埋葬
ニンジャと仲間たちは第九層から生還した。
第一層の長い大十字路を抜けて階段を上る。いよいよ地上だ。
『長い死闘の果てに、君は迷宮の主を打ち倒した。
仲間たちは満身創痍、だが笑顔を浮かべている。
偉大な勝利だ。
君は地上へと続く階段を駆け上る。
見よ、朝日だ!
傷付いた君たちを朝日が祝福している。
しかし預言者の男が言う。
あの者たちは、再び迷宮を訪れるであろうと。
君はまだ、その言葉の意味を知らない。
今はただ心安らかに眠りたい。
君の冒険は終わったのだ。』
「アーウィア、何か言ったか?」
「言ってねーっス」
ふむ、おかしな長台詞が聞こえたような気がしたが。
階段を上って地上へ這い出す。
真っ昼間である。朝日など昇っておらん。預言者の男とかいう人物もいない。呼んだわけでもあるまいに、どこから出てくるというのか。
さっきのは何だったんだ。勝手に俺の冒険を終わらせないでいただきたい。
さて、『商店』に到着した。
皆で治癒薬を飲みながら、骨の搬出作業について打ち合わせである。
「パーティーを分けよう。俺とアーウィアで骨を回収してくる。アイテムの運搬と埋葬の手はずを頼みたい」
「うっス。しっかりやれっス」
残っていた解毒薬も邪魔なので処分してしまおう。
「アイテム欄が8個しかないと、こういうときが面倒だな」
「仕方ねーっスよ。段取りよく運ぶっス」
「旦那、部屋を一つ用意しておきますんで、どんどん運び込んじゃってください」
例によって店の小僧も全面協力である。こいつにも世話になった。最後に一稼ぎさせてやろう。
「よォし、さっさと済ませちまおう。いつまでも迷宮の床じゃ気の毒だ。早いとこ墓に埋めてやろうぜ」
行き倒れの骨とアイテムの回収だ。見方によっては墓泥棒みたいな俺たちである。ヘグンのような気のいい男には、また違った見え方があるようだ。
搬出は順調に進んだ。
俺とアーウィアは昇降機で第九層まで潜っては骨とアイテムをかき集め、第一層まで戻っては迷宮入口へと運んでいく。そこからはヘグンたちが『商店』までアイテムの搬送を担当した。
日暮れ前までにはアイテムの運搬が完了。査定に時間がかかるとのことで、カネを受け取るのは翌日とした。
後は骨の方である。『修練場』へ行って死んだ連中の冒険者登録を抹消し、『寺院』を通して埋葬地を手配した。
町外れの共同墓地である。冒険者だった者も多く眠る場所だという。ヘグンのパーティーにいた斥候もここだ。迷宮深部の死者が地上へ戻れることは稀である。
今日、六名の死者が眠りについた。
「何とか今日中に片付いたな」
「うっス。今夜は気持ちよく寝れるっス」
夕陽が差す。
赤く染まった空を背景にメニュー画面を開いた。
パーティーメンバーのリストを見る。すでに、彼らの名前はない。
彼らの冒険は、終わってしまったのだ。
「大司教アーウィアと我らの勝利に、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
当面の心配事は片付いた。祝いに高い酒を振る舞うことにする。女給も飲む気満々の顔をしている。よかろう、まずは宴のお時間である。
「飲むっス、お嬢!」
「うむ、飲んでいるぞ」
「飲めっス、坊主!」
「はい、いただいております」
親戚のおじさんみたいな感じになったアーウィアが上機嫌に酒を飲む。
じつにいい笑顔である。心と財布に余裕があるおかげであろう。まるで上機嫌の化身みたいな姿だ。この幸せそうな小娘が呪われているとは誰も思うまい。
「飲んでるか、エルフ!」
「もう三杯目だわ」
恒例にして最後の宴が続く。
殊更に高揚はない。不思議と穏やかな気分である。
女給の足がふらつき出した頃、冒険者同士の精算を始めることにした。
骨が持っていた現金については山分けということにした。現ナマを直接やり取りするのは気が引けるが、宿代にも事欠く連中だ。少しばかり握らせてやらねばなるまい。
「世話になったなヘグン。おかげで俺たちの目標は達成した」
「気にするな兄さん。俺たちもいい経験ができた」
ヘグンと酒杯を掲げ合う。この男がいなければどうなっていたことか。
「ねぇ、明日はどうするの?」
「明日はねーっス。しばらくは酒でも飲んでゆっくりしてーっス」
四人とは今日でいったんお別れである。元よりイレギュラーな善悪混合パーティーだ。まぁ『冒険者の酒場』で飲んでいたら顔を合わせる機会もあるだろう。未だ斥候メンバー募集中の彼らなのだ。
「しかし、よかったのですか? 装備までいただいて」
「いい長剣ではないか。なかなかの業物なのだ」
店内で刃物を抜こうとしたユートをボダイが慌てて止める。
「ああ、形見分けだ。もらってやってくれ」
埋葬した仲間たちの遺品である。彼らの装備から一品ずつ残し、全員に配った。無理に売り払うこともない。いっぱい子犬が生まれた家の人みたいな感じである。可愛がってくれるなら引き取ってもらいたい。
「わたしはこの槌矛をもらったっス。名前は『暴虐の戦棍』にしたっス」
「よかったなアーウィア、格好いい名だ」
「カナタさんのやつにも名前を付けてあげましょうか?」
「いや、遠慮しておく」
俺の分は片刃の曲刀、銘刀・村沙摩である。サムライの愛刀だった。これなら何とかニンジャにも扱えそうである。
「それじゃ、俺たちは宿に引き上げる。またな、兄さん」
貧乏人ではなくなった四人と別れる。
自分たちで宿代を払えるようになった彼らである。しかし金銭感覚が狂ったままだ。このままだと、近いうちに貧乏人へ逆戻りすることであろう。もっと馬小屋の良さを伝えるべきであった。
「なんか、あっけねーっス。飲む相手が減ったっス」
アーウィアの飲み友達は、俺と女給しか残っていない。狭い人間関係である。ここは一つ、公園デビューでもして友達を増やしてやるべきだろうか。そうなると、俺も子育ての悩みとかを他所のお母さんと話し合ったりせねばならん。ニンジャには荷が重い。
「まぁ難しいことは考えるな」
「うっス。酒を飲めば気にならなくなるっス」
こういう飲み方はよろしくない。何だかんだで身を持ち崩す流れである。
「とにかく、やることはやったんだ。アップデートが来ても何とかなるだろう」
「何言ってるかわからんス。そろそろわたしらも寝るっスか?」
「そうだな。俺も不安になってきた。さっさと寝てしまおう」
「うっス。馬が少ないといいんスけど」
少々寂しんぼ気分のヘッポココンビである。調子はずれな鼻歌を奏でつつ、肩を組んで馬小屋へと向かう。ちょうど二人分の馬房が空いていた。
「おやすみなさいっス」
「ああ、おやすみ」
藁はたっぷりとある。きっと気持ちよく朝を迎えられるはずだ。
今は考えても仕方ない。ニンジャは藁山へと潜り込む。
眠ろう。きっといい日が待っている。
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◆システムの更新を開始します
・私信:
お元気ですか、オージロ・カナタさん。
女神は元気です。少しだけ徹夜をしました。
わたくし、ちょっとだけ仕事でやらかしたのです。
その対応に追われておりました。
最終的に、影響はないと言い張ることにしました。
これは仕様です。便利な言葉ですね。
それでは、お約束のアップデートをお届けいたします。
◆システムの更新が完了しました