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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
異世界編
53/126

長い名前


 その日は朝から小雨が降っていた。


 温かな毛布を払って寝床を這い出し、革足袋に足を通して土間に降りる。

 革の感触が素足にひやりと冷たい。


 建て付けの悪い扉を開き、天を見上げた。

 薄墨を流したような暗い空から疎らな雨粒が降っている。


「――雨、か。そういえば天候など気にしていなかったな」

 藁葺の屋根から滴る雫がしとしと地面を打つ音に、しばし耳を傾ける。



「さみーっス。なにやってんですか、まだ夜明け前じゃねーっスか」

 板間に置かれている簀巻きが文句を言ってきた。寝るときに巻き癖が付いてしまったアーウィアだ。


「いや、もう朝だぞ。暗いのは天気が悪いだけだ」

「……んぎゅぅ。マジっスか……、雨とか久々ですねぇ」

 雨音に気付いていなかったらしい。板間を転がってアーウィアが脱皮する。


「この分だとニコとルーもまだ寝ているだろう。アーウィアは二人を起こしに行ってくれ。俺は宿で粥をもらってくる」

「うっス。泥で滑らんよう気を付けてください」


 地面は泥濘ぬかるんでいる。舗装などされていないから当然だ。迷宮までの坂道を考えると今から憂鬱である。




「遅いよアンタ、もう鍋を洗っちまおうかと思ってたよ!」

「すまん女将、どうやら日の出に気付かず寝過ごしてしまったようだ」


 宿に行くと女将に怒られてしまった。わざわざ俺たちの朝食を気遣い待っていてくれたようだ。ありがたい話である。


 俺が麦粥の注がれた木皿を手に戻ってくると、アーウィアを背負ったニコが竹馬でこちらにやってくるのが見えた。長靴と雨合羽の代わりだろうか。こんな感じの妖怪がいたような気もする。体を張った芸だ、転ばなければよいのだが。




 やはりニコとルーも寝過ごしてしまっていたらしい。四人で粥を(すす)る。

 ふいに、扉を蹴破る勢いで来客が転がり込んできた。

 見慣れたヒゲと見覚えのある鼻である。ただでさえ建て付けが悪いのだから乱暴に扱わないでいただきたい。


「おい兄さん、大変だッ!!」

「慌ただしいな、どうしたヘグン」


 長屋でこんな会話をしていると落語のようだ。ご隠居役のニンジャである。落語にしてはエルフだのドワーフだの意味不明な登場人物が多すぎるのが難点だ。もう少し設定をシンプルに纏めるべきだろう。


「あら、ボダイ……? なんだか顔が変わった気がするわ?」

「……どう見ても違う人です」

「放っておくっス。粥が冷めるっスよ」


 用件は知らんが原因はわかっている。

 雨など三ヶ月以上降っていなかった。アップデートが来たのだろう。





「こいつァ斥候のヘンリクだ。まずはこいつの話を聞いてくれ」

 連れてきた男の肩をヘグンが叩く。頭巾を巻いた鼻の高い斥候風の男だ。いつぞや酒場で話した相手である。あのときもアップデートの直後だったか。

 

「――ウォルターク商店の番頭が捕まった。ガンドゥーって男だ。今朝早くに衛兵が踏み込んできて、有無を言わさず縄を打って連れてったんだとよ」

 ヘンリクとやらが語り出す。あちこち駆け回って情報を集めてきたのだろう、革鎧の下はずぶ濡れで膝から先が泥まみれだ。


「衛兵、か。それは大変だが、そこまで騒ぐほどのことか?」

「無理に朝っぱらから聞きたい話じゃねーっスな」


 あの印象の薄い番頭がどうしたというのだ。衛兵なる相手の登場には驚いたが、悪いことをして捕まったのなら自業自得ではないか。


「それだけじゃねえ、迷宮入口も衛兵に押さえられた。番頭の件が片付くまで冒険者は立ち入るなってお達しがあったそうだ。相当大きな話になっているらしいぜ。何か心当たりのある奴がいたら名乗り出ろとさ」

 それは困る。冒険者など迷宮に潜る以外に使い道はない連中だ。


「横暴っスな! 冒険者を集めて衛兵どもを血祭りに上げましょう!」

「……お供します、アー姐さん」

 血気盛んな小娘たちである。暴走する十代だ。


「やめろ、洒落にならん。お上に逆らってもいいことなどないぞ」

 冒険者など後ろ盾のない流れ者だ。体制に楯突いたところで晒し首が並ぶだけだろう。きっと一族郎党皆殺しである。


「そン通りだぜ姉御。だが兄さん、また異変だ。今度という今度は俺ァ何もやってねェぞ? どういうこった」

 ヘグンはこちらの腹の(うち)を伺うような視線を送ってくる。さすがにこれ以上、面倒事を引き受けるつもりはないようだ。


「――迷宮の瘴気がとうとう枯れたのかもしれん。前の異変の続きだろう」

「何もやってねェ以上、そう思うしかねェか……」

 それっぽい嘘をついてみると簡単に納得してしまった。流されやすい男だ。排水口が詰まる心配もない。



 水瓶を貸してヘンリクの足を洗わせる。気遣いのできる男アピールである。この斥候も有能そうだ。形だけでも恩を売っておいて損はないだろう。


 しかし、これがアップデートか。何が起こっているのかいまいちわからん。

 悪い予感がする。もしかすると、俺は何か致命的な状況に追い込まれているのかもしれない。



「――ヘグン、例の話を進めよう。今は冒険者を一つに纏める必要がある。前倒しになるが、組織を立ち上げるぞ」

 このどさくさに紛れてギルドを立ち上げてしまおう。これは好機だ。いやむしろ、最後のチャンスかもしれない。


「おい待ってくれ! この状況でかァ!?」

 ヘグンは驚いた顔をする。カツ丼大盛りを食い終わった客からトンカツ定食の追加注文を受けた店員のような顔だ。たまにいて俺も驚く。


「だからこそだ。このままでは食い詰めた冒険者どもが何をするかわからん。俺が時間を稼ぐ。冒険者を集めて話をしてくれ」

「――仕方ねェ、やるだけやってみるか。何とかなるアテはあンだろうな?」

「もちろんだ。ニコを貸してやるから使ってくれ」

「……役には立ちませんよ?」

 あまり期待はしていないが、今は人手が必要なのだ。


「ねぇカナタ、わたしは何をすればいいの?」

「そうだな、皿を洗っておいてくれ」

 エルフの手は人手に含まれない。遊ばせておこう。


「せっかく『好きなだけアイテムを持てる』ようになったのにな。迷宮に入れないんじゃ意味がねえよ……」


 足の泥を洗い流しながら斥候が愚痴っていた。





 ヘンリクにも冒険者の召集を頼み、俺は参考人として出頭することにした。

 出向いた先は、俺たちが修練場と呼んでいた施設だ。


「そこの怪しい輩、動くな!」

 門を潜ろうとしたら、雨の中を駆け寄ってきた衛兵に呼び止められた。何やら気が立っている様子である。革鎧を着込んで手には槍を持っている。そういえば槍など見たのは初めてだ。冒険者の中にも使い手はいなかった。


「そりゃ止められるっス。どう見ても怪しいっスから」

 アーウィアを背負って竹馬で歩いてきただけのニンジャだ。雨具など持っていないのだから仕方がないではないか。こいつの法衣は上等なだけあって少しは水も弾くのだ。


「ウォルターク商店の件で話がある。冒険者アーウィアが来たと伝えてくれ」

 堂々と言い放ってやると、衛兵は気圧されたように後ずさった。

「だからなんで他人の名前を使うんスか……。おい衛兵、屋根のある場所で待たせろっス」

 衛兵は更にもう一歩後ずさった。

 




 アーウィアの要求は聞き入れられず、しばし雨の中で待たされた俺たちは通門を許された。両脇を衛兵に挟まれて敷地の奥へと連行される。

 行く手に見えるのは小奇麗な邸宅だ。


「こんな建物があったのか」

「成金趣味っスな。どんなお偉いさんが住んでるんスかね」

 どうせコイツのことだから想像はついているだろうに。


「ご無礼! 冒険者アーウィアを連れてまいりましたッ!」

 衛兵の発した台詞に、背中から変な声が聞こえた。不意打ちでウケたようだ。




「むぅ、ご苦労。やはりお前だったか、カナタ」

 わざわざ玄関先までお出迎えいただいたようだ。予想通りの萌えボイスだ。


「それはこっちの台詞だ。やはりお前だったか、ユート」

「久しぶりっスな、お嬢」


 一段高いところから失礼します、というべきだろうか。

 衛兵には降りろと言われたが、これはデカい靴だと言い張って竹馬に乗ってきた甲斐があった。若干面食らっている様子のユートだ。


「貴様、何と心得る! こちらにおわすは我らがオズローの街を治めるジェベール子爵家のご令嬢、ユートリヴェッラ・ジェベール様にあるぞッ!」

 両サイドの衛兵が顔を真っ赤にして槍を構える。


「長い名前だな」

「お嬢でじゅうぶんス」


 我ら冒険者、権威などというものにはまるで頓着しない人種である。


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やっぱりルーが壊れかわいい
[良い点] ~流されやすい男だ。排水口が詰まる心配もない。 ここ好き
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