守護神
新たにニンジャ二号が仲間となった。
欠食児童のドワーフ、レベル1のニコである。
「ニコ、腹は減っているか?」
「……もの凄く」
聞くまでもないことであった。この女児っぽい奴が食っていたのは、虫だの木の根だの腐った瓜である。そんなものを腹一杯食っているわけがない。
しかし、すでに飯時を過ぎてしまった。開いている飯屋も見当たらない。
「露店で何か食い物を買おう。長屋には買い置きがないからな」
冷蔵庫やらインスタント食品みたいな代物は存在しない。売っている保存食にしても塩漬けだの干物だのである。調理しないと食べられないのだ。俺たちは壺くらいなら持っているが鍋など持っていない。長屋には一応、共同の竈はある。煮炊きができる土鍋みたいな奴も売っているが、薪を買ってくるのが面倒くさいので飯屋などで済ませている。
「カナタさん、そこの婆さんが乾物を売ってるっス。何か食えるものを探しましょう」
アーウィアが指さした先、道端に座り込んだ老婆が籠を並べて出店を開いている。確かに乾物らしきものが売られているようだ。乾燥したしわしわの何かが籠の中にあるが正体は不明である。売っている老婆もしわしわだが、さすがにこちらは商品ではなかろう。
「干した杏子があるわね。あれだったら、そのまま食べられるわよ」
「そっスな。アレにしましょう」
干し柿に似た物体である。食えと言ったら籠ですら食いそうなエルフの言うことだが、とりあえず買ってみるとしよう。木の根なんかを食っていたニコならば大抵のものは食べられるであろう。もし駄目だったらルーに食べさせればよい。
「すまん、そこの杏子を売ってくれ」
「……いくらだい」
老婆がつまらなそうな顔でこちらを見上げて問うてくる。どこかのドワーフみたいな陰気な喋り方だ。
いくら、とは。どう言葉を返したものか悩む。値札も何も出ていない。
「……いくらだい」
「では、銀貨一枚分で頼む」
懐から取り出した銀貨を手渡す。老婆は籠の干し杏子を両手で掴み、こちらに差し出してきた。いくらも何もない。驚くほど適当である。しかも当然レジ袋などといった洒落たものもない。黙って両手で受け取る俺である。
買った干し杏子を噛りながら長屋に戻る。
俺の後ろでは、ニコとルーが杏子を奪い合いながら食っている。邪妖精とエルフの生存をかけた戦いである。『エルフとドワーフは仲が悪い』みたいな話をどこかで聞いた覚えがある。こういう感じか。
「なかなか美味いな。歯にくっつくが」
「いい干し具合っスな。酒の肴に持ってこいっス」
俺とアーウィアも一個ずつモチモチと食らいながら歩く。果実の甘みが濃縮されているのだろう。甘露である。さっきの露店のリピーターになってもいいかもしれん。長期保存もできそうだし、機会があればまとめ買いをしてみようか。
そうやって帰ってきたが、何だか長屋のほうが騒がしい。
「うおッ! この野郎ォ! あっちへ行きやがれッ!」
長屋の前でヘグンがガチョウに襲われていた。猛攻を仕掛けるガチョウに対し、ヘグンの方は手を出しあぐねている。盾まで持ち出して防戦一方だ。
「何をやっているんだ」
ガチョウを追い払ってヘグンを救出する。この鳥は意外と攻撃的なのだ。不審な相手には猛然と戦いを挑んでいく。長屋の守護神である。
「すまねェ助かった。ルーの着替えと差し入れを持ってきた。肉の方は店で炙ってもらってくれ」
ズタ袋と肉の塊を渡された。相変わらず食品の包装に気を使わない世界である。
「気が利くなヒゲ。兎肉の燻製っスかね」
アップデート以降、服や身体が汚れることに気が付いた俺たちである。目から鱗というやつだ。
身につけている最低限の衣服はアイテムにカウントされないので助かっている。防具とか、別に持ち歩いている着替えなどはアイテム扱いだ。この辺の仕様はアップデート前から同じ様子である。
不思議な話だが、当然といえば当然だろう。アイテム欄を空けるために服まで剥ぎ取られては、酒場が地獄絵図になっていたことだろう。全裸の男たちが8個のアイテムを抱えて呆然と座っているのだ。『神の欺瞞』といえど、さすがに色々と問題が出てしまうはずだ。
「なんだ、ちいせェのが増えたな」
杏子で口の中をぱんぱんに膨らませたニコを見てヘグンが言った。乾物は一度にたくさん食おうとすると水分を吸って恐ろしく膨張するのだ。詰め込み過ぎである。
「うちの新入りっス。ニコ、挨拶するっス」
「……もげげげげ」
「おゥ、頑張れよッ」
アーウィアが先輩風を吹かせている。
そういえば、ニコは転職したことで能力値が下がってしまった。俺と同じニンジャだが、レベル1という事情を差し引いても相当にへなちょこだろう。
「ヘグン、頼みがある。ちょっとニコに稽古を付けてやってくれないか」
迷宮に連れて行く前に、どのくらいの実力か知っておきたい。
「あァ? 別にいいぜ?」
ヘグンは余裕綽々に片眉を上げてみせる。ガチョウ相手に苦戦した男だ。
「……もがが」
お前はさっさと飲み込め。
へなちょこニンジャと英雄ヘグンの模擬戦である。
ニコが握るのはアーウィアの木匙だ。粥を食うときに使っているやつである。そこら辺に棒きれでも落ちてないか探したのだが見つからなかった。
ヘグンは素手だ。堂々たる構えで邪妖精と対峙する。
「いいぜ、どこからでもか」
「う、うわァァァ――ッ!!」
ヘグンが言い終える前に、木匙を腰だめに構えたニコが体当たりするようにぶつかっていく。アレは知っている。本気で相手の命を狙いに行くときのやつだ。柄頭を左手で支えて腰に当て、刃物を自分の身体で押し込んで確実に致命傷を与えるのだ。任侠映画でよく見かけるアレである。
「なんだコイツ! あぶねェな!」
ひらりと回避したヘグンが、突進してきたニコを軽く地面に叩き伏せる。
「……あァァァ――ッ!!」
跳ね起きたニコが木匙を逆手に飛びかかる。狙いは首か。
もうホラー映画の怪人か何かだ。ニンジャの戦い方ではない。
これがドワーフという種族か。少々侮っていた。
「やめろォッ! 兄さん止めてくれ! コイツ頭がどうかしてるぜッ!」
「うあァァァ――ッ!! あァァ――ッ!」
もはや綺麗な言葉では表現できない感じになったニコを放り投げながら、英雄が悲鳴を上げた。