『 』
六日目の朝である。
『商店』でアイテム欄を満たし、パーティーは迷宮入口前に整列だ。
アップデートを目前に控え、最後の迷宮探索が始まる。
「まず第八層の『闇の間』まで進む。進路上にいる敵との戦闘は回避できない。一本道だからだ。速攻で沈めるぞ」
「うっス。笑ってます?」
「笑ってない。道中は回復をできるだけ温存する。魔法も治癒薬もだ。回復の使用回数に影響ない魔法を優先して使え。ただし切り札は残すように」
「うっス」
「目標は第九層到達だ。長引くと消耗するだけだ。初回の突入で決める。何か質問は?」
「ねっス」
「それでは一同、ご安全に」
「「「「「ご安全に」」」」」
もはやアーウィアも昇降機など恐れはしない。貧乏生活のほうが怖いのだ。
立ち塞がる敵を打ち倒し、俺たちは一路、闇の間を目指す。
「うらぁぁーッ! おらぁーッ! ぬりゃぁぁーッ!!」
戦闘中にやることがないアーウィアが掛け声だけで参加する。
「姉御、静かにしてくれねェか」
「うるさいのだ」
戦っている後ろでデカい声を出される立場の前衛には大不評である。やる気だけは認めてやってほしい。悪い子ではないのだ。行き場のない熱意が空回りしているだけなのだ。
「アーウィア殿は奥の手です。泰然と構えてください。もし我らが危なくなったらお願いします」
ボダイが真面目くさった顔で言っているが間違いなくただの気遣いである。うちのへなちょこさんが何とかできる事など限られている。タイミングよく餅をこねる係などが適当であろう。餅つきには必須である。
攻略作戦は順調に進展する。
いよいよ未探索区域の手前までやってきた。
「到着したわね、アレの間よ」
「闇の間っス」
「ええ、ちゃんとそう言ったわよ?」
禍々しい瘴気に満ちた広間が見える。闇の間だ。
「出番だアーウィア。広間の入口まで行ってみよう。気を付けろよ」
「うっス! わたしの力を思い知らせてやるっス!」
正しくは、用があるのはお前を呪っている護符の方である。ある意味、身を犠牲にしているのはアーウィアなので間違ってはいないのかもしれない。
パーティーをその場に残し、ニンジャと呪われた司教は広間へと歩いていく。
「……ほう」
「へっ、見てください。わたしに恐れをなしているっス」
闇の間を漂っていた瘴気が避けていく。護符の力だ。ふわふわ飛んできた赤黒い靄がぬるりと向きを変え離れていった。水面に落ちた物が餌かと思ったら餌じゃなかったときの魚が引き返すような姿だ。
「よし、行ける。固まって慎重に動くぞ」
「おぅ、敵もいねェみたいだな。さっさと抜けようぜ」
護符の効果範囲は二歩か三歩程度。ちょうど一組のパーティーが入れるだけの安全地帯。もしアーウィアが面白いものでも見つけて走り出したら俺たちは全滅だろう。皆で司教を取り囲み、要人警護のような格好で瘴気を掻き分け、闇の間を進む。
広間を突っ切った先、一本の通路へと抜け出した。
「……通り抜けられましたね。さすがに緊張しました」
「うむ、もはや我らを阻むものはないのだ。進もうではないか」
僧侶と聖騎士である。ブレーキとアクセルである。ハンドルを握るのはニンジャだ。気を付けよう、前世では事故死した俺である。
ここからは、全滅したパーティーの足跡を追う。
探知スキルで周囲を警戒しながら進んでいく。敵は少ない。しばらくすると分かれ道があった。
「アーウィア、地図を見せてくれ」
「見てもいいっスけど意味ねーっスよ。まだこの先は行ってねーっス」
道を確認しながらニンジャは進む。
そのうち地図係の二人がザワザワし始めた。先生が間違えて昨日と同じ内容の授業を始めたときの小学生みたいな感じだ。
「ちょっと待ってくださいカナタさん。これ、やられてないスか?」
「暗黒広間からこっち、道が同じねぇ。他人の空似かしら?」
「闇の間っス。おぼえろエルフ」
「そう言ったわ?」
ルーとアーウィアが地図をくるくる回しながら話し込んでいる。
「かもしれん。まぁ進んでみなければわからんではないか」
たまに出くわす魔物を倒しつつ、第八層を進んでいく。
レベルが上がったおかげか、回避に重点をおけば事故ってボコられることもない。ニンジャは日々すくすくと成長しているのだ。
そうして辿り着いたのは、第七層へ続く上り階段だった。
見覚えのある佇まいだ。出口はこちら、といった風情である。
「いわんこっちゃねーっス。やっぱ回転床じゃねースか」
「あのモヤモヤ広間に仕掛けがあったのね。追い返されたみたいだわ」
「闇の間っス」
「言ったわ?」
「まだわからん。階段を上ってみよう」
階段を上って第七層。見覚えのある幅広の通路が伸びている。
少し歩くと昇降機があった。
「カナタ、そろそろ認めるのだ。戻ってきたぞ。どうするのだ?」
呆れ顔のお嬢に可愛らしい声で怒られた。
「補充に戻るにゃまだ早ェな。もう一回、闇の間まで行ってみるか?」
ここだろう。おそらくここがドツボである。
「ヘグン。あの日、全滅したパーティーは延々と第八層を探索していたんだ」
メニュー画面で何度か確認した。ずいぶん苦戦しているなぁと思ったものだ。当時は完全に他人事であった。陸上競技を見て『足が速いなぁ』とか思うくらいの感覚である。
「何でそう言い切れるのかは知らんが、それがどうした?」
「それだけ厄介な仕掛けが、あの闇の間にはあるということですか?」
ヒゲと坊主が揃って首をひねる。仲良しである。
「彼らは闇の間を行ったり来たりしたのだろう。最後には第八層攻略を諦めて、地上に戻ろうとしたはずだ。ずいぶん粘ったに違いない。消耗もしていただろう」
懐から取り出した銀賞牌を昇降機に掲げる。
鉄格子の扉を開いて鉄籠に乗り込んだ。
ヘグンらはニンジャの正気を疑うような顔をしている。疑われるのも当然であろう。残業のせいで奇行に走った前科を持つ俺である。
「……何となくわかってきたっス。お前らも乗るっス」
話のはやいアーウィアに率いられ、全員で鉄籠に収まった。
「ヘグン、動かしてくれ」
「ん、あぁ……」
昇降機のレバーが押し上げられる。
それだけだ。鉄籠は動かない。知らん顔である。
「何だ、壊れたのか!? ヘグン、ちょっと私にやらせるのだ!」
「ユート、乱暴にしてはいけません!」
「よくわからないけど、わたしもやるわ!」
寄ってたかってガチャガチャやった拍子に、レバーが下を向いた。
轟音と共に鉄籠が下降する。
「これは俺たちが使っていた昇降機ではない。こいつは二番機だ。回転床などなかったのだろう」
「進んでも戻っても同じ景色っス。今までのことを考えると、そりゃ回転床だと思うっス」
第八層は、闇の間を中心に点対称の造りなのだ。他人の空似である。下手に勘ぐるとドツボに嵌まる。全滅したパーティーは、見事に嵌ってしまったのだろう。
門番が銀賞牌を守っていたのも第八層だ。おそらく、そこまでのアクセス権が認められているのだ。
縦穴を下降する鉄籠は、すぐに動きを止めた。
ご到着である。鉄格子の扉を抜けた先は幅広の通路が伸びている。さっきまでいた第七層の大回廊と同じような感じだ。
「第八層の続きだな。進むぞ」
「うっス。どうせ敵もいねーっス」
枝道もない長い通路だ。分かれ道がないから一本道だ。
「また笑ってません?」
「笑ってない。気を抜くなアーウィア」
しばらく歩き続けると、一度壁に突き当たって左に折れる。
敵はいない。大回廊や大十字路と同じようなものだろう。迷宮が意志を持って冒険者たちを招いているようだ。もちろん、餌として食うためだろう。
さらに延々進んだ先の行き止まり。
第九層への階段があった。
「よし、目的地だ。さっさと下りよう」
感慨はない。この一週間は冷徹なニンジャと化すことを決めた俺である。たまに脱線していた気もするが構うまい。無軌道な生き方をする奴らが身近にいたせいで、少々羽目を外しただけである。
第九層は、迷宮の意図が丸見えの構造だった。
階段から伸びた短い通路の先が左右に分かれ、右に昇降機、左に扉だ。
銀賞牌を掲げてみせるが、昇降機はうんともすんとも言わない。
扉の方は、例によって木製の簡素な代物だ。
「ここの門番を倒すことができれば帰れるな」
「それ以外の解釈はできねーっス」
あの日の彼らを想像する。
疲弊した彼らは攻略を諦め帰還を決意。
しかし頼りにしていた昇降機は動かない。
やがて気付いただろう。誘われるように一本道を進む。そしてこの状況だ。
何とか一戦だけ乗り越えれば、生きて帰れる。
もしかしたら、すでに引き返すだけの余裕がなかったのかもしれない。
そして全滅したのだろう。
彼の足跡を辿ることに成功した。
この部屋に、彼と仲間たちの亡骸はあるのだろう。
『サムライ』という一風変わった上級職だった。
我らが頭だった男、『オージロ』たちは、ここで死んだのだ。