聖者の帰還
「商人の代表って話でしたか旦那。俺が務めることになりました。うちのガンドゥーもそれでいいって言ってます」
宿の女将に続き、ウォルターク商店での根回しである。
相手は例によってディッジ小僧だ。
「ガン……誰だそれは?」
「うちの店の番頭ですよ。旦那も顔を合わせたじゃないですか」
「ああ、あの男か」
最初にこの商店で大口取引をしたときの番頭の男だ。印象が薄いので気にしていなかったが、そんな名前だったか。
「うちは今んとこ、新人の冒険者相手で儲けてますから。安物の装備を買い取って別の新人に売るだけの楽な仕事です。取引の大部分がそんな感じですよ。そこに差し障りがなけりゃ構わないそうです」
「そうか。消耗品の在庫も変わらずか?」
「ええ、ほとんど品切れですよ」
かつて俺とアーウィアが赤字狩りで使った消耗品のことだ。当時はカネさえ払えばいくらでも買えたのだが、事情が変わってしまった。
巻物は一日辺りの販売数量に上限が設けられた。数量限定販売である。お洒落な和菓子屋の人気メニューみたいな感じだ。俺たちが買い漁ったせいで在庫がいくらも残ってないそうだ。補充の目処も立っていないらしい。治癒薬に至っては店頭から姿を消してしまった。
「せめてポーションの容器があればいいんですけど。旦那、残ってなかったですか?」
「ああ、探してみたが見当たらんな」
「どこいったんスかね。まさかビンごと飲んだわけじゃねーと思うんスけど」
治癒薬は容器があればまだ何とかなるらしい。そもそも、値段の半分くらいはその硝子の小壜の代金なのだそうだ。その容器がなくなったせいで追加生産ができないという話である。
俺たちは治癒薬を使った後、容器をどうしていたのだろう。さっぱり思い出せない。まさかアーウィアが言うように、飲んでしまったわけではあるまい。無意識にポイ捨てしてしまったのだろうか。悪人である。
釈然としない話ではあるが、今は関係ない。現在の俺の目標は冒険者ギルドを設立することだ。
要件を済ませ、ニンジャと司教は帰路につく。
「カナタさん、なんか長屋の方が騒がしいっスな」
「ガチョウの鳴き声だ。またヘグンの奴が襲われてるのか?」
「そりゃないっス。ニコとエルフを留守番に残してるっスから」
ニンジャ二号のドワーフ娘はともかく、ルーの奴を留守番に残しても意味がないと思うが。留守番をしろと言ったら留守番以外のことしかしない相手である。
「やっぱり誰かガチョウに襲われてるな」
「うっス、どこかで見覚えのある頭っスねぇ」
荒ぶる長屋の守り手に禿頭の男が襲われている。観戦するのは二人、わたわたと慌てるエルフと無関心に見守る子供服のちびっ子である。
「だれか助けてー! ボダイがガチョウに食べられちゃうわ!」
「ルー! この鳥を追い払ってください!」
あの連中は何をやっているのだろう。相手は鳥だぞ。
「楽しそうっスな。しばらく様子を見ましょうか」
「そうもいかんだろう。奴らがガチョウに反撃すると、俺たちが大家さんに怒られる」
手を振りながら近寄っていき、ガチョウを追い払う。
僧侶ボダイ、帰還である。
「わたしがいない間にそんなことになっていたのですか」
旅支度を解いたボダイを連れて一同は酒場へと繰り出した。何かあると、とりあえず酒場に向かうのが冒険者というものである。
旅の無事を祝し、安酒で乾杯をする。
「とはいっても、大きな出来事はその二つだけだ。ヘグンの厄介事に片が付きそうなのと、うちのパーティーに新入りが加わっただけだ」
アップデートからこっち、大したことはしていない俺たちである。
「ニコ、こいつは坊主っス。挨拶するっス」
「……どうも坊主さん、ニコです」
「ルーです。エルフです」
「ボダイといいます。よろしくお願いしますニコ殿」
さすがに頭のおかしいエルフで鍛えられているだけあって、少々変わった奴が相手でもまったく動じないボダイだ。自分をガチョウから見殺しにした女児みたいな奴とも笑顔でご挨拶である。この男もある意味変わっている。
「お前が帰ってきたのなら、ルーはそちらに返そうか?」
迷宮探索では役に立っているのだが、このエルフは預かり物だ。正当な持ち主が現れたなら返却せねばならない。
「――ユートはどうしているのです? ヘグンと一緒ですか?」
ボダイはきょろきょろと周囲を見回す。返事をしたくなくてとぼけているのかと思ったが、どうやら素の反応らしい。
「お嬢ならまだ帰ってきてねーっス。うちで預かってるのはエルフだけっス」
「はい、エルフです。魔法とかが得意です」
「……街に戻ってから、ユートを見かけたのですが……?」
ボダイは不思議そうに首をひねる。
「そうなのか?」
「なんスか、お嬢のやつは戻っても挨拶なしっスか。カナタさん、わたしら舐められたもんスよ」
アーウィアが険しい顔で安酒をかっ食らう。いちいち小悪党みたいな小娘だ。しかし、戻っているなら顔くらい出しそうなものだ。
「ボダイ、どこでユートを見かけたんだ? 話はしたのか?」
「話はしていません。『修練場』の辺りで遠目に見かけただけです」
ふむ、あいつのお綺麗な顔は特徴的だ。遠目でもよくわかることだろう。
「そうか、戻ったばかりかもしれんな。見間違いでなければそのうち顔を見せるだろう。もしかしたら、もうヘグンとは合流しているのかもしれん」
「ユート? 俺ァ見てねぇぞ。本当にユートだったのか?」
夕方になって酒場にやってきたヘグンだ。
「やっぱ見間違いだったんじゃねースか?」
「――そう、かもしれませんね」
言いはするが納得はしていない様子のボダイだ。共に命を預けあって迷宮で戦っていた仲間だ。そう見間違えるものではないのだろう。俺だって頭にズタ袋を被せた娘を並べても、どれがアーウィアだか見分ける自信がある。『見ればわかるだろう』としか言いようがない。
「……また知らない人の話です」
ニコが会話に参加できずへんにょりしている。友達の友達とかが苦手なタイプなのだろう。俺は初対面でも気にせず話をする方の人間である。馴れ馴れしいのだ。
「こいつらとパーティーを組んでた聖騎士っス。お嬢っス」
「顔が綺麗で声が可愛くて偉そうな喋り方をするのよ」
そういう紹介はどうなのだろう。あまり他所で俺の話をして欲しくない感じである。興味本位で聞くと後悔しそうだ。
「どうせ冒険者など酒場くらいしか行く宛てがない。そのうち顔を合わせるだろう。可愛い声で『なのだ』とか言ってるからすぐわかる。悪い奴ではないから心配しなくていい」
「……わかりました」
もしユートが戻っているなら合流してから決めよう、ということでルーは長屋で預かることにした。しばらく現状維持である。
ヘグンとボダイは宿に引き上げていった。それぞれ一等室に泊まるのだろう。
「仲間を貧乏長屋に預けて自分たちは一等室とか、人間として少しは気が引けないのだろうか」
「長屋だって悪くねーっスよ。馬小屋と同じくらい快適っス」
「わたしは屋根があればどこでもいいわ。さすがに馬小屋はどうかと思うけど」
気にするだけ損だった。こんな奴を一等室に泊めるのはカネの無駄であり部屋の無駄である。あれだけ宿代がないと大騒ぎしていた癖に、今さら根底を覆す発言をするエルフだ。しかし最大の問題は、ヘグンとボダイも聞けば同じことを言いそうな予感がする辺りである。
「まぁいい、俺たちも寝るとしよう。明日は迷宮を早めに切り上げて街でユートを探してみるか」
ボダイもそうすると言っていた。
「……すみません、私はお役に立てません」
人見知り体質のニコがいじけ虫になっている。
「心配いらんス。お嬢っぽいヤツを探せば間違いねーっス」
「そうね、わたしもお嬢っぽいヤツを探してみるわ」
「お前はユートを探せ。他所のお嬢を連れてくるなよ」
さてはて、ユートはどうしているのだろう。
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・私信:
お久しぶりです、オージロ・カナタさん。
生きていますか? 女神は生きています。
お待たせいたしました。神アプデです。
ちゃんとしたアップデートは初めてですね。
もちろん、まだ足りない部分もあります。
そこは今後にご期待ください。鋭意製作中です。
鋭意製作中、便利な言葉ですね。
それでは引き続きこの世界をお楽しみください。
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