災禍
第九層の『門番』である。
死んだ人間のことはさておいて、こいつを倒してしまえば準備万端アップデートを迎えられる。女神様の鬼畜っぷりを震えて待つばかりだ。
「さて、作戦を練るとしよう」
粗末な木扉を前に、最期の作戦会議を開催する。
「門番を倒して勝利っス」
「そうだな」
「蔵を建てるんス」
「ああ、他に意見のある者は?」
もはや雑音みたいな感じになってしまったアーウィアだ。会議と世間話の区別がついていない人みたいである。たまにいるのだ。何か関係あるのかと思って聞いていたら最終的に『最近の冷蔵庫って凄いよな』みたいな話だったりする。そういうのは後でお願いしたい。
「当然、強敵でしょう。どのような相手かもわかりません」
「ふむ、こちらとて万全の態勢なのだ。一息に攻め落としてしまえばよい。皆でわーっと行ってがーっとやれば倒せぬ相手などいないのだ」
正体不明の強敵にわーっと行ってがーっとやるのは既定路線である。やはり情報がないので大した話し合いはできないか。結局、出たとこ勝負である。
「敵の正体がわからないのが問題なのね。じゃあ見てみましょうよ」
ルーが扉を開けた。
何か、すげー奴がいた。
四枚の翼を持つ、土気色の肌をした人型。見上げるほどの異形な巨躯。魔神のような姿をした敵だった。
およそ、人が戦いを挑んでいいような相手ではない。
扉がぱたりと閉ざされる。
「あんな感じだったわ。どうするの?」
やはりこのエルフは頭がどうかしている。
「……見逃された、か?」
扉の向こうからは何の反応もない。よく考えれば無理もない。そもそも扉をくぐれるサイズではなかった。こちらに来ることはできないようだ。心臓に悪い。
「……すまねぇ兄さん、しかし、アレが相手か……」
「……あれと……戦うのですか……?」
「……むぅ……」
「蔵を建てるんス。みんなに自慢するんス」
一気にテンションが落ち込む一同である。
「で、どうするの?」
作戦は決まった。遺憾ながらルーのおかげである。
「姉御、やってくれ!」
「おぅ任せろ! 『兎足』ッ!」
アーウィアの魔法を合図に扉を蹴り開けたヘグンとユートが部屋に突入。巨大な魔神が侵入者へと向き直る。
「なーっ! 『対魔防殻』!」
「『広域守護』!」
魔術師と僧侶による防御魔法。ニンジャはパーティーから離れ、魔神の背後へと忍び寄る。
魔神の拳が前衛を襲う。紙一重、聖騎士が転がるように回避。
「立てユートぉ! 次が来るぞッ!」
潜伏したニンジャが駆ける。跳躍、魔神の背を蹴って首にしがみ付く。後はひたすら手刀を振り下ろすのみだ。
名付けて『首が切れるまで頑張ろう作戦』である。
爆発するが如き勢いで暴れまわる魔神。ヘグンとユートが猛攻を何とか耐えしのいでいる。隙をみてヘグンが治癒薬を飲む。慌てて飲んだせいでむせた。鼻から赤い薬液が霧となって噴射。笑ったユートが魔神に殴り飛ばされた。すかさずボダイが回復魔法を飛ばす。ニンジャは手刀で魔神の首を何度も叩く。
「うらぁーッ! おらぁぁーッ! どらぁーッ!!」
やることがないアーウィアが叫ぶ。魔神は動きを止め、低く唸り始めた。
「気を付けて! 攻撃魔法がくるわ!」
直後に凄まじい爆発が起こった。魔神の首にしがみついたニンジャ以外、前衛も後衛もまとめて吹き飛ばされる。紙袋から溢れ落ちたリンゴが坂道を下るような勢いで転がった。昔のドラマでよくあったシーンである。あんなにリンゴばかり買ってどうするのか。たまにレモンだったりもする。ジャガイモのほうが現実的であろう。
真っ先に立ち上がったのはアーウィアだった。『大賢者の護符』に守られたのか蔵への執念か。他の連中はダメージが大きそうだ。
「起きろ坊主ッ! 回復するっス!」
アーウィアが『軽傷治癒』をボダイにかける。自分の魔法ではパーティーを立て直せないからだ。ニンジャはひたすら手刀を振るう。
「皆、何とか持ちこたえてくれ!」
手刀を打ち下ろしながらニンジャは叫ぶ。アーウィアから回復魔法を受けたボダイが上位の回復魔法を唱える。他の連中も何とか立ち上がる。そして魔神に向き直ったかと思うと、そのまま呆然と立ち尽くしている。
まさか、ここにきて心がくじけたとでも言うのか!?
「カナタさん、切れたみたいっスよ、首」
手元を見ると、俺は首のない魔神に向かって無意味に手刀を振るっていた。はて、いつの間に刎ねたのだろう。
下りるタイミングを逸したせいで、横倒しになる魔神から転げ落ちるニンジャであった。
横たわる巨体の足元に木箱がある。
知らない間に魔神を倒し、まるで達成感のないまま罠解除である。
「ルー、殴るなよ?」
「えっ!? 何を言っているの……?」
一晩眠ってすっかり忘れたのだろう。再起動で不具合が解消したようだ。
さて、まずは罠判別だ。
そうして俺たちは第九層の証、円盤状の何かを手に入れた。
宝箱に仕掛けられていた罠は毒針であった。構造は単純だ。解除は容易である。
「カナタさん、はやく解毒薬を飲むっス。おかしな顔色になってますよ」
「すまんアーウィア。手元が狂った」
ちょっとした問題はあったが、無事に目標は達成した。
解毒薬を飲んで周囲を見渡す。広間である。首を刎ねられた魔神と木箱、四人の貧乏人と一人のアーウィア。そして広間の片隅に、ガラクタのような物があった。
「ここにいたか」
もう骨になってしまっている。
ガラクタのように見えたのは、彼らの装備品と骨だった。
「兄さん、そいつらか?」
「ああ」
全滅したパーティーだ。どれが『オージロ』だろうか。もはやどの骨が誰のものであったかも見分けが付かない。
「こうなってしまっては、もはや儀式にも耐えぬでしょう」
「安らかに、眠らせてやるのだ」
ボダイとユートが、床に散らばった骨に祈りを捧げる。
「骨だわ」
「骨っス」
そう、骨である。拾ってやらねばなるまい。
「ひとまず、部屋から運び出すとしよう。門番が復活すると面倒なことになる」
生き残った冒険者たちは、手分けして骨と装備を運び出す。
木扉を出て昇降機の手前にそれらを積み上げる。搬出準備完了である。
「さて、いったん脱出といこう」
「うっス。もしこれで昇降機が動かなかったらやべーっス。次はわたしらが骨になる番ス」
だから変なフラグを立てようとするな。
今しがた手に入れた円盤状のアイテムを掲げると、縦穴から轟音が響いてきた。
姿を現した鉄籠に乗り込む。骨は置いて行こう。まずは俺たちが無事に地上へ戻ってからだ。
「行くぞ」
ヘグンは昇降機のレバーを押し上げる。
鉄籠は縦穴を昇り第七層で停止する。
「この昇降機は上に行けるのだろうな?」
レバーを上げる。ユートの心配をよそに、鉄籠はさらに上へと昇っていく。
一階層上の第六層で停止した。
「ここは第六層ですね。やはり、この昇降機は一番機のようです」
長い縦穴を通り抜け、俺たちは第一層へと帰還した。
「ひとまず回復だな。『商店』へ行こう。装備品の処分についても話をしなくてはならん」
「うっス」
「埋葬の手はずは……どうするんだ?」
「坊主、頼んだっス」
ひとまずノルマはクリアだろう。
そこそこレベルも上がったし、装備も充実。
金銭問題も何とかなりそうだ。
しばらくは、のんびり暮らせることだろう。