女神との邂逅
俺は法衣の女こと、転生を司る女神様に深々と土下座をしていた。
「ほんとうに、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「いえいえ、元はといえばこちらの手違いですので。こんなに遅くなってしまって、こちらこそ何と言っていいものか」
恐る恐る顔をあげると、困ったように微笑む美しい女神様がおられた。この首を落とそうとかへし折ろうとか考えていたのだから、まったくもって罪深い俺である。
「あらためて伺いますが、オージロ・カナタさんで間違いございませんか?」
「はい、彼方奥次郎です」
「年齢21歳、元IT系ベンチャー企業勤務。こちらも?」
「はい、間違いございません」
なんだか、裁判かお見合いでもしてる気分になってきた。いろんな意味でドキドキする。
「最期のときの状況ですが――」
そうして語られる俺の死も、おぼえているとおりの状況だった。
大学を中退し、先輩の起業した会社にプログラマとして入社。はじめは業務システムなんかを細々とやっていたが、ウェブサービスで小ヒットを飛ばして浮かれていたのもつかの間。楽勝モードのまま炎上案件に飛び込んでしまい、カネも人材もすり減らした。結局先輩は夜逃げ。その書き置きを読んだ俺はヘロヘロの状態で帰宅途中、飛び出してきた猫に驚いてスクーターで電柱に突っ込み自爆。
なんというか、いろいろと脇が甘い人生だったというしかない。
世の中をなめた若者が、自損事故で死んだだけの話だ。けっして、女神様にUSBケーブルを耳にぐりぐり突っ込まれて死んだわけではない。
「そういえば、えっと天界ですか? ここでもUSB接続ってあったんですね」
もっとこう、不思議な力でいい感じに解決しそうなものだが。
なんとなく発した疑問に、女神様は苦々しい表情を浮かべる。
「ええ、まあ……、すでに動いているシステムに手を加えるのはリスクでしかないですからね……。いくら時代遅れの技術であろうとも、延々とそのままの形で運用され続けるのです。誰もが皆、不自由を感じていても、どこかから偉い人がやってきて『動いてるんだから手を出すな』とか言ってくるのです……」
身につまされる話である。というか、プログラマなら誰しも直面する問題である。
「すみません女神様、余計な話をしてしまいました。お話の続きをお願いします」
「あ、はい……」
雲行きがおかしかったので謝罪を入れたのだが、女神様の表情は晴れない。怒らせてしまったのだろうか。
「ええと、オージロ・カナタさん。あなたが前回この部屋へ訪れたときの記憶はございますか?」
「はっきりとはおぼえていないのですが、ご年配の男性とお話させてもらったように思います。確か白ひげで恰幅の良い……」
一言でいえば、サンタクロースのような感じの人物だった。
「うちの上司でした。こういった案件は本来わたくしの担当なのですが、たまたま席を外していたところ、オージロ・カナタさんの転生を受け付けてしまいまして……。以下、転生申込書の要望概略です。『ゲームみたいな世界で超強い職業でウハウハな感じ』。以上、相違ございませんか?」
そんなことを言った気がするが、簡潔にまとめて冷静に読み上げられると恥ずかしくて死にそうだ。もうすでに一回は死んでるけど。もうちょっと頭のいい言い回しはできなかったのか当時の俺は。汗顔の至りである。
「……問題があったのですか?」
精いっぱい無難な聞き方をしたつもりだったが、女神様の表情は苦虫を噛み潰したような顔から『ぐぬぬ』とか言いそうな顔に変わってきた。もう本当に、ごめんなさいとしか言いようがない。
「ふつうはですね……」
「……はい」
「こういうケースだと似たような既存のシステムがあるから、ちょっとイジって使ってるんですよわたくしは! そうすれば余計な労力もいらないし不具合も少なくて済むんです! メンテナンスも最小限で済むし! それなのにあの上司はいちいち手作りでそういうシステムを作って! 無理やり世界に組み込んじゃったんですよ!」
「あ、はい……」
なんだか女神様大激怒である。怒られているのは俺じゃないが、思わず涙目になってしまいそうだ。
「神が世界を汚染するとは何事ですか! そもそもゲームデザインが古すぎるんですよ! 現代の若者が『ゲームで俺つえー』とか言い出したらどんなものを望んでいるか分かるものでしょうに! こんなレトロゲーみたいな世界に放り込まれてどうしろって言うんですか! 世界観の作り込みもぜんぜんできてない! っていうか、肝心のオージロ・カナタさんをプレイヤーに設定する処理が抜けてるし!」
まったくもっておっしゃる通りである。しかし口を挟めそうな空気ではない。
女神様はますますヒートアップして、両手で机をバンバン叩き始めた。
「あとコードが汚い! ちゃんとメンテする人の気持ちも考えて! 資料もコメントも残ってない! なんとなくで作らないで! こうやって割り込むだけでも大変だったんですよ!」
ひとしきり吐き出すものを吐き出したのか、女神様は涙目でフーフー言っておられる。そろそろ声をかけても大丈夫だろうか。
「心中、お察し致します」
「……いえ、お見苦しいところをお見せしました」
妙な空気が残る中、ふたりしてペコペコと意味不明なお辞儀を交わす。
「ちなみに、件の上司の方はどうされたのですか? 差し支えなければで結構なのですが」
女神様は感情の抜け落ちた顔に、凄惨な笑みを浮かべた。
「先週、定年で退職しました。よろしくお伝えするようにと言付かっております。以降はふつつかながら、わたくしが担当させていただきます。あらためて、よろしくお願いいたします」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
「ひとまず、オージロ・カナタさんをプレイヤー化する処理は完了しました。今回は障害対応のご報告という形になります」
「ありがとうございます女神様。お手数をおかけしました」
「いえいえこちらこそ。システムの正常化に関しては随時アップデートで対応していくという流れになりますのでご了承ください」
「あの、納期とか考えなくて結構なので、ぼちぼちでお願いします」
なんだかこの女神様は他人のような気がしない。あまり無理をさせると、俺のようにある日事故って異世界へ旅立ってしまうかも知れない。
「そう言ってもらえると助かります……。というか、現状どうしてもそういう対応しかできないんです。しばらくは不自由だと思いますけど、アプデ待ちってことで勘弁してくださいねー?」
弱々しいながらも、笑顔が戻ってきたようで何よりだ。
「当面、できる範囲で楽しんでみますよ。レトロゲームみたいな世界だと知っていれば、味があるかもしれませんし」
「そうですねー。申し訳ないんですが、このままの流れで第二の人生をお楽しみくださいね。オージロ・カナタさんのデータは本番環境に投入されちゃったので、こっちではもう触れませんから。コンプラ的にアウトなんですよー」
ようするにレベル1ニンジャのまま生きろということか。俺の思惑とは違ったけど、これからのんびりとレベルを上げていけばいい。
「あ、最後に今後の大まかな予定をお伝えしておきます。あと2、3日で当面の改修計画を済ませて、一週間後に第一回アップデートを予定しています。はじめは内部的な処理から手を付けていきますので、差し当たってはバランス調整くらいですけどね。段階的に進めていきますので、そっちも楽しみにしててくださいー」
「はい、女神様の用意してくださる新しい世界が楽しみですよ」
和やかな空気に包まれて俺と女神様は談笑する。
「あはは、わたくしの管理する世界はちょっと厳し目だから覚悟しててくださいねー。今のうちにちゃんとレベル上げとかないと、本当に死」