秘密の暴露
激しい戦いを乗り越えた。
迷宮を這い出した冒険者たちを夕陽が照らす。
赤焼けた空の下、しばしの休息。剣を収めて丘を下ろう。
「アーウィア、鼻は大丈夫か?」
「うっス、まだちょっとムズムズするっス」
第六層で手に入れた護符の鑑定に失敗した司教である。
銀賞牌に引き続き、本日二度目の失敗だ。顔が痒い犬みたいな動きで床をのたうち回っていたアーウィアだ。
別に無理はしなくていいのだが。『商店』に頼むと鑑定料を取られるが、そのくらいは必要経費だ。
『冒険者の酒場』へ行く前に、『商店』へ寄って護符の鑑定を頼む。
鑑定は元手いらずで利幅がデカいのだろう。店の小僧もほくほく顔だ。
結構カネを取られるが、技術料だから仕方ない。我が前職など、座って指をカタカタさせるだけでおカネになる仕事であった。たまにマジでそう思っている人がいるから恐ろしい。あくまで謙遜ジョークにござる。
「大司教アーウィアと馬みたいな奴に、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
今日も宴のお時間だ。生きていることを喜ぼう。
「ふむ、『大賢者の護符』というのがコイツの名前か」
「わたしにぴったりな名前っスな! これはわたしが持っておくっス!」
知性も品性もない感じで酒をかっくらう小娘だ。なるほど、これが大賢者か。俺の想像とは少し違う。
例の護符である。文字がびっしり刻まれた黒っぽい小さな金属板だ。細い鎖が繋がれている。首に下げるのだろう。あの日見た護符と同じものだ。
「とても強力な魔法が封じられた魔除けですよ。確かにこれなら、あの『闇の間』の瘴気を打ち払えることでしょう」
ボダイが言うならそうなのだろう。他の連中とは違い、珍奇なことは言わない男だ。
そして『闇の間』である。第八層の瘴気が充満した広間のことだ。例によってアーウィアが命名した。名前をつけるのが大好きな娘である。自分の自転車とかにも名前を付けるタイプであろう。チャリーちゃんとか赤兎馬号とかその辺である。
「凄い力を秘めているのだぞ。持っているだけで様々な害悪から身を守ってくれるのだ」
酒をガバガバ飲みつつユートが言う。そんな凄い品を宿代に変えてしまうとは、なかなか肝の座った奴らである。
しかし、なぜうちのパーティーは、それほどのアイテムを俺に預けていたのだろう。常に持っておいてもよさそうなものだが。
「確かにすげェよ。でも、扱いが面倒なンだよなぁ」
「なにせ呪われてるからねぇ。うっかり装備すると外せなくなっちゃうわよ」
「解呪の儀式でアイテムを破壊する以外に方法はありませんからね」
「……そうか。なるほどな……」
首から護符をぶら下げたアーウィアが上機嫌で酒を飲んでいる。なぜ肝心なことを早く言わんのだ。どう見ても手遅れではないか。
大した害はないとのことで、アーウィアには黙っておくことにした。
もしかしたら呪われていないかもしれんと自分に言い聞かせる。ヘグンたちにも口止めをしておいた。もし喋ったら耳を引っこ抜くと脅してある。しばらくは大丈夫であろう。
「いよいよ明日で最後だな。アップデートに間に合えばよいが」
今日も飲むのは安酒である。まだ少しカネはあるが、急な出費に備えて残している。財布の紐も固くなる。やりくり上手なニンジャである。
「何言ってるかわからんス。今日の宿はどうするんスか?」
「ん、ルーの部屋ではないのか?」
なぜかユートの肩がピクリと震えた。酒をこぼしている。
「今朝のことを忘れんなっス。もはやあそこは安住の地じゃねーっス」
「そうだな。あいつはどうかしている」
寝起きドッキリのせいで信用を失ったエルフだ。半分は俺のせいでもある。
「おい、お嬢、今晩泊まってもいいスか?」
「待つのだ! いかんぞ、それはいかん……」
アーウィアが秒で断られてしまった。友達甲斐のない奴である。いや、自室に客を招くのが苦手なタイプの人間もいる。価値観は人それぞれだ。尊重しよう。
本日の宴もつつがなく終了。
貧乏仲間を一等室へ個別に格納し、俺とアーウィアは宿を出る。
「人間、素直に生きるのが一番だ。背伸びなどしなくていい」
「うっス。馬小屋っス」
「身の丈に合った生活をしよう。どうせカネもなくなる」
「うっス。は!?」
もはや隠しても仕方あるまい。
正直に我が家の財政状況を話すことにした。
「というわけで、俺たちの成金生活は終わってしまったのだ」
「――嘘ですッ! 嘘だと言ってくださいよカナタさん!?」
やめろ、そんな目をするな。何という顔をしているのだ。
「待て、まだ話は終わりじゃない。金策のアテならある」
過呼吸を起こしかけたアーウィアの背をぽんぽん叩いて落ち着かせる。喉がヒューヒューいっている。そこまでか。他人のカネで豪遊してただけの癖に悲劇のヒロインみたいな面である。図々しい奴だ。
しばらくぽんぽんしていると呼吸が戻ってきた。アーウィアが幽鬼のような青白い顔をあげる。
「……第九層、ですね?」
今まで見たこともないような真顔でアーウィアがつぶやく。さすが話が早い。
「そういうことだ。もはや引き返せん。明日の迷宮探索が全てだ。失敗すればヘグンたちのような貧乏生活が待っている」
これから馬小屋で寝ようという奴が一等室の客に向けて言う台詞ではない。しかし事実だ。現実とは、かくも奇妙なものである。
アーウィアの動揺が激しいので、酒を飲ませて落ち着かせることにした。
こういうときのための節約である。高い酒をガンガン飲ませ、酔い潰して馬小屋に放り込む。本能に従い、酔いどれ娘は這いずって藁の中へと消えていく。
「……不憫な娘だ」
俺も久しぶりに藁の山へと潜り込み、安堵の息を一つ吐いた。
「……ぅ……蔵が……わたしの……カネ……」
奇妙な声を聞き流し、ニンジャは意識を深く沈める。
藁山の中で、二匹の何かは眠りに落ちた。
「起きろニンジャ! 迷宮に行くぞッ!」
側頭に衝撃を受け、藁を散らして跳ね起きる。
「何だ! 敵かッ!?」
宙を舞って一回転。着地、素早く周囲を探知。馬小屋、藁山、そこに足を突っ込んだ小娘の姿。
「すみません、頭を蹴るつもりはなかったっス。大丈夫ですか?」
「――お前だったか」
ニンジャが散らかした藁を全身に浴びてカキフライみたいな姿になったアーウィアがいた。いや、少々パン粉が足りないな。むしろゴマ団子か。団子の表面にゴマをまぶしたアレである。
「遊んでる暇はねーっス。はやく迷宮に行きましょう」
「はいはい。手を引っ張らないの」
「アイツらも叩き起こしましょう。わたしらの人生がかかってるっス」
「まだレベルを見てないでしょ」
お母さんみたいになりながらメニューを開く。
「ふむ、レベル11か。あれだけ戦った割りには思ったほどではない」
「関係ねーっス。いまはレベルより第九層っス。蔵を立てるんス」
そろそろ伸び悩む時期か。ダイエットをしている人もこういう期間が辛いと言っている。苦労しても結果に表れず、つい我慢していた唐揚げなど食べてしまうらしい。別に食べても構わんと思うが、それをきっかけに心が折れるそうだ。
何はともあれ、今は体重の話より迷宮である。
アーウィアに手を引かれ馬小屋を出る。目覚めは慌ただしかったが気分は爽快。やはり慣れた寝床はいいものだ。朝の空気も美味い。早起きなユートも満足げな顔をしている。
さあて、消えた彼らの足取りを追うとしよう。
ニンジャの予想が正しければ、そう長くはかかるまい。