を大事にしろ。
「まともに当たりゃ押し負けるぜ。どうやって仕掛けンだ?」
「ねぇみんな、そろそろわたしの上からどいてくれないかしら? エルフは敷物じゃないのよ?」
戦闘において数の差というのは、ぱっと見の数字以上に大きいのだ。
有名な話である。仮に赤い帽子を被った三人のアーウィアと白い帽子のアーウィア二人が戦ったとする。赤白一組のアーウィアがタイマン勝負をしている間に、二人の赤アーウィアは一人の白アーウィアを囲んでボコることが可能になる。そうやって白アーウィアを一人倒せば、次は残る白アーウィアを三人の赤アーウィアで囲んでボコれるのだ。
もっと数が増えても基本は同じだ。敵数が多いというのはそれだけで脅威である。確か、何とかという偉いおっさんが名付けた何とかの法則というやつだ。
数の上では俺たちが不利だ。一方的にボコられる白アーウィアの側である。ならば戦闘に参加できる敵の数を減らすしかない。その上で戦力の集中的な運用である。
「いきます! 『忍法・煙玉』!」
ニコの放った球体が爆散し、辺りを白煙が包み込む。
「あいつだ、狙うぞ!」
煙玉から逃れた山羊頭二体へ全員で一斉に襲いかかる。
「へあーっ! 『雷球弾』!」
先んじてルーの魔法が発動、青白い稲妻が山羊頭を撃つ。まばゆい光が目に飛び込み、ばりばりと薄氷を踏み砕くような音が鳴り響く。辺りを漂う生臭い匂い。しかし悪魔は倒れていない、魔法への抵抗力を持っているのだ。
続いてニンジャの一太刀、庇おうとした腕ごと胸板までを、ばさりと切り裂く。手応えありだ。
「おっしゃ任せろー! いくぞ坊主!」
「応ッ、悪魔よ滅せよ!」
司教と僧侶が揃って飛び出し、血を吐く山羊頭へ鈍器を振り下ろす。後は相手が動かなくなるまで殴るだけだ。まことに暴力的である。
「こっちゃァ任せろ、兄さんは次のを狩れッ!」
ヘグンはもう一体の山羊頭と切り結び、そこへニコが不意打ちを狙って敵の背後に回り込んでいる。
「ほあっ、『対魔防殻』!」
攻撃魔法は効かないと判断したルーが防御魔法を使う。いい判断だ。なぜ日頃からそれを活かせないのか。そんなだから敷物にされるのだ。
白煙の中から牙面の上級悪魔が歩み出る。次はお前だ。
「ごきげんよう、さらばだ」
無防備にのし歩くデカブツなど敵ではない。振り抜いたムラサマが、上級悪魔の首をすぱんと刎ねた。致命の一撃である。
「……煙が、晴れます!」
雹と冷気が嵐となって吹き荒れる。上級悪魔の攻撃魔法だ、こちらのHPがガンガン削られる。
「知るかー! うらァー! くたばれー!」
勇ましいへなちょこアーウィアが戦線を押し上げている。強力な魔法が封じられた大賢者の護符に呪われている司教様だ。やたら固いので上級悪魔とも真正面から殴り合っている。自分が魔法職だという自覚がまったくない。
「姉御、無理すんじゃねェ!」
ヘグンが悪魔の足首を渾身の力で斬り付ける。巨体が大きく揺らいだ。
「ボダイ、アーウィアの支援を!」
「『中傷治癒』ッ!」
「がんばってー、もうちょっとよー」
戦士と司教が敵を足止めし、僧侶がそれを支える。エルフは籠の中でわーわー騒ぎ、闇に溶け込んだニンジャ二号が姿を現す。
「……お覚悟ッ!」
水平に構えた短剣を悪魔の首に突き込んで、ニコが止めを刺した。
「これで最後だ」
ムラサマの三連撃で山羊頭を切り刻み、俺たちは悪魔の群れを退けた。
「なかなか洒落にならんスよ。こんなのばっかだと命がいくらあっても足らんス」
「普通ならさっきので全滅しています。アーウィア殿、もう少し慎重に行きましょう」
「……アー姐さんより先に死ぬのが私たちの仕事ですよ。覚悟を決めておいてください坊主さん」
「――お前ら、静かにしてくれ。集中できない」
ニンジャが罠解除をしているのだ。ここで失敗すると大変なことになる。
宝箱を叩いたり擦ったりしながら罠を外す。さっきから手応えがよろしくないのだ。箸で掴んだのがイカではなくキャベツの芯だったときのような違和感がある。焼きそばを食っているときに時々あるやつだ。
宝箱は爆発した。
毒針かと思って解除していたのだが見立て違いだったのだ。
「皆、大丈夫か? 回復は済んだか?」
「あァ問題ねェ。だが魔法は使い切っちまったな」
「わたしはまだ残っているわよ?」
敷物が何か言っているが無視しよう。回復が尽きた以上、今日の探索はこれで終了だ。カラオケの一曲目で大声を出して喉を壊した感じである。ここで無理をしてもいい歌はうたえない。マラカスを振る係に専念しよう。
「で、お宝っスけど」
「何だろう、鍋みたいな感じだな。兜だろうか」
未鑑定アイテムである。
アーウィアが手探りで形を確かめたり匂いを嗅いだりして鑑定している。
「――うっス、みすりるの兜っス。みすりるって何スかね?」
「ほう、ミスリルか」
ファンタジーでは定番の金属である。魔法銀とかそんな感じのやつだ。
元素周期表のどこに位置するのか不明である。現代人の知識が通用しない謎の元素だ。一応、未知の合金である可能性は残されているが。
「ちょっとレベルも装備も足りていないな。出直して作戦を練り直すとしよう」
「物足りねーっス。第六層に寄って少し狩って帰りますか?」
「いや、荷物が多い。一度地上に戻るとしよう」
魔法銀の兜を懐に仕舞い、宝箱という名の木箱を小脇に抱える。後は悪魔どもの死骸を引きずって昇降機に押し込んでいく。
「昇降機の近くで倒せてよかったと考えるべきなのでしょうか」
「運ぶ手間は省けたっスな」
「兄さん、籠に乗り切らねェぞ。少し捨てて帰ろうぜ」
何かと物入りな俺たちだ。迷宮で拾えるものは何でも拾うしかない。それが悪魔の死骸であろうともだ。
「少し下処理をするか。丸々持って帰るのは一体ずつにしよう。肉は食うのに勇気がいる。ヘグンは角と牙を集めろ。俺は皮を剥ぐ」
「……お手伝いします先生」
「わたしは何をすればいいの?」
「何もせんでいいっス。歌でもうたってろっス」
ルーの調子外れな歌を聞きながら手分けして悪魔を解体する。
エルフが口ずさむのは、英雄ヘグンを称える唄であった。流行歌である。