無駄飯食らい
「アーウィアよく見ておけ。これがお貴族様だ」
「うっス、偉そうな格好っスな」
ユートは軍服に似た濃い藍色の上下に、首元に毛皮の付いた丈の短い外套を羽織っている。飾り気はないが、見るからに仕立ての良い服だ。
貴族というより軍の将校とでも言われた方が納得がいく感じだ。男装の麗人である。舞台にでも上げれば婦女子から大きな歓声が飛び交うことだろう。
「貴様ら、いい加減にしろ!」
「冒険者風情が何という口の利き方だ!」
両脇から槍を突きつけている衛兵が憤怒の形相で怒鳴る。超怒っている。しかし相手がユートならともかく、衛兵程度ならニンジャの敵ではなかろう。それをいいことに、調子に乗っている俺たちである。
「構わんのだ。お前たちは下がっていろ」
お綺麗な顔に可愛い声で命じられ、槍の二人が渋々離れる。もう少し威厳のある声が出せないのだろうか。やりにくい上司である。
「全身黒ずくめの怪しい男が来たと言われたからな。きっとカナタだろうと思っていたのだ。そんな怪しい相手は他に心当たりがない」
せっかくアーウィアの名を出したのに衛兵は伝えてくれなかったようだ。黒くて怪しい奴呼ばわりだ。ボケ潰しではないか。
お貴族様の邸宅に招かれた俺たちである。さすがに竹馬で乗り込むのは自重して玄関先に立てかけてある。
通された客間で円卓を囲み、冷えた身体で温かい茶を啜りながらご歓談だ。
木彫りではない焼き物のカップだ。椅子も背もたれと肘掛けがある。残念ながらカップに取っ手は付いていないし椅子にもクッションはないが、この世界にしては上等な部類だろう。
「いい家のお嬢だとは聞いていたが、何をやっているんだお前は」
相手は貴族とはいえ無法者の冒険者仲間だ。今さら丁寧な言葉など不要だろう。趣味で知り合った友人のようなものだ。大企業の重役だろうが野鳥の写真を撮っている間はお互いにただの鳥が好きな人である。
「むぅ、前にもちゃんと名乗ったはずなのだが。まあいい、改めてユートリヴェッラ・ジェベールだ。この度、ここオズローの街に代官として赴任した」
こんな顔して支配者層である。面倒くさいので名前は覚えなくていいだろう。
「そりゃさっき聞いたっス。どうでもいいんで、さっさと迷宮に入らせろお嬢。商店のおっさんなんか知ったこっちゃねーっスよ」
さすがにどうかと思う口の利き方である。完全に飲み友達としてしか相手を認識していない。
「そうはいかん。商店の男には、領主への反乱を企てた疑いがかかっているのだ。もし本当ならば、関わった者は全員極刑なのだぞ」
首を刎ねられたりするのだろうか。恐ろしいことをする奴だ。
「ユート、詳しい話を聞かせてくれ」
どうも相当に面倒くさい話になっているようだ。
「うむ、まずは事の起こりから話そう」
「手短に頼むっス。服が濡れてて気持ちわるいんス」
俺が雨具にしてしまったせいだ。風邪をひかないといいが。
「ここ数年というもの領内では不作が続いているのだ。もうじき麦の刈り入れだが、今年も駄目だろう。元より土地が痩せていることもあるのだがね」
ずいぶん遠いところから語り始めたな。長くなりそうだ。
「カナタさん、こいつ貧乏貴族っス。言うほどのもんじゃねーっスな」
「ああ、貧乏貴族だな。それで不作というのはどの程度だ?」
「今年の冬を越えるだけの蓄えが足りそうにないのだ。このままでは餓え死にする領民も出るかもしれない」
それは大変だ。俺たちの食糧事情にも直結する問題ではないか。
「そんな中、最近になって大量の武器が出回り始めたのだ。行商人によると、オズローのウォルターク商店が安く武器を売りに出したという」
アイテム倉庫から開放された新人冒険者たちのせいだろう。第一層から持ち帰られたガラクタのようなアイテムだ。商店の経営事情も変わって、余剰品を他所に売ることにしたのだろう。
「しかも行商人たちは、食料を買い付けてオズローへ売りに行くと言う」
今までメシも食わずに生活していた冒険者たちのせいだろう。当然、街の食料消費も増えたはずだ。
「安く武器をばら撒いて、ただでさえ少ない食料を買い漁っているのだ。武器を持った領民たちが飢え始めてみろ。何が起こるか子供でもわかることだ」
話だけ聞くと完全に内乱工作だ。よくできた国家転覆計画である。
あの日急いで実家に戻り、あれこれ事情を聞かれている間に今回の騒動が持ち上がったそうだ。ユートがこちらに戻ったのは昨日のことだという。
「以前より、オズローから武具を持ち帰る者がいるのは知られていたのだ。だが、どうやって手に入れたのか聞いても要領を得ない。調査に向かわせた者たちは帰ってこなかった」
茶を啜りながら相槌を打つ。茶菓子なんかは出してくれないのだろうか。
「領内でも腫れ物のような扱いだったのだよこの街は。ちゃんと税は納めに来るので放っておけとね。しかし不作続きでいよいよ余裕がなくなってきた。よくわからんから放っておけとも言えなくなってね、調査のために私が代官として派遣されたのだが、どうなったかは知っての通りだ。いつの間にやら聖騎士として冒険者になってしまっていたのだ。調査をしなければならんという思いだけで行動していたようだ」
ただの迷宮大好きっ子にしては筋金入りだとは思っていたが、そういう事情があったわけだ。こんな屋敷があるのに宿代でひーひー言っていたのだから間の抜けた話である。
「今ならわかる。この街を訪れた者は、神の欺瞞に飲まれるのだ。特に迷宮に関わった者は例外なくね」
そして、その欺瞞は打ち破られた。
「調査に来たならちゃんと最後まで調べろ。半端な調査結果を持ち帰ったせいで大勢が迷惑しているではないか」
「むぅ、仕方ないではないか。一年も代官の役目を放り出していたのだぞ」
「もう一日くらい増えても変わらんス。言い訳になってねーっス」
「……むぅ」
俺はユートに事情を説明した。こいつはアップデート直後に街を飛び出したので色々と情報に抜けがあったのだ。もちろん今回の異変はヘグン原因説で押し通すことにした。
「しかし問題は解決していないぞ。冒険者などという無駄飯食らいを養う余裕などないのだ。他所に武器を売られても困る」
むぅむぅ星人が正論で反撃してきた。確かにそこは問題だ。
「――お前がいない間に冒険者を取り纏める組織ができた。ウォルターク商店も押さえている。街から武器を持ち出すのを止めるよう、こちらでも働きかけよう。そのかわりに迷宮は解放しろ。このままでは領民の前に冒険者どもが反乱を起こすぞ」
まだ組織は出来ていないが構うまい。ハッタリである。物事の順番が前後することなど社会ではよくあることだ。
「しかし、それでは解決にならないではないか。食料はどうするのだ」
「――何とかする考えはある。いまヘグンが冒険者を集めて、そのための話し合いをしているところだ」
もちろん嘘だ。まだ設立に向けてようやく動き出した段階である。
「とにかく迷宮の封鎖を解いてもらおう。冒険者たちを足止めしたところで食糧事情が改善するわけではない。お互い、足の引っ張りあいをしている場合ではないだろう」
「むぅ、話の内容を聞かないことには判断できないのだ」
しつこいむぅむぅ星人だ。さっさと倒されろ。
「――組織の代表はボダイが務めることになった。良からぬことなど考えていない。俺たちは独自に問題に取り組みたいだけだ」
口先だけで勝負だ。目的のためなら手段は選ばない。なぜならば、俺は悪のニンジャだからである。
「むぅ……仕方ない、迷宮の立ち入りは許可する。そのかわり、定期的に報告をするのだ。野放しというわけにはいかん」
「よかろう」
ようやくお綺麗な顔を縦に振らせることができた。
迂闊な奴だ。出された名前を信用する前に言っている相手を確認しろ。黒ずくめの怪しい男が言っていることなど口から出任せに決まっているだろう。
「いいんスか、そうやって適当なことばっか言って」
問題ない。どうせ俺たちは有り物で何とかするしかないのだ。