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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
異世界編
51/126

商人派閥


「アンタこれ洗濯用の釜じゃないの。食べ物作るんだろ?」

「まぁ気にするな女将。食うのは俺たちじゃない」


 食べ物を手掴みで配膳するのは構わんらしい。

 ヘグンへのプレゼンに成功した翌日、冒険者ギルド設立に向け、商人派閥への根回し活動中である。



 今日は宿の女将を相手に新商品の売り込みだ。用意するのは釜と砂、いくばくかの麦と薪である。


「ねぇカナタ、砂なんか焼いてどうするの?」

「……先生が食べろと言われるなら食べますが」

「無理せんでいいっスよニコ。そういうのはエルフに任せとくっス」


 場所は宿屋の裏手であり長屋前の共同かまどである。火にかけた釜には砂が入れられ、先ほどから念入りに炙られている。そろそろ焼けただろうか。


「砂は調理器具だ。食うのは麦の方だ」

 いちいち説明が必要な辺り面倒である。何でもかんでも食おうとする連中だ。

 これから作るのは麦パフだ。いわゆるポン菓子である。



 一般的にポン菓子というのは、圧力釜で加熱した後に一気に開放することで減圧し、食品内の水分を急激に膨張させる。なかなか面白い調理法だ。しかし生憎、そんな高度な真似はできん。


 別にただの鍋でも似たようなものは作れる。素揚げすればいい。ちょっといい料亭なんかだと、稲穂の素揚げが飾りに付いていたりする。油で揚げると稲粒が弾け、白い花が咲いたような姿になるのだ。しかし、この世界においては食用の油もお高い。残念ながら、こちらも却下だ。


 そこで砂である。焼いた砂に食材を突っ込むと一気に加熱することができる。油を使わずに揚げ物みたいな感じになるのだ。

 調理後はザルで砂をふるい落として完成である。油も使っていないし水分も飛んでいるので砂は簡単に離れる。



「麦を入れるぞ。アーウィア、盾を構えろ。ニコは短剣(ダガー)で砂をかき混ぜるんだ」

「うっス、用意はできてます。どんとこい」

「……はい、やってください」


 焼いた砂に麦粒を投入する。くノ一の突き込んだ短剣が、麦と砂とを一緒くたに撹拌、一呼吸置いて麦が白く膨らんで爆ぜる。やったか!?


「うおォッ! 結構飛んでいくっス!」

「焦るな、抑え込め!」

「ねえ、麦が飛んでくるの。痛いわ。熱いわ」

「離れていろルー!」


 ぽすぽすと釜から弾け飛ぶ麦を司教の円盾で跳ね返す。この前第二層で拾ったやつだ。いくつかの麦粒が隙間を狙って逃げていく。不用意に釜に近寄りすぎたルーが被弾した。



「そろそろいいだろう。アーウィア、ニコ、今度は鎖帷子(チェイン)を広げてくれ」


 粗方の麦が弾けた。砂をふるい落とすのだが、今はザルがないので鎖帷子で代用するしかない。


「うっス、いくぞニコ!」

「……はい、アー姐さん!」


 第三層で拾った鉄兜(ヘルム)で砂をすくい、二人が広げた鎖帷子の上にぶち撒ける。しばらくわさわさ振るったら、白く膨れた麦粒が残った。


「完成、だな……」

「えらく忙しいねぇ。だいぶ飛んでったけどいいのかい?」

「仕方ない、道具が間に合わせだからな。よし、これを『ニンジャ式膨れ麦』と名付けよう」


 砂の中に若干数、不発弾が残った。弾けることのなかった麦粒である。おそらく乾燥しすぎか何かだろう。今後改善していこう。




 長屋前にさくさくという小気味よい音が鳴り響く。


「まぁ食いやすいっスな。口当たりは悪くねーっス」

「でも喉が乾きそうだねぇ。スープでも付けないと、あまりたくさんは食べられないよ」

「このまま食うとどうしてもな。いっそ他の料理に混ぜてしまってもいい」


 釜に文句を付けていた癖に結局全員で食っている。目の前に食い物があれば食ってしまうのだ。人間そんなものである。


「朝食で出すなら牛乳をかけるといいのだが。干した果実を刻んで混ぜてもよく合うのだ」

「山羊の乳とかでいいのかい? でも高くなっちまうねぇ」

「なに、大部分はニンジャ式膨れ麦だ。少量の麦で済むから儲けは出るだろう」


 シリアル食品路線を女将と検討する。脱脂粉乳の開発も視野に入れておこう。


「……空気を食べてるみたいです。お腹が膨れません」

「あら、いっぱい食べられてお得じゃない」

 ニコとルーは地面に落ちたやつまで拾いながら食っている。寄ってきたガチョウと一緒になって奪い合いだ。早いもの勝ちである。


「味気ねーのは確かっスな」

「塩でも振ってみるかねぇ」

「甘みが欲しいな。原料を麦芽にしてみるか?」


 麦は発芽する際にデンプンを糖に変える。そういう酵素を作るのだ。その酵素で糖化したやつをアルコール発酵させたのが麦酒だ。酒好きのエンジニアはだいたいこの辺りの知識は持っている。仕組みがシンプルで簡単に作れてしまう系なので、ものづくり大好きな人間と相性がいいジャンルなのだ。ただし実際に作ると法に触れるお国が多いので注意が必要である。

 うまく膨らむか実験しなくてはならん。それに糖がベタベタすると砂がくっついて食べられなくなる。やはりドライフルーツ路線が無難だろうか。


「どうだ女将、粥と違って冷めても食える。勝手に弾けるので脱穀も不要だ。うまくザルの目を調整すれば簡単に麦だけ残せるはずだ」

「まぁ考えとくよ。これはうちで扱っていいんだね?」

「ああ、代わりに例の件は頼めるか?」

「アンタらの寄り合いだろ? 好きにしなよ」


 根回し完了である。女将にはギルド設立について、冒険者の町内会みたいな感じで説明してある。面倒くさいから勝手にやれと言ってもらうためだ。思惑通りである。





「女将の方は何とか言いくるめるのに成功した。後は商店の方だな」

「あっちにはカネを貸してるっス。わたしらの言いなりっスよ」


 大家さんに釜を返し、残った薪で干し肉を炙りながらの悪だくみだ。俺がムラサマで肉を削ぎ、アーウィアが炙る係である。


「ねぇ、もう麦が落ちていないわ。お肉は焼けたかしら? 焼けてなくてもいいから一個食べたいわ」

 間違えて麦粒によく似た白い砂利を拾ったルーが悲しそうに言う。すべてガチョウに食べられてしまったらしい。


「もうちょっと待つっス。そろそろニコが酒を買って戻ってくるっス」

 かまどの縁に並べた干し肉の切れ端をひっくり返しながらアーウィアが答える。洗濯用の釜を使ったから何だと言わんばかりの連中である。やはり冒険者に食わせる物に気を使う必要などないではないか。



「……戻りました。お酒とお客です」

 壺を頭に載せたニコがヒゲを連れて戻ってきた。


「よォ兄さん、また肉を持ってきたぜ!」

 今までに見たことがないほど晴れやかな笑顔のヘグンである。何かの動物の後ろ足を干したやつを肩に担いでご機嫌な登場だ。




「その様子だと順調みたいだな」

「あァ、もう面倒くせェ話し合いはねぇからな! 大事な話があるから集まれって言って回るだけだ」


 会議のストレスから開放された英雄は陽気に酒を飲む。夏休み前の小学生みたいなテンションである。朝顔の鉢植えとかを持って帰ってきそうな感じだ。計画性がないと終業式の日に大荷物になるやつだ。少しずつ持って帰れと言われているのに聞きもしない子供である。最後に一仕事残っているのだが、ちゃんと覚えているのだろうか。


「あふいわ。あふいわ」

「そりゃそうっス。ちゃんとふーふーしてから食うっス」

「……私は焼けてないのでいいです」

「遠慮する意味がねーっス。そっちの焼けたの食っていいっス」


 やかましい連中である。食い物が出てくるたびに大騒ぎだ。


「アーウィア、お前も酒ばかりじゃなくて肉も食え。俺が炙る人になる」

「うっス。残ってる薪はそんだけっス」

「ヘグン、干し肉を削ぐ人になれ」

「あァ、何でもやるぜ!」


 肉と酒の多い食生活だ。野菜も食わさんといかんな。

 何はともあれ、ギルド設立に向けて着々と準備は整っていく。


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