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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
レトロゲー編 終章
41/126

アップデート


 爽快な目覚めである。


 藁山を這い出して両手を上げ、大きく伸びをする。

 新しい朝の気配と馬の気配に包まれて、新生ニンジャ爆誕である。


「とうとう、アップデートが来たか」


 確信のようなものがあった。やけに意識が明瞭なのだ。

 ニンジャとしての意識だけではない。ニンジャとか彼方奥次郎さんとか諸々を含んだ、俺自身の意識だ。

 朝イチで仕事を済ませるとは、なかなか頑張り屋さんな女神様である。


 周囲を見回す。馬房である。藁とか飼葉桶とかよくわからない馬グッズが置いてある。何がかは知らんが、ずいぶんと本格的である。


「凄いな、馬小屋だ……」


 妙な高揚感がある。

 異世界である。俺は初めてこの場所を、異世界だと認識したような気がする。


 レベルを確認しようと指を上げた瞬間、ふと気付く。

 昨日のことだ。

 何か、とんでもない物を墓に埋めてしまった気がする。


「オー、ジロ……?」


 ニンジャの背中を冷たい汗が伝う。

 今はもう墓の下にいる、あの男の名前。どう考えても無関係ではあるまい。

 あのサムライ、そしてこのニンジャはいったい、何者なのだろう。



「……カナタさん、おはようございまっス……」

 思考が中断された。


「起きていたかアーウィア。おはよう」

 馬房の入口に、見慣れた司教が立っていた。


 いや、こんな娘だったろうか。傷んだ長い金髪と、少々痩せぎすな身体に細い手足。目付きは鬼のように悪いが綺麗な瞳をしている。まつ毛も長い。肌の色は薄く、やや血色が悪い気がする。はて、こんな儚げな印象だっただろうか?


「ねぇ、カナタさん」

「アーウィア、どうかしたのか?」


 何だか元気がない。元気と勢いだけが取り柄の娘だったはずだが。心配である。



「……わたし、お腹が空いたっス。ご飯食べたいっス」


 頭を鈍器でぶん殴られたような衝撃があった。


「ごはん……だと? メシを、食うというのか?」




「わたしらメシも食わずに、どうやって生きてたんでしょうね?」

「不思議な話だ。それで困らなかったから構わんのだが」


 酒と治癒薬(ポーション)ばかり口にしていた俺たちである。

 謎のパワーで活動する、愉快で楽しい生物であった。


「まぁ何かは知らんスけど、腹が減るのは当たり前のことっス」

 なぜ気付かなかったのか不思議である。言われてみれば俺も空腹だ。


「――いや、待てッ! ちょっと待ってくれ!」

「なんスか? 朝っぱらからデカい声出さんでいいっス」



「……どうやって、メシを食えばいいんだ……?」


 ニンジャとしての記憶の中に、食事に関するものはない。どうすればいいかわからず右往左往するニンジャだ。お腹をすかせた子が待っているというのに。初めてセルフサービスのうどん屋に入った日のことを思い出す。客が自分で麺を茹でるタイプの店だ。何をどうすれば食事にありつけるのか、まるでわからないのだ。しかも麺は食券制だった!


「ちょっと待っててください。宿屋で聞いてみるっス」

 狼狽えるニンジャを他所に、腹ぺこアーウィアが駆けていった。




「アンタら馬小屋で寝たのかい? 馬鹿じゃないの、宿くらい泊まりなよ。うちは一等室(スイート)なら朝食付きだよ。そうだね、銀貨一枚払うなら残りもんを出してやってもいいよ。どうするかい?」


 宿の女将が言う。中年の女性にしては体格がいい。労働者特有の筋肉だ。

 はて、前に泊まった時は、そんな説明を受けただろうか。記憶が曖昧である。


「よかったっスね、食べさせてもらいましょう」

 餌場を見つけて得意顔のアーウィアである。ダンゴムシをいっぱい集めてきた幼子のような笑顔だ。今思うと気持ち悪いが何となくお得感がある虫だった。


「……ああ……女将?」

 こんなによく喋る人物だっただろうか。

「なんだい? アンタ、肩に藁が付いてるよ」

 女将はニンジャの肩を叩いて払う。結構力強い手であった。


「銀貨一枚、100Gpか。微妙に高いな」

「じーぴーってなんスか?」

 アーウィアが何か言っているが後にしよう。ちょっと色々あって手に負えなくなってきた。




 銀貨を支払い奥に通される。食堂と呼ぶには狭い部屋だ。ボロい長テーブルが二つと無数の椅子が押し込まれている。誰もいない。すでに一等室の客は食い終わって宿を出たのだろう。


「……アーウィア、これは何だ?」

麦粥(むぎがゆ)っス」


 木彫りの器に注がれた粥状の何かである。量だけは馬鹿みたいに多い。

 粥に突っ込まれた木の(さじ)を手に取り、一口食べてみる。

 味付けはない。弾力のある硬い麦粒が『俺を食うな』と自己主張している。妙に粉っぽい、ざらざらとした食感が口に残る。馬小屋の藁を噛んでいるような風味も感じる。

 こんなことを言うのは気が引けるが、けして美味いものではない。


「ほれ、これも食べな」

 女将が抱えた(かめ)から掴み出したものを無造作にこちらの粥へ乗せる。素手による配膳である。客前で食品わし掴みである。寿司屋以外ではあまりお目にかかれない光景だ。


「……アーウィア、これは何だ?」

「漬物っス。キャベジっスな」


 細く切られた黄緑色の物体である。鼻をつく酸っぱい刺激臭。飲食街の路地裏みたいな感じの匂いもする。大丈夫だろうか。


「……美味いか?」

「ふつうっス」


 アーウィアは黙々と麦粥を食っている。いちおう人間が食べられる代物らしい。


「……これが、異世界か……」

「何言ってるかわかんねーっス。温かいうちに食べましょう。冷めたら食えたもんじゃねーっスよ」




 味はともかく腹は満ちた。女将に無理を言った手前、残すわけにもいかない。俺の腹は大丈夫だろうか。季節外れの生牡蠣を食った後のような不安が残る。

 これからの生活を考えて、少々途方に暮れる俺である。


 去り際に宿を見る。入口の上に『銀の馬屋亭』と書かれた看板があった。




「そうだ、商店へ行こう! 昨日の代金を受け取らねばならん!」

「うっス。わたしの蔵っス」


 大変なことが起こっているが、カネさえあれば何とかなるだろう。我ながら浅ましい発想である。追い詰められると人間こんなものである。



 粥を食って動く二匹の生物は通りを歩く。赤茶けた土がむき出しの地面だ。


 山賊みたいな格好の男たちが上半身をはだけ、汗だくでよくわからん荷物を担いで運んでいる。壺やら木箱やらズタ袋やらである。襲った馬車から積荷を奪い取っていくかのような姿だ。


 丈の長いワンピースの若い娘が棒を振って豚を追っている。服の上に着ているのは前掛け(エプロン)かと思ったが、長い布の真ん中から頭を出して前後に垂らし、腰を紐で縛っているようだ。貫頭衣とかいうやつの一種だろうか。前掛けではなく上着なのだろう。


 建ち並ぶのは木造平屋の家々だ。通りに面した場所には駐輪場のごとき様相で柱と屋根だけが架かった代物がある。屋根は茅葺きだろうか。藁かもしれん。この時間は人がいないようだが、おそらく屋台か何かに使うのであろう。


 景色が全体的に、粗末で薄汚れている。



「……ガチ異世界じゃないか」

 もうちょっとこう、ふわっとした感じではなかったか?


「カナタさん、きょろきょろしてないで行くっスよ」

「待ってくれ。置いて行かないでくれアーウィア」


 目に映るすべてが無駄に刺激的である。遠い異国で観光中に迷子になってしまった気分だ。




 異世界ニンジャに休息はない。

 辿り着いた商店でも、何かおかしなことが起こっているらしい。


「これはどうしたことだ?」

「客が多いっスな」


 冒険者だか何だかわからん薄汚い連中が商店に詰めかけている。


 「おい、もっと安い武器はねぇのかよ!?」

 「盾だ、一番安い盾をくれ!」

 「革鎧だ! 半分だけでも売ってくれッ!」


 見るからにカネを持ってなさそうな奴らである。しかし数は多い。商売繁盛と言っても差し支えないだろう。


「カナタさん、こいつら見覚えねーっスか? どいつもシケた面構えっス」

「ああ、アイテム倉庫だった連中だな」



 店の小僧も忙しなく働いている。アポなしで話ができそうな雰囲気ではない。


「俺たちは急ぐわけでもない。後にしよう。邪魔をするのも悪い」

「そっスな。別にカネは逃げんス。どこかで時間を潰すとしましょう」


 とはいえ異世界迷子中の俺である。知っている場所は限られている。

 酒場の方へ行ってみるとしよう。



 そして、酒場の方でも何やら騒ぎになっているようだ。

 俺の冒険は、前途多難な様子である。


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― 新着の感想 ―
えらく解像度が上がったな ファミコンからプレステ3くらい?
[良い点] ついにアップデート! ニンジャと司教の掛け合いが大好きです! [一言] もしかして:人違い
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