新生活
飛びかかってくる黒牙狼を見切って回避。
すれ違い様にカタナを一閃。
致命の一撃! 乾いた音が一つして、黒き獣の首が飛ぶ。
銘刀・村沙摩、恐ろしいほどの切れ味だ。
「おらぁぁーッ! 効かんわーッ!」
狼の口に左手を突っ込んだアーウィアが、相手を戦棍でガンガン殴りつけている。無茶な戦い方だ。あれが成立するのは、身に着けている『大賢者の護符』による加護のおかげだろう。普通なら腕を噛み砕かれている。
世界のアップデートから四日後。
ニンジャと司教は、第六層で戦っていた。
「ようやく落としましたね、宝箱」
黒牙狼たちの骸が転がる中に、粗末な木箱が置かれていた。倒した敵がアイテムを落としたのだ。
「まずはその手に回復魔法をかけてくれ。痛々しくて見てられん」
「あ、血ぃ出てますね。まぁあれだけ噛まれたら当然っスか」
狼の唾液まみれになったアーウィアの左手から、ぽたぽた赤いものが垂れている。だんだん逞しくなってきたのはいいが、変な病気になったりしそうで心配だ。やはり前衛としての戦い方を学ばさなくてはいかん。公民館かどこかで前衛教室でも開いていないだろうか。
「うっス、『軽傷治癒』!」
小さな発光がアーウィアの左手を癒やす。犬の唾液でベタベタだが、傷の方はすっかり元通りになった。
「よし、今日は店じまいだな。さっそく罠解除といこう」
「そっスね、お願いします」
俺は木箱をそっと撫でたり匂いを嗅いだりして調べる。
雨上がりの午後を思わせる感傷的な芳香、気絶罠だ。慎重に行こう。
木箱を傾けたりくすぐったりして罠解除に挑む。コトリと小さな音がして、発動部品が外れた。よし、上手くいった。ニンジャも慣れたものだ。
「何かガチャガチャした形状だな」
宝箱の中身は未鑑定アイテムだ。ぱっと見では判別できない。
「たぶん鎧っスかね? 武器にしてはでけーっス」
「そんな感じだな。アーウィア、鑑定を頼む」
「うむ、任せなさい」
少々調子に乗っているが問題ない。鑑定の成功率も上がってきた司教様だ。
今日のお宝は板金鎧+1であった。
昇降機で第一層まで戻る。
今はたった二人のパーティーである。宝を一つ拾う程度の探索しかできていない。それを第六層でやれているのだから、じゅうぶんに凄いことではある。
「人の気配が多いな」
ニンジャの探知スキルが無数の反応を捉える。
「毎日ご苦労っスな。駆け出しのひよっこ連中でしょう」
おそらくそうだろう。今はなき、アイテム倉庫と呼ばれた役目の者たち。少し前まで酒場でアイテムを抱えて呆けていた冒険者だ。それを言ったら、俺とアーウィアもその仲間だったのだが。
思えば、アップデート前は、なぜか他のパーティーと迷宮で遭遇しなかった。出会ったのは顔見知りとなった後のヘグンたちだけだ。
きっとそれも『神の欺瞞』のせいだろう。
「今日はこれからどうするんスか?」
「商店の方へ行こう。そろそろ例のやつが完成しているだろう」
「おっ、例のアレっスか。楽しみっスねぇ」
「意外と難しいからな。覚悟しておけよ」
迷宮を脱して丘を下る。
まだ日も昇りきらぬ午前仕事である。心地よい疲労感だ。夏休みのプール教室の帰りみたいな感じである。これから家に帰って昼食を済ませ、さて何をして遊ぶかというような生活だ。重苦しい迷宮の雰囲気も手伝って、驚くほどの開放感がある。
「なかなかいい生活ではないか」
「うっス。悪くねーっス」
商店に顔を出す。
看板には『ウォルターク商店』の文字。開け放たれた両開きの扉の向こうでは、すっかり常連となった駆け出し冒険者たちが安物アイテムを売ったり買ったりして騒いでいる。
「あ、旦那。すみません、まだ……」
俺たちを見つけた店の小僧が開口一番、謝罪に入る。
「そんな顔をするな。今日は代金の催促ではない」
この小僧はヘマをした。立て続けに高額商品ばかり買い付けたせいで捌き切れていないのだ。次の買い手が見つかっていない。店の資金を焦げ付かせたような状況である。
よく考えれば当然だ。そんなにデカい街でもない。希少アイテムだからといって、買ってくれる冒険者とて多くはないのだ。売れば無限にカネを吐き出すような買取店など存在するはずがない。
仕方がないので代金は掛けにしてやっている。カネが用意できたら払えという形である。
「おい坊主、例のやつは完成したっスか?」
「ディッジです姐さん。はい、今朝職人が持ってきました」
「すぐに持ってくるっス」
「はい、ただいま!」
店員に対して横柄な態度のアーウィアだ。モンスター客である。
これで実は空気を読んだ行動だったりもする。少しくらい横柄な方が、小僧としても安心するようなのだ。確かに、冷静に責任を追及されるより気が楽だろう。
小僧の名前も判明した。数少ない知人といっていい相手だが、名前を聞いていなかったのだ。何となく小僧とか若造で済ませてしまっていた。これからは小僧改めディッジ坊主である。
「すみません、お待たせしました!」
ディッジ坊主が長い二本の棒きれを持ってきた。
「種類の違う材木を膠で貼り合わせて楔を打ち込みました。職人が言うには、これで折れないだろうって話です」
俺が発注した品である。物干し竿と木槌を組み合わせたような形状だ。
「ふむ、今度のはいけるか?」
棒を二本、左右の手に握る。
棒の中ほどにある踏み板に片足を引っ掛け、軽く跳ねる。素早くもう一方の足を二本目の踏み板に乗せた。おお、立てたぞ。
「すげぇ! カナタさん巨人みたいっス!」
「ははは、成功だな。これを『ニンジャ式高馬』と名付けよう」
竹馬である。俺たちの遊び道具である。
本当は異世界における移動手段の改善が目的なのだが、いきなり複雑な物は作れない。これは技術研究の一環である。
俺もエンジニアの端くれだ。『ものづくり』をお仕事にしていた男である。作ったり考えたりするのはお手の物だ。
「しかし、まだ重いな。素材の限界だ。竹が見つからないから仕方ないが」
「中身が空っぽの木ってやつスな。そんな不思議な木があるんスかね?」
体重を支える下部は太く、持ち手の方は細くした。しかしまだ結構な重量がある。長過ぎる棍棒みたいな代物だから当然である。歩くたびにドスンドスンと、足音まで巨人のごときである。
「よし、ひとまずこれで完成としよう。職人に礼を言っておいてくれ」
改善するとしたら、持ち手の部分に革を巻いて滑り止めにするくらいか。
「ありがとうございます。手間賃は、例の代金からということで」
「ああ、それで構わん」
こうやって少額ずつ返済しているディッジ坊主である。おそらく、手間賃から仲介料を中抜きしていることだろう。それが商売というものだ。
「カナタさん、わたしも乗っていいスか!?」
「ああ、交代で使うとしよう。慣れるまでは走るなよ」
「うっス、早く代わってください!」
ニンジャと巨人モドキは、通りを抜けて帰路につく。
迷宮の戦利品を仕舞うためだ。依然として『迷宮内ではアイテムを8個しか持てない』俺たちである。アイテム欄を空けておく癖を付けておかないと、大事なところでアイテムを拾いそこねる恐れがある。
「見てください、みんなわたしの方を見てるっス」
アーウィアは自慢げにニンジャ式高馬でのし歩く。すれ違う人々は皆、驚愕の表情を浮かべている。『こんな面白い馬鹿は見たことがない』とでも言いたげだ。
「いずれは商品化していきたい。せいぜい見せつけてやるんだ」
まだ製造コスト的に採算がとれるだけの目処は立っていない。しかし宣伝は早いうちに打っておいたほうがいいだろう。
商店に対する債権はあるが現金はそこまで持っていない俺たちである。もう少し生活を安定させないと本格的な迷宮探索などできぬのだ。
そうやって愉快な行進を繰り広げている俺たちに、猛然と走り寄ってくる奴らがいた。
「見つけたぞッ! 探したぜ兄さんよォ!」
「なにそれ楽しそう! わたしも乗ってみたいわ!」
はて、どこかで見かけたヒゲとエルフだ。