英雄を称える唄
「あはは! なにこれ楽しいわ!」
「あぶねーっス! 一回降りるっス!」
ルーとアーウィアが竹馬で遊んでいる。酔っ払った巨人が千鳥足で歩いている様な姿だ。ルーはグラグラとバランスを崩しながらも何とか転ばず立っている。倒れそうになる寸前に蹴り出された竹馬が大地に突き立ち、ギリギリでその身を支えていた。予測不能な動きをするので周囲にいると危ない。酔拳と巨大トンファーで戦う新手の中国拳法キャラみたいなエルフである。
「アーウィアさんが手本を見せてやるっス。よく見とけエルフ」
「さっきのでじゅうぶん面白いわよ?」
「ダメっス。ニンジャ式高馬が壊れるっス」
二人とも竹馬に夢中である。新しい玩具の活躍で子守りの手間が激減した。
「アーウィア、ガチョウを踏み潰すなよ。大家さんに怒られる」
「心配いらんスよ。そんなヘマしねーっス」
場所を変えて俺とアーウィアの住処である。宿屋の裏手にある貧乏長屋だ。
最近になって馬小屋が大人気の宿泊施設になってしまったので、しかたなくここに住んでいる。寝床を失って大騒ぎしている俺たちに、酒場の女給がここの大家を紹介してくれたのだ。あくまで仮の宿である。
「まぁ上がれ。今日はどうしたヘグン。ルーを遊ばせにきたのか?」
扉に鍵などない。長屋の前で飼われているガチョウが番犬代わりである。
「ちげぇよ。冒険者どもに妙なことを吹き込んでくれたな兄さん。おかげで、とんでもねェ騒ぎになってんだぜ」
酷く疲れた顔の戦士を連れて長屋に入る。四畳半くらいの手狭な場所だ。半分は土がむき出しの土間になっていて、壺だの水瓶だのが置かれている。もう半分が板張りの床だ。板間の隅に畳んだ毛布が積まれている。
「最近、酒場には行っていないからな。どうなっているんだ?」
暗いので窓板を跳ね上げてつっかえ棒を噛ませる。窓ガラスなどという気の利いたものもない。
自宅で飲むことが増えた俺たちだ。壺を持って酒場の裏口に行くと酒を売ってくれるのだ。この辺の仕組みも女給が教えてくれた。朝だけであるが、宿屋の裏口に木皿を持っていくと粥を売ってもらえるようになった。こちらは俺が新規開拓した購入ルートである。
「駆け出しどもからは英雄扱いだ。どこに行っても握手してくれだの何だの、鬱陶しくてたまらねェ」
ヘグンは板間の上がり口にどっかと腰を下ろす。
なるほど。奴らを倉庫番から解放したのはヘグンということになっている。偉大なヒーローであり大恩人である。俺がそんな目に遭わずに済んで一安心だ。ヘグンが駄目ならアーウィアを代理に立てる予定だったが、さすがに説得力がないかと困っていたのだ。
「酒場に行けばヘグンのことを唄ってる詩人もいるのよ。銅像を立てようかって話も持ち上がっているわ」
「あー、そういえば近頃、酒場の方から楽器の音が聞こえてたっスね」
遊び疲れた女子たちも、戸口に竹馬を立てかけて長屋に入ってきた。
「結構な話ではないか。それだけ名が売れれば斥候も探しやすくなるだろう」
ヘグンたちの相手をしながら床板を引き剥がし、懐から取り出した板金鎧を収納する。第六層のアイテムはしばらく売らず、折を見て放出する予定である。今は売り時ではない。迷宮デビューしたばかりの連中が多いので、安物装備の方に需要が集中しているのだ。
「……鎧? 今、何か妙なことが……、いや、とにかく、迷宮どころじゃねェんだよ。ユートとボダイも抜けちまって、斥候どころの話じゃねェ」
「――何? 奴らはパーティーを抜けたのか?」
愉快な連中だったのだが。それは寂しい話ではないか。
「ユートは家に戻るって言い出した。兄さんたちと別れた次の朝だ。大急ぎで馬を借りて出てったぜ」
「何だか慌ててたわ。『帰らなきゃ』とか『急がなきゃ』とか言ってたわ」
ルーが変な動きをしながら思い出すように喋る。
「何だそれは。あんなに迷宮迷宮と言ってた奴が……」
「お嬢のやつ、急に家が恋しくなったんスかね?」
熱しやすく冷めやすい性格なのだろうか。俺も他人のことは言えない。急に釣りを始めたりヨーグルト作りに嵌ったりする。どれも長くて三ヶ月ほどしか続かない。ある程度習得したら納得して別のことに興味が出るのだ。我ながら忙しない生き方だとは思う。
「まぁ、戻ってくるとは言ってたがな。しばらく迷宮探索は無理ってんで、ボダイの奴も用事を済ませに行ったよ。オッツォの故郷だ」
「誰だそれは」
「あァ、斥候の男だよ。弟夫婦が住んでるって聞いてたからな。遺髪を届けに行ったのさ。昨日出てったから四、五日は戻らねェ」
善の僧侶であるボダイらしい行動である。
「ねえ、見て! 変な虫がいるわ! 大きいわよ!」
土間の隅っこに虫を見つけたエルフが興奮している。
「虫くらいどこにでもいるっス。いちいち騒がんでもいいっス」
アーウィアが愛用の戦棍で虫を外に追い払った。俺は足がいっぱいあるタイプの虫が苦手なので、たいへん助かっている。
ガチョウが始末してくれるといいのだが、あまり虫は好まないらしい。
「で、わたしらに何の用っス? さっさと本題に入るっス」
戦棍で肩を叩きつつアーウィアが言う。厄介事を背負わせたのは俺たちの方だが、まったく悪びれる様子もない小娘である。
「今さら兄さんや姉御に文句を言うつもりもねェよ。俺たちだって死ぬ気で戦ったんだ。俺一人の手柄みたいに扱われるのは面倒くせぇが、関係ねェとも言えねぇ」
渋々ではあるが人柱になってくれるようだ。やはり気のいい男である。
「じゃあ問題ねーっスな。愚痴なら聞いてやるっス。昼飯でも食いに行きますか」
「そうだな。何か食べたいものはあるか?」
「何でもいいっス。任せます」
「待ってくれッ! まだ話は終わってねェ。とにかく、それで迷宮探索の仕組みが変わっちまったンだ。あっちこっちのパーティーが集まって今後のことを話し合ってる。俺もそいつに顔を出さなきゃならねぇ」
「そりゃ大変だな」
対策会議にご出席の戦士である。炎上案件の匂いがする。俺としては二度と出席したくないものだ。きっと、現場がボーボー燃え盛っているのに明日までに会議の資料を用意しろとか悠長なことを言われるのだ。そうに違いない。
「おぅ大変だ。そういう場所にルーを連れて行くと、その、……アレなんだ。わかるだろ? だから、しばらくの間、数日でいい、相手してやっててくれ」
問題のエルフを見る。土間に置かれた水瓶の裏に首を突っ込んでいた。虫でも探しているらしい。
おそらく話し合いの邪魔にしかならないのだろう。厄介払いである。
こちらが引っかぶせた厄介事が、形を変えて戻ってきたわけだ。旅行のお土産を渡したら、お礼に田舎から送られてきた柿をもらった感じである。無限に繋がっていくご近所付き合いである。そんないいものではない。むしろ呪いの連鎖だ。
「……仕方ない、隣が空いているから住まわせよう。大家さんに話をしてくるか」
「悪りィな、俺もちょくちょく顔を出すようにする」
ほっとしたような顔のヘグンである。ルーはどれだけ会議を妨害していたのだろうか。総会屋みたいなエルフである。
「朝のうちは迷宮に行っているから留守にする。ルーも連れて行って構わんな?」
「おぅ、好きに使ってくれ」
「何か食べさせたらマズい物はあるか?」
「いや、何でも食う」
しばらくはルーを臨時メンバーとして扱き使うことにしよう。きっと数日してボダイが帰ってくれば面倒をみてくれることだろう。
いや、そろそろ俺たちもパーティーメンバーを探していこうか。
「いたわ! そっちに走っていったわよ!」
「だから虫くらいいるっス」