飛び蹴り
今日も第一層は盛況だ。
大蝙蝠を追い回す新人たちを尻目に、俺たちは昇降機を目指す。
大十字路の途中で巨大蟻と戦っているパーティーを見かけた。
「蟻じゃカネにならねぇ、さっさと倒しちまえ!」
「気を付けろ前衛、槍で突くぞ!」
盾を構えた戦士の後ろから魔術師が槍を突き出している。
手先だけで繰り出された重みのない刺突だ。一応蟻に刺さってはいるが大して効いていないようだ。2ダメージくらいだろうか。
「いまだに見慣れねー光景っス。時代は変わったっスねぇ」
「後衛が攻撃をしてはならんという決まりはないからな」
なぜか敵を直接攻撃できるのは三人までだと思い込んでいた俺たちである。衛兵たちの装備を参考に槍を導入し、魔法職の連中も戦闘に参加するのが最近の流行だ。とはいっても、ちゃんとした槍など売っていないので、杖に短刀を括り付けただけの危なっかしい代物である。
「わたしも槍がほしいわ。この手で生きた魔物を刺してみたいの。きっと上手く刺せるわよ」
たまにサイコな発言をするエルフである。
「駄目だルー、お前にゃ槍は使えねェよ」
「ルーは魔法に集中しろ。あれはろくに魔法が使えない新人どものやり方だ」
しょせん後衛は後衛だ。勢い余って前衛の尻を刺してしまう事故が多発している。戦闘中に仲間から不意打ちを食らっては、たまったものではない。誰もやらなかったことには理由があるのだ。奇策を弄したせいで余計な危険を背負いたくない。ルーが刺すのは間違いなく戦士かニンジャの尻である。
「うちにゃ前衛は足りてるっス。エルフの槍なんか出番がねーっスよ」
「といいますか、ルー以外は全員前衛の経験がありますからね」
「……余計なことをすると耳を引っこ抜きますよ。袖に隠している石も捨てなさい」
「はい」
鉄籠に乗り込み迷宮の深み、第九層へと下っていく。
この昇降機はいったいどういう原理で動いているのだろうか。この世界には魔石で動く便利な家電みたいなタイプの魔道具などない。魔法にしても瞬間的な破壊をもたらすばかりで、生活に利用できるのは光明か回復魔法くらいである。
「今のうちに職業を確認しておこうか。経験値を無駄にしたくない」
「またっスか。わけわからんこと言ってるっス」
アーウィアに変な目で見られながらメニュー画面を開く。
名前:カナタ。種族:人間、21歳。職業:プログラマ、Lv.8。
「――また変わっている。いちいち直すのが面倒くさいな」
最初のアップデート以降、ちょくちょく俺の職業が変わってしまうのだ。おかげでニンジャとしてのレベルを上げ損ねた。アーウィアには追い抜かれ、うっかりするとニコにも追い付かれそうである。
職業の部分を指で突付きながら自己暗示をかける。
俺はニンジャだ。俺はニンジャだ。
名前:ニンジャ。種族:人間、21歳。職業:プログラマ、Lv.8。
「――そうではない。俺の名はカナタ、職業ニンジャ……ニンジャ……」
「兄さんは何やってんだァ!?」
「知らんス! 最近よくあるけど気にせんでいいっス!」
昇降機がガラガラうるさいので、自然と声がでかくなる一同である。
名前:カナタ。種族:人間、21歳。職業:ニンジャ、Lv.14。
「ようやく戻ったか」
鉄籠が第九層へ到着したのと同時であった。俺の独り言に全員が注目する。変な空気になってしまったではないか。
「へッ、ようやく第九層に戻ってこれたってか?」
「ここまで来られるのは我々だけですからね。気持ちはわかりますよ」
男連中は何やらいい感じに解釈してくれたようだ。助かった。
「なに浸ってんスか。さっさと行きますよ」
「……私は第九層は初めてです」
「ねぇ、そこの扉を開けてみて。面白いものがあるわよ」
エルフがたちの悪いドッキリ企画を仕掛けている。魔神の部屋だ。やめろ、そのニンジャ二号は驚くより先に飛び出すタイプだ。軽い悪戯心が大惨事を招くパターンである。お蔵入り映像は確実だ。
門番の扉をノックしているルーを引きずって第八層への階段を上る。
「長げー通路っスな。走っていきますか」
「そうもいかんだろう。敵はいないだろうが治癒薬もないのだ。万が一の事があれば危険だ」
こういう道でスピードを出しすぎると大事故に繋がるのだ。どこから歩行者だの野生動物だのが現れるかわかったものではない。だろう運転は厳禁である。
幅広の一本道をてくてく歩き、突き当りを右に折れて第二の昇降機まで行く。
「ここから隠しフロアに行けるだろうか。もし違ったら第七層でも探索するか」
「第八層の半分も未探索っス。先にそっちでも構わんス」
懐から金賞牌を取り出して昇降機に掲げる。第九層の魔神が持っていたアイテムだ。もしこの次があるとしたら白金賞牌であろうか。売り飛ばせば結構な額になりそうだが、この手の重要アイテムはすでに持っているとドロップされない仕様のようだ。
思えば護符を手に入れるため第六層の門番を倒したときも銅賞牌を落とさなかった。それどころか、第九層でかつての仲間だった骨を回収した際にも、これらの重要アイテムは見当たらなかったのだ。おそらく所持アイテムの有無でフラグ管理をしているのだろう。
鉄格子の扉を開いて籠に乗り込む。果たして俺の思惑通りに、第九層の別区画へと下りることができるのだろうか。
「ヘグン、頼む」
もしハズレだった場合に皆から残念な目を向けられるのはレバーを動かした奴だろう。ただでさえ知った風な大言をかましてしまった俺である。少しくらい責任を分散しないと、あまりにもニンジャが惨めではないか。
心配は無用であった。押し下げられたレバーを合図に、騒々しい金属音を奏でながら鉄籠は降下していく。
「――本当に動きましたね」
「おォ、兄さんの言った通りだな」
「なに、少し考えればわかることだ」
背中に変な汗をかいている俺である。根拠のない思い付きで皆を連れてきたのだ。恥をかかずに済んで一安心といったところか。
縦穴をしばし潜り、最後にがらり、と小さな音を立てて鉄籠は停止した。
「で、この状況はどうするんスか?」
「どうしようかな」
鉄格子の向こうに何かすげぇのがいる。山羊みたいな頭をした奴とか蝙蝠みたいな羽を生やした牙の長い奴とかである。アーウィア二人分くらいの背丈。体重はアーウィア十人分くらいはあるだろう。そんなのがいっぱいいる。
見たままの表現で言うなら、悪魔の大群だ。
「……襲ってはきませんね」
悪魔たちは無関心な様子で昇降機前をうろついたり座り込んだりしている。コンビニ前で屯している輩のような感じである。おそらく遊びに行くカネがないのであろう。家にいてもすることがないのだ。
「ここから出たら襲ってくるんじゃないかしら。ちょっと開けてみるわね」
「やめろエルフ! 引っこ抜くぞッ!」
ブチ切れ司教の飛び蹴りでルーが鉄籠に叩きつけられた。そのまま全員でエルフを抑え込む。あわや大惨事である。
「――これだけ大騒ぎしているのに見逃されているな。やはりここを出た瞬間に気付いて襲ってくるのだろう」
悪魔たちは花見の場所取りをしている人みたいな感じでぼんやりと過ごしている。出待ちをされているような状態だ。
「どうする兄さん、一旦引き上げるか?」
「敵の力量がわかりません。無茶はしない方がいいです」
ここまで準備してきたのに今さら中止になどできん。やるしかなかろう。
「痛いわ。重いわ」
「うるせーっス。あのデカブツどもに食われなかっただけマシっス」
「……アー姐さん、もう引っこ抜いてしまいましょう」
戦う相手はエルフではない。まずはこの悪魔どもを何とかするのが先だ。
エルフの耳を引っこ抜くのは後でいい。