酒場の冒険者
アップデートを迎え、異世界の異世界っぷりに翻弄される俺である。
冒険者たちが入り浸る、いつもの酒場だ。扉口に立って見上げると分厚い板切れがぶら下げられていた。
『ガルギモッサの酒場』という文字が彫り込まれている。今まで気にしていなかったが、こんな店名だったのか。店主の名前だろうか?
扉を押し開けて酒場に入る。
商店と同じく、こちらにも冒険者たちが詰めかけていた。
「何だ、会合でも開いているのか?」
「わたしら呼ばれてねーっスな。内輪の集まりっスかね」
この時間には珍しく結構な人数だ。いつものアイテム倉庫連中とは面子が違う。それはそうだ、奴らは商店の方へ行っている。
おそらく熟練冒険者たちだろう。見たところ装備がしっかりしている。いくつかのパーティーが集まっているらしい。どいつもこいつも難しい顔で騒々しく会話を交わしている。
酒場の真ん中でテーブルを囲んでいる一団がいた。卓上には雑多なアイテムが山積みされている。
年季が入った装備の男たちだ。前衛職らしき者が多い。同じパーティーの仲間というわけではなかろう。ここにいる連中の頭だろうか。
「話を聞いてみよう。こっそり混ざればバレないだろう」
「うっス。わたし、そういうの得意っス」
ニンジャと司教はこそこそと壁伝いに侵入する。酒場の中ほどまで進み、何食わぬ顔で壁に背中を預ける。潜入成功である。
「雰囲気が悪いな。厄介事でもあったのだろうか」
「迷宮にも行かずに何やってんスかね?」
すぐ近くに、頭巾を巻いた小柄な男が、椅子の上で胡座をかいて座っている。鼻の高い、眠そうな目をした革鎧の男だ。おそらく斥候系であろう。口元を歪めて考え込んでいる。口内炎が気になっているだけかもしれん。
よし、この男に声をかけてみよう。
「困ったことになったな。アンタはどう思う?」
何となくそれっぽい感じの台詞で話を振ってみる。こういうのは堂々とやれば、その場の勢いで何とかなるものだ。
「はっ、どうもこうもねぇよ。見てのとおりだろ?」
頭巾の男は鼻で笑い、顎で中央のテーブルを指し示す。
テーブルを囲む男たちの一人が、山積みにされていたアイテムを両手で抱えた。酒場中の冒険者たちが口々に唸り声を上げる。何をやっているのだろう。よく知らないマイナー競技を観戦しているみたいな気分である。
ふいに隣から腕をバンバン叩かれる。目を向けると、驚いた顔のアーウィアが相棒のニンジャに暴行を加えていた。反抗期だろうか。
「ッ! カナタさん! あいつ『アイテムを9個以上持っている』っス!」
「――何だとッ!?」
そんな馬鹿な! 『アイテムは8個しか持てない』はずだ!
「そういうことさ。いったい何が起こってんだか……」
頭巾の男は首の後ろで手を組んで、長い溜息をついた。
「皆、聞いてくれ。『迷宮ではアイテムを8個しか持てない』のは当然だが、どうやら外では持てるようになったらしい」
場を取り仕切るように、大柄な男が呼びかける。鉄鎧に毛皮を羽織った荒々しい雰囲気の戦士だ。意外というか、語り口は冷静である。やはりパーティーを率いている頭なのだろう。器の大きさを感じる。
冒険者たちが一斉にざわめき出す。
「そうとしか考えられねぇよな……」
「ってか、そもそも持ち歩く必要なんかねぇだろ。どこかに置いとけばいいじゃねぇかよ!?」
「待て、そんなことが……可能なのか?」
「訳がわからん、頭がどうかしそうだ」
何ということだ。俺たちの常識が打ち破られた。
これではアイテム倉庫などという存在は不要ではないか。
「それだけではないッ!」
荒くれ大男がデカい声を張り上げた。騒いでいた冒険者たちが静まり返る。
「すでに耳にした者もいるだろう。ガル爺、説明してやってくれ」
「おお、よいとも」
大男の呼びかけに、酒場の店主が返事をした。やはり、ガルギモッサというのは主人の名か。背は低いが筋肉質な老人だ。白髪交じりの立派な口ヒゲを蓄えている。おそらくドワーフという種族だろう。
ドワーフか。生前の彼方奥次郎さんの知識にもある。酒を飲んだり鍛冶をしたり斧を振り回したりするイメージだ。縄跳びをしたりガムを噛んだりしないイメージである。
「今朝早くに『修練場』から知らせが届いての。何でも、年に小金貨一枚の税を納めれば、迷宮へ立ち入る許可を出すとな。一人が払えばパーティー六人で迷宮へ行ってよいそうだ。手続きは、うちの店でも受け付けとるよ」
衝撃的な内容であった。
「カナタさん、どうなってるんスかね?」
「商店に押しかけていた連中は、そういうことか」
朝早くから酒場にいる倉庫連中だ、当然耳にしたことだろう。寄せ集めでも六人もいれば小金貨一枚くらいなら工面できる。彼らとて冒険者。ただ座っているより、迷宮で一攫千金を狙いたいはずだ。
主力の連中に手持ちのアイテムを押し付けてパーティーを脱退したのだろう。そのとき、アイテム欄の上限を無視して渡せてしまったのだ。
きっと、そんな流れだろう。
「こりゃやべーなぁ」
他人事のような口調で鼻高の斥候が呟いた。
「第一層は、駆け出しパーティーで埋め尽くされるぜ。何人生き残れるかねぇ」
「何か異変が起こっている。誰か原因に心当たりはないか?」
荒くれ男に答える声はない。
ここは俺の出番だろう。
「知っているぞ」
ニンジャの言葉に、酒場中の視線が集まった。
仲間の司教だけ、面白い話を期待するような顔をしている。やめろ、今はそういう流れじゃない。
「何だお前は――いや、最近、毎日のように馬鹿騒ぎをしていた連中だな?」
毛皮の大将が睨み付けるような目を向けてきた。
意外と悪目立ちしていた様子の俺たちである。主にアーウィアのせいだ。放し飼いにしていた俺の責任でもある。
「昨日、迷宮第九層の主を倒した男がいる。ヘグンという名だ」
「――第九層だと!?」
「おそらく、それで迷宮の瘴気が弱まったのだろう」
「……なるほど、『神の欺瞞』か……」
冒険者たちがざわめく。
もちろん嘘情報だ。流言飛語の類である。
原因は間違いなくアップデートの影響であろう。しかし説明しても理解されそうにないし、最悪お前が悪いという話になりかねない。誰かに濡れ衣を着せてしまうのが一番だ。
正体不明のニンジャならともかく、あの男であれば少々のことは名声に変えられるだろう。人徳の差である。
「諸君も気付いているだろう。今までメシを食わずに生活できたのも、きっと『神の欺瞞』の影響だ!」
反応がいいので調子に乗っている俺である。人前で喋るのが割と嫌いではない俺である。目立ちたがりというか、お調子者なのだ。
「いや、俺たちは普通に食ってたぜ?」
「宿でメシが出るだろ、一等室なら」
「こいつ、馬小屋にでも泊まってたのか?」
――余計なことまで言わなければよかった! そうなのか!?
「そうだったか? おぼえてねぇな」
「俺は食ってないぞ。すっかり忘れてた」
「いや待て、宿での朝食しか食ってない。それだけで腹が持つはずがねえ」
どうやら、個人差があったらしい。
いい大人が集まって、大真面目な顔でメシを食った食わないの話をしている。
「とにかく、ヘグンという男を探すぞ!」
場を仕切っていた男の号令で、その場は解散となった。
「カナタさん、さっきの話ほんとうです?」
アーウィアが疑わしそうな視線を俺に投げる。
「作り話に決まってるだろ。だが、迷宮と世界の間にある歪みが修正されたのは事実だろうな」
そもそも、白ひげ神の作ったレトロゲーシステムで世界が汚染されたという話だったのだ。女神様はそれを正常化すると言っていた。
俺の想像が正しければ、『神の欺瞞』はレゲーシステムを無理やり世界に組み込むための仕様だ。世界を正常化していけば、やがて影響を失っていくことだろう。
「しかし、第一弾のアプデはバランス調整と言っていたはずだが。ずいぶん大規模な改修じゃないか。この上、どんなアップデートがあるというんだ?」
ただでさえ生活環境が激変して途方に暮れているというのに。生活費の増大は避けられまい。今のところ、迷宮以外に収入のアテがない俺である。
「何言ってるかわからんス。そろそろ商店でカネを回収してきましょう」
そうだな。カネの力で何とかするしかない。