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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
異世界編
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冒険者ギルド 企画書


「冒険者のための組合なァ……。無理じゃねェか? ただでさえ何も決まんねぇんだぜ?」


 冒険者ギルド設立に向け暗躍を始めた俺である。

 場所を長屋前に移し、ヘグン相手の企画プレゼンだ。



「いいかヘグン、逆なんだ。大勢で話し合っても時間の無駄だ。お前の顔を見ればわかる。相当揉めただろう?」

 心の弱みにも積極的につけ込んでいこう。俺は悪のニンジャである。


「まァな、どいつもこいつも好き勝手言いやがる。一度決まったことも後になって蒸し返しやがってよォ……」


 まずはこの男を落とさねばならない。

 俺もベンチャー業界に身を置いていた人間である。いかがわしい詐欺師まがいの人間も多い界隈だ。悪の成金たちの手口にも多少は通じている。

 ヘグンは連日の会議で精神をやられ判断力が鈍っている。良からぬことを吹き込むにはベストのタイミングだろう。



「人数の問題なんだ。どんな人間だろうが、十人も集まれば半分はルーみたいになると思え。最終的な決定は少数で行うべきだ。三人くらいに絞り込みたい」


 会議にもコストがかかるのだ。それは参加人数が増えると指数関数的に増大する。余計な奴が一人増えると、各人がそいつと意見をすり合わせ、その結果を更に各人で調整し、いつまで経っても話が前に進まない。

 そんな状態で総論各論取り混ぜて議論をしても決まるわけがない。いかに雑多な意見を黙殺できるかが鍵である。


「そいつァもっともな話だ。そこまではいいとしよう。だが、どうやって人数を減らすンだ?」


 ヘグンは酒杯を傾ける。俺が酒場で買ってきた高い酒だ。

 器が空になる前にガンガン壺から注いでやる。いい気分にさせてやれば説得も容易になるだろう。これは必要経費である。



「三つの派閥に分けて代表者を出させる。細かい話し合いはそれぞれで済ませて、持ち寄った意見で決を採る仕組みだ」


 一人で決められれば話は早い。だが独裁は駄目だ。頭だけ取り替えられる仕組みにしてしまうとクーデターを起こされる危険が高くなる。せっかく作った組織を乗っ取られてしまうではないか。


「それで連中が納得するかァ?」

 お疲れ顔のヘグンである。しかし他の奴らも疲れているはずだ。攻め落とすなら今であろう。


「策は用意してある。俺の言うとおりにしてみてくれ」

 ガチョウが寄ってきたので追い払う。今は大事な話をしているのだ。




「いいか、ここが重要だ。とにかくヘグンは『とりあえず』と『試しに』を連呼しろ。詳しい話は後で詰めていけばいいし、問題があったら後で見直していこうと言っておけ。とにかく、一度この仕組みを認めさせてしまうんだ。何をするにも、まずは話はそこからだ」


「そうだなァ……、このまま何も決まんねェよりはマシか。とりあえず言ってみるかァ」


 まさに俺が今ヘグン相手にやっている感じだ。

 疑問も疑念も何もかも保留させて自分の意見だけを押し通すための邪悪な論法である。問題の先送りは悪手だ。逆に言えば、相手の問題を先送りさせてしまえば、こちらにとっては都合がいいのだ。



「ニンジャが悪い顔になってるっス」

 アーウィアは長屋の共同かまどで大釜(おおがま)を煮込んでいる。


 大家さんから借りてきた洗濯用の釜だ。持ち手の取れた中華鍋みたいな代物である。煮込んでいるのは俺たちの衣類だ。灰を混ぜた水の上澄みを汲んだやつが洗剤代わりである。アルカリ性の何かだ。アルカリ性の物質は衣類の汚れである脂質とかタンパク質とかを、いい感じにどうにかするのだ。理解が曖昧である。

 残念ながら俺は化学は不得意だ。エンジニアだからといって理系全般が得意なわけがない。理系科目は物理一点突破であった。



「三派閥は職業で分ける。まずは前衛と斥候で一組だ。面倒くさい話し合いは内輪でやらせればいい」


 パーティーリーダーは前衛が務めることが多い。こいつらは一纏めにする。小賢しい斥候系を牽制する役目もある。おそらく烏合の衆になることだろう。団結される恐れは少ない。



「みんな、干し肉が焼けたわよー」

「……さっきからずっと焼けてます。貴方が全部食べてるんですよ。ちゃんと配ってください」


 ニコが短剣で干し肉を削ぎ、ルーが炙る係だ。せっかく火を起こしているのだ、無駄には出来ん。



「二つ目は魔法職だ。聖職者系と魔術師連中から代表を出させる。幅広い意見を募るためだと言っておけ」


 声のでかいパーティーに対する分断工作だ。一見すると前衛と後衛で二枠あるから都合よく見えるだろう。どうせこちらも烏合の衆だ。冒険者たちを納得させるための体裁である。



「宿屋の大部屋に冒険者どもを集めて提案しろ。昼間は人がいないから使わせてもらえるだろう。酒場から酒の差し入れを持っていく。各派閥の初代の代表はその場で決めろ。どうせ最初のうちは無難な議題しか扱わん。誰でもいいから形だけ成立させろ。ここでも『とりあえず』と『試しに』を連呼だ」


 焼けた干し肉もヘグンにガンガン食わせる。相手の口が塞がっているので、こちらが一方的に喋れて楽だ。いい発見をした。差し入れに干し肉も追加しよう。



「三つ目の派閥は冒険者と繋がりの深い商人たちだ。宿や商店との意見調整で便宜を図ってもらうためだと伝えろ。女将と商店の人間には俺から話をしておく」


 この部分は事務方による根回しで味方に付けよう。どうせ冒険者などという連中だ。派閥の代表には目を向けても、実際にギルドを運営するのが誰かなどにまで気が回るまい。俺が目指すのは合議制に見せかけた官僚政治である。代表などただの飾りだ。



「もうヘグンは悩まなくていいんだ。人を集める準備と発表の練習だけしよう。後のことは俺に任せろ」

「……そうだな、俺ァもう疲れた。兄さんの考えに乗ってみるとするぜ」


 精神的な疲労を酒と甘言で攻め立てられ、英雄は膝を屈した。





「そんなうまく事が運ぶんスかねぇ」

「冒険者など、酔わせて難しい話をすれば頭が追いつかんだろう。そこで『試しに』と連呼してやれば一旦は同意するはずだ」


 大釜の湯が冷めてきたので洗濯物を絞っている。防具が布地の魔法職は大変だ。さっさと干さねば明日の探索は生乾きである。ニンジャは鎖帷子(チェイン)なので洗濯を急ぐ必要はない。俺の黒装束とニコの子供服はちゃんと予備がある。


 俺の黒装束は特注品である。前に普通の服を着替えに使っていたのだが、アーウィアが知らない人を見るような顔をするので仕方ない。大家さんに相談したら、宿の女将の従姉妹の娘が針子をしているというので紹介してもらった。急ぎで一着縫ってもらい、もう一着が完成待ちである。


「ねぇ干し肉が見当たらないわ。どこにいったのかしら?」

「……もう全部食べましたよ。残っていません」

 嘘である。エルフが際限なく食うので半分はニコの部屋に隠してある。


「試しにとか一旦とか言ってますけど大丈夫なんスか? できねーことを引き受けると後で面倒っスよ」

 それを理解しておきながら自分はデカい口を叩くのをやめないアーウィアである。尖った生き方をしている娘だ。


「組織の立ち上げに必要なのは活動を実体化させることだ。一度転がりだせば周囲を巻き込んで勝手に大きくなる」

「そんなもんスか。んじゃ、わたしが干しとくんで釜を洗っといてください」


 悪の成金社長たちが口を揃えて言っていることである。まず最初に必要なのは、資金や事務所の用意などではなく活動を開始することだそうな。この順番を間違えるのは目的と手段を混同しているのと同じだとか。よく知らんが参考にさせていただこう。


 作戦のメインは冒険者どもを酒で酔い潰し、勢いでギルドを立ち上げることだ。

 神話でよくある怪物退治みたいなやり口である。


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