ギルド会議
悪代官から迷宮封鎖の解除を勝ち取り凱旋する。
我らがオズローの街を根城とする冒険者たちの勝利である。
しかし代償もあった。
この街から武器等を持ち出すことを禁止する旨の布告である。
武器輸出禁止法だ。
その晩、第一回ギルド会議が開催された。場所は俺の借りている長屋だ。
「で、お前ら。ぶっちゃけどこまでなら食える?」
「蟻ンコは無理っスな。骨も食うところがねーっス」
当然そういう話になる。冒険者にできるのは迷宮に潜ることだけだ。
「ぎりぎり大蝙蝠はイケそうじゃないか?」
「そもそも迷宮にゃ骨が多すぎるんス。人型も気持ちわりーっス。そうなると後は黒牙狼くらいになるっスから、狩りに行ける連中がほとんどいませんよ」
「……冗談ってわけじゃァねぇんだな、兄さん」
狭い長屋に押し込まれ、光明の魔法に照らされて悪だくみする一同である。
最初の議題は『討伐魔物の部位買い取り』についてだ。
非常に冒険者ギルドらしい案件ではないか。
「旦那、そもそも魔物なんか食って大丈夫なんですかね?」
商人派閥代表はウォルターク商店のディッジ小僧だ。こいつは前もって根回し済みである。上手くスポンサーとして使わねばならない。
「魔物を食うなど聞いたことがない。いや、ドラゴンの血を飲んだ英雄の伝説などはあるが、あくまでおとぎ話の中だけだ」
前衛派閥の代表は毛皮の大将。いつぞや酒場で冒険者たちを仕切っていた、毛皮を羽織った荒々しい感じの大男だ。ザウランと名乗る戦士だ。ベテラン冒険者の中では人望の厚い男である。
「食べてみないとわからないわ。味見をしてみない? ちょっと取ってきてもらえないかしら」
魔法職派閥の代表は頭のおかしいエルフだ。
「――本当にこいつで大丈夫なのか? 魔法職の連中は何を考えているんだ」
ルーだけではなく、魔法など使う奴らは全員頭がどうにかしているのだろうか。無理もない、魔法などという非常識な力を持つ連中である。頭の方からは常識が吸い取られてしまうのかもしれない。
「魔法職というのは実力がものを言う世界ですからね。何を言ったところで、行使できる魔法の強さには敵わないのです。そうなるとルー以上の者などそうはいません」
いまだ自分がギルド代表だとは知らされていない哀れなボダイだ。何となく付き合いでここにいるつもりなのだろう。
魔法職というのは思った以上にシンプルな思考の集団らしい。絵が上手ければ問答無用で偉いという絵描きに似た精神である。
「いいかお前ら、ギルドとしては倒した魔物に対し報酬を出すだけだ。その証明に部位を持ってこさせる。その部位がその後どうなるかなど関係ない」
「そっスか。思いっきり食う食わないの話をしてるっスけど」
「建前というのはきちんと守れ。討伐魔物の選定中に、たまたま食えるかどうかの世間話をしているだけだ」
「……食べようと思えば何でも食べれます。経験済みです」
大事な会議中につい無駄話をしてしまっているだけである。本題より雑談の方が盛り上がってしまうなどよくあることだ。どこにも不自然なところなどない。
「面倒くせェな、白々しい話だぜ」
「旦那に言われて、もう猟師や開拓村の出身者に声をかけています。商店としても後には引けないんですよ」
今後得体の知れない肉が大量に手に入る予定だ。そういった食材を加工するノウハウを持った人材も手配中である。できるだけ原形がわからない状態で保存食にする必要があるのだ。なぜかは不明である。
「ひとまず大蝙蝠と黒牙狼は全身を買取対象としよう。価格は暫定で決める。ディッジは食肉加工班と打ち合わせて妥当な金額をはじき出せ」
「蝙蝠の方は相当安くなっちまいそうですけど」
「ちゃんとした肉を扱おうなどと思うな。食えそうなら骨や皮も使え。どうせ食うのは俺たちではない」
これは輸出用の商品である。食毒不明な蝙蝠の肉など食っていると、どんな害があるかわかったものではない。全国各地にばら撒き、大勢のお客様に少しずつ口にしてもらうのだ。これを売ったカネで、各地から安全な食品を輸入する流れである。その際に、他所から買ったという触れ込みで冒険者どもにも蝙蝠を食わせる予定ではあるが。
「それでは肉以外の話をしよう。武器の販売についてだ」
「街の外には売れないという話だな。俺たち冒険者で使うしかないだろう」
毛皮の大将がおかしなことを言っている。
「何を言っているザウラン。俺たちは他所から食料を買うしかないのだ。そのためのカネは外から集めねばならん。武器は街の外に売るぞ」
外貨を獲得せねばいずれ冒険者たちも干上がってしまう。謎の加工肉販売業だけでは、この街の冒険者どもを食わせるには足りんのだ。
「待ってください! うちの番頭が捕まったばかりですよ。さすがにそれはマズいですよ旦那」
「そうですね、ユートとの約束があるのでしょう? この街だけの問題では済みません。下手なことをすると領主の討伐部隊がやってきますよ」
なんでこいつらは物事を素直に考えるのだ。何にでも裏口というものがあるだろうに。
「武器ではなく鉄の塊だと考えろ。剣の先を切り落として鉈だと言い張れば済むだろう。戦斧の柄も短くして普通の斧として売るぞ。武器でなくなれば売っても問題ないはずだ」
この街の主要産業は迷宮だ。
そもそもこの街は経済が成り立っていないのだ。迷宮から出るものは武器だの防具だのがほとんどだ。使うのは冒険者、自家消費でしかない。
今になって思えば商店にも疑問がある。街の中で武器を冒険者と売り買いするだけでどれほどの利益があったというのだ。気にはなるが詳しい帳簿など付けてなかろう。
今までは冒険者たちがメシを食わずに済んだから何とかやってこれたのだ。
「カナタさん、鉈と言えば第三層の骨がそんなの持ってたっスね。あれも拾わせて買い取り対象にしましょう」
「骸骨護衛が持っていた、あの柄の長いやつか。そうだな。しかし鉈が被ってしまった」
そんなに鉈ばっかり売れるのだろうか。
「確かに鉄の塊というだけで価値がある。打ち直せば農具にもなりそうだ。鍛冶屋にも話をするべきだろう」
毛皮の大将もだいぶこちらに染まってきた。
「そっちは俺から話を通しておきます。そもそも今までが安すぎたんですよ。出来の悪い剣だって全身鉄なら結構な価値です。うちの番頭は安売りし過ぎたせいであんな目に遭ったんでしょう」
事が事なので、未だに釈放はされていない番頭である。おかげで遠慮なく商店を利用できるというものだ。
「しかしそうなると、今度は薪や炭が足りなくなりますね」
「どうして? 寒いのボダイ?」
「……鉄を打つためには、まず鉄を焼く必要があるのです」
「薪くらい、その辺の木を切り倒せばいいではないか」
斧と鉈なら使い放題だ。
「簡単に言いますけど、結構な重労働っスよ。でけぇ木を何度も輪切りにした上にそれを全部細切れに割るんス。運ぶのだって大仕事っス」
「そもそも生木じゃ燃えねェよ。薪にするにも材木にするにも、一年くらい寝かせるもんだぜ」
食糧問題と金銭問題に加え、エネルギー問題まで登場した。
「斧にしても使えば刃を研がねばならない。薪がないのでは鉄を打つにも限度があるな」
自分で言いだした癖に自分で却下して納得しているザウランである。
「――魔法で何とかならんか?」
駄目元で聞いてみる。
「大きなことはできるけど、細かいことは無理ねぇ。難しいわ」
「剣に使ったら間違いなくどっか飛んでいくっス。木に使っても山火事になるだけっス」
駄目であった。
「とにかく、使えそうなものをかき集めるしかないか。いろいろ集めれば使い道が見えてくることだろう」
結局、行き当たりばったりである。