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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
レトロゲー編 第一章
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覚醒


 唐突に、俺は目を覚ました。


 (わら)の山をかき分けて馬小屋を出る。昨夜、隣の房に放り込んだ『ああういあ』の姿はない。

 天を仰ぐと日は高く、おそらく昼が近付きつつある。俺だけ寝過ごしてしまったようだ。

 黒装束についた藁を払い落としつつ、俺は記憶を手繰り寄せる。


 夢ではない。あの女神との邂逅(かいこう)は、実際に俺の身に起こった出来事だ。

 俺の記憶。

 そう、『アイテム倉庫』などと不名誉な呼ばれ方をする『ああうあ』ではなく、俺は『オージロ・カナタ』だ。そういえば、女神の名を聞いていなかったことに今更ながら気付く。新たに『プレイヤー』として設定してもらった恩を受けながら、ずいぶんと礼を欠いた話ではないか。とんだ粗忽者(そこつもの)である。

 俺はいつものように『冒険者の酒場』へと足を運び――



 ちょっと待て、俺。

 待ちなさい、俺。

 記憶が混濁しているぞ。いろいろおかしい。

 俺は『オージロ・カナタ』ではなく『彼方奥次郎(かなたおうじろう)』だ。いやもうそれはこの際どうでもいい。

 それよりも女神様の最後の台詞だろ、重要なのは。

 俺は大事なところだけピンポイントで聞き逃すような器用な真似はできない。

 あの女神、間違いなく言いかけただろ。


『今のうちにレベル上げとかないと、本当に死にますからー』って。




 俺は『冒険者の酒場』へと駆け込んだ。

 しょぼくれた『アイテム倉庫』連中の中に、いつもの席で真っ昼間から酒をあおる『ああういあ』がいた。

 昨夜あれだけ飲んだのにまだ飲むのか。


「おはようございまっス。今日は寝坊っスか? お酒控えたほうがいいっスよ」

「どの口で言ってんだよ! っていうか飲むな、それ置け」

「え、嫌っスけど」

 木彫りのカップをかばうように身体を縮めて防御態勢をとられた。それどころではないので構わず掴みかかる。

「おいこら、司教が素手でニンジャに勝てると思うなよ。飲んでる場合じゃないんだって、いいからそれ寄越せってば!」

「うあー! なんか今日の『ああうあ』さんテンション気持ち悪いっスよ!」




 取っ組み合いの末、カップを奪うことはできなかったが、中身を床にぶち撒けることに成功した。

 取り押さえられた『ああういあ』は、未練がましくカップに残る雫を舐めている。


「おい、レベル上げにいくぞ」

 俺の言葉に『なに言ってんだコイツ』みたいな目を一瞬向けてきたが、鼻息をひとつ立てて『暴れないから解放しろ』と言ってきた。

 落ち着いて話をするために、俺も椅子に座る。

 そうだ、俺も少し落ち着く必要がある。正直、『気持ち悪いっス』とまで言われて少し心が傷ついた。昨日までの俺を思い出せ。

 俺はニンジャだ。

 中の人が誰であるかは関係ない。俺はニンジャなのだ。



「それは、どこかのパーティーから勧誘があったってことっスか?」

 カップを舐めながら『ああういあ』が言う。路地裏で刃物を舐めながら脅迫する暴漢みたいな顔だ。もう少し他の顔もあるだろうに。


「いや、俺が『プレイヤー』になった。だから迷宮に入れる」

「いやいやいや、わたしたちのパーティーは……って、あれ?」

 ようやく酒杯を置き、彼女は眉を寄せて考え込む素振りを見せる。


「『ああういあ』、今日はいつ頃から酒場にいた?」

「いつもどおり、朝からいたっス」

「うちのパーティーは昨日、第九層を目指して意気揚々と突入したはずだ。攻略が成功したにしろ失敗したにしろ、俺たちの前に顔を見せないのはおかしいだろう」

「……昨夜おそく帰ってまだ寝てるだけかもしれないっスよ? もしかしたら、迷宮で一夜を明かしたのかも……」

「いや、違う」


 俺はメニュー画面のパーティーメンバーリストを開き、ここにいない6人の状態を確認する。


「『全滅』だ」


 リストに並ぶ6人には、『迷宮第九層 状態:死亡』と表示されていた。





 まだ納得しかねるといった様子の『ああういあ』を連れて『修練場』へ向かった。

 ここは冒険者を志す者たちが集まり、職業を得て、レベル1の新米冒険者として巣立っていく場所だ。また、歴戦の冒険者が新たな職へと転職する場所でもある。


「わたしら冒険者の場合、『プレイヤー』同伴じゃないと入れない施設っスね。レベル1冒険者の募集でもするんスか?」

「いや、まずはキャラクター名を変更する。いつまでもあうあうと呼び合っているわけにもいかん」


『修練場』は冒険者の登録情報に関する一切を取り仕切る場所だ。今日は名前変更のためにやってきた。

 何一つ問題なく、俺たちは修練場に入ることができた。同行する『ああういあ』も、そろそろ疑いから確信、今後の検討へと心が移り変わっていくのが見て取れる。

 正門から屋外練習場の脇を抜け、木造二階建ての施設内へと進む。正面奥のカウンターにいた男たちの一人に声を掛けた。


「冒険者名の変更をしたい。俺と彼女、両方だ」

 申請書を書けというので、カウンターで二人並んで記入していく。読み書きには不自由しない。この世界へ俺を送り出した白ひげの神様は、そういうリアリティに関する作り込みをしなかったのだろう。


 登録名は6文字までだと言われたので、少し悩んだが『カナタ』としておく。カタナに似ているから、そっちの方がニンジャっぽいだろうという非常にどうでもいい理由だ。

 隣の娘は悩むことなくすらすらと筆を走らせている。

 文字数制限の厳しさを考えるに、この辺りはどうせ白ひげ神の仕業だ。そのうち女神様がいいように修正してくださると信じよう。



「書き終わったか? 俺の申請書を見直してくれ。お前の分は俺が確認する」

「うっス。心配性っスね? うちのお母さんみたいっスよ」

 こういった重要書類は念を入れて二重チェックしておくものだ。俺が前世で学んだ数少ない教訓のひとつである。後から発生したトラブルに対処するコストは往々にして予想不能である。未然に防ぐ仕組みを導入するならコストも計算可能になるし、最終的に効率的である場合が多い。


 俺には無駄な時間を過ごしている暇はないのだ。女神様は言っていた。『一週間後にバランス調整をする』と。そしてそれは『ちょっと厳し目』で『本当に死ぬ』らしいのだ。こういった雑事はスムーズに終えて、さっさと本題のレベル上げに尽力しなければ。


 俺たちは申請書を交換して、各項目に目を通していく。

「……はい、問題ないと思うっス。っていうか、ぜんぜん違う名前っスね。こっちが本名スか?」

「そう、だ。……ええと、『ああうぃあ』? お前もこっちが本名……か?」

「そっスよ。なんスか? 『カナタ』さん」


 この娘の『冒険者登録名変更申請書』には、まだ乾ききらないインクで綴られていた。


 『変更前:ああういあ  変更後:アーウィア』と。


「いちいちつまんねぇおもしろイベント発生させんじゃねえよ! 俺はさっさと迷宮に行きたいんだよ!」

「な、なんで怒ってんスか!? 両親にもらった大事な名前っスよ!?」


 逆ギレする俺とアーウィアでしばらくワチャワチャやっていたのだが、職員から『さっさと提出して出て行け』とのお叱りを受けて、無事に手続きを終えた。


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