追いついた
ニンジャは罠解除に挑む。第八層の『門番』が残した宝箱だ。
「ユート、すまんがルーを押さえておいてくれ」
いくら言い聞かせても殴りかかってくる。仕方がないので実力で排除だ。
「暴れるなルー。あれはいいのだ」
「こっちくんなっス」
アーウィアも両手を上げて立ち塞がる。果敢にもニンジャを守っているのだ。自分の身体を大きく見せて外敵を威嚇する小動物のごとき豪胆な姿である。
俺は宝箱に向き直る。いろんな方向から木箱を眺め、触ったりにおいを嗅いだりして調べていく。
罠の気配を感じる。凝縮された、ひどく不安定な魔力の塊。ブランコで遊んでいる子供のホームビデオを観ているような危うさを感じる。
もしこれが炸裂すれば、鈍感な前衛連中はともかく魔法職の奴らには大きな被害が出そうだ。
慎重に箱を弄る。考えなしに限界まで注がれた味噌汁を運ぶような手付きだ。ニンジャの額を緊張の汗が伝う。
「――きた」
解除成功! 宝箱の口が開く。第八層にして初めて罠解除を完遂した。
ルーを開放し、一同は箱を覗き込む。
「……なんスかコレ」
「……さあ?」
ぼんやりとした姿の未鑑定アイテムだ。かろうじて円盤型であることだけ見て取れる。
「きっと銅賞牌の仲間に違いねェ」
「え? どうして? ヘグンの考えていることがわからないわ?」
「……我らの思ったとおりでしたね。では、早く地上に戻りましょう」
この謎アイテムで第七層の昇降機が使えるとしても、そこまで行くにも少々距離がある。治癒薬の残りも少ない。地上に出るまでは気を抜けないのだ。
「ぐがーッ! やっちまったっス!」
アーウィアが鼻を押さえてのたうち回っている。勝手に鑑定をしようとして失敗したようだ。思ったよりワサビが多かった人みたいな感じで悶えている。
「口で息をしろアーウィア。では戻るとするぞ」
懐に戦利品を仕舞い、馬の亡骸と空箱に別れを告げる。
俺たちは扉を抜けて迷宮を引き返していった。
その後も敵と殴り殴られの死闘の果てに、何とか第七層の昇降機まで戻ってくることができた。治癒薬も1本しか残っていない。
「これで動いてくれたらいいのだが……」
「いや、動かんでもいいス。もうここに住みましょう。頑張れば何とかやっていけるはずっス」
懐からぼんやりとした円盤状の何かを取り出し鉄門に掲げてみせる。
鉄の巨塔が崩れるような轟音と共に、昇降機が動き出す。縦穴の上からゆっくりと籠が下りてきた。
よかった、狙いどおりだ。アイテムが未鑑定でも問題ないらしい。
「ありがたいです。これで近道ができますね」
「まだわかんねェぞ。とにかく上だ、乗り込むぞ」
恐怖に支配されたアーウィアを押し込み昇降機のレバーを押し上げる。
鉄籠は縦穴を上昇していく。一度第六層で停止したので、続けてレバーを上へ。
石壁の中をぐんぐんと昇り続け、無事に第一層へと到着である。
『商店』へと訪れた俺たちは、買い物ついでに円盤の鑑定を依頼した。未鑑定でも問題ないとはいえ、持っていて落ち着かないのだ。
「旦那、鑑定結果が出ましたよ」
店の小僧は一発で鑑定を成功させた。はたしてその正体は、鈍く輝く銀の円盤、『銀賞牌』であった。
薬漬けの冒険者たちは迷宮へ舞い戻るべく、昼下がりの丘を登る。
「最初の分かれ道を反対に行ってみよう。おそらくそちらが本命らしい」
「そっスね。馬がいた方はだいたい調べ終わってるっス」
地図を眺めながらアーウィアが答える。
強敵だった第八層の門番も、すっかり馬扱いが定着した。無理もない話だ。名前も知らない馬のような生き物を他に何と呼べばいいというのか。もっと打ち解けて一緒に遊んだりすれば他のアダ名も思いつくだろうが。
「昇降機のおかげで買い出しには困らん。力任せで押し通る。以上、ご安全に」
「「「「「ご安全に」」」」」
第一層をまっすぐ進み、鉄籠に乗って下へ下へと第七層。少し歩けば第八層である。とても快適だ。昇降機恐怖症のアーウィア以外は何の問題もない。
怯えるアーウィアが俺の肘を掴む。うまく籠手の部分を掴ませればノーダメージで済むことも判明している。防御成功である。
「アーウィア殿、落ち着きましたか? そろそろ出発しましょう」
「さァ行こうぜ。分かれ道までは一本道だ」
ヘグンが当たり前のことを言う。何の説明にもなっていない。突っ込むべきか少々悩みつつ、ニンジャは警戒のため先行する。
第八層の未探索区域を目指してパーティーは進んでいく。この区間に敵がいると戦闘は回避できない。分かれ道がないからだ。分かれ道があるまでは一本道である。やるなヘグン、なかなか面白い台詞ではないか。
「さっきからなにクスクス笑ってんスかカナタさん。そろそろっスよ」
「笑っていない。では左へ進む」
こちらの道はやや長めの通路が続いていた。時折小部屋を通過する。いくつか分かれ道があったが、たいてい小部屋があって行き止まり。実質一本道のようなものだ。ヘグンの台詞を思い出して笑いそうになる。
「カナタさん、笑ってません?」
「笑ってない。探索に集中するんだアーウィア」
そうして進んでいくと、奇妙な部屋に行き当たった。
「広間のようだ。しかし、これは何だ?」
赤黒い靄が広間に満ちている。それが生き物のように、うねりながら宙を漂っているのだ。尋常ではない。パーティーを下がらせよう。
「……やべェ感じだな」
「禍々しい気配です。おそらく、瘴気と呼ぶべきものでしょう」
僧侶のボダイには何か感じられるようだ。忌むような顔付きでそう告げる。
「こりゃ無理っス。ぜったい死ぬやつっス」
いちおう聖職者系の端くれでもある司教様も危険を訴える。昇降機に対しても同じことを言うので信憑性は皆無だ。ホラ吹きが祟って狼に食われる寓話みたいな奴である。
「そうねぇ、試しに誰か行ってみる? 死ぬらしいけど」
「駄目だぞ。あれは良くないものだ。私も感じる」
そういえば聖騎士様もそっち系か。迷宮進みたがりっ子のユートが言うなら、よっぽどの事だろう。
しかし道はここへ続いていた。目を凝らすと瘴気の先、広間の向こうに通路のようなものが見える気がする。
「……どうにかここを抜ける手はないか?」
「だから無理っス。おとなしく馬のいた方を探索しましょう。何か見落としてるかもしれんっス」
見落とし?
「こんなとこ通れんス。今日はあの変な円盤を拾えただけでもよしとするっス」
それだ。
ここを通るにはアイテムが必要なのだ。
俺たちが最後に『アイテム倉庫』をしていた日の前夜。
うちの主力パーティーが第八層攻略へ向かう前の準備を思い出す。
「あの護符だ。前の晩に頭に渡した。攻略に必要だと言っていたんだ!」
何ということだ。おそらくあのアイテムが、ここを通るための鍵だ。これまで寄り道せずに来たことが裏目に出たか。どこで手に入れればいい!?
「なんスか、いきなりデカい声出して。そういう勢いだけの芸は好かんス」
「違うわ。いや、すまん。今から説明する」
俺は例の護符に関して皆に話す。
あのときの状況、護符の姿、俺の推測も含めてだ。
「誰かその護符について心当たりはないか? どんな些細なことでも構わん」
「知ってるぜ?」
は?
「ええ、知っていますよ。あの護符のことでしょうね」
うん?
「第六層の門番を倒したでしょう? あの宝箱に入ってたわよ?」
……銅賞牌だけでは、なかったのか?
「我らも持っていたが売ったよ。宿代がなかったからね」
なるほど。
どうやら、いろんな物を見落としていたようだ。見落としてない物の方が少ないかもしれない。会社を出てから自宅に戻るまでの記憶が丸々抜けていることも多々あった俺である。賞味期限も気にしない俺である。本質的には何かと適当なのだ。
「……取りに、行くぞ……」
「めんどくせーっス。二度手間っスな」
ニンジャと一団は迷宮を突き進む。
どこかのポンコツが気取って無視した宝箱。それを再び手に入れるための強行軍である。あのとき素直に開けておけばよかった。
第六層で昇降機を降り、例の部屋まで行って八つ当たりのように門番を撃破。
宝箱の中から無事に護符のような何かを入手した。未鑑定なので詳細はわからんが、おそらくこのアイテムで間違いあるまい。
「落ち着け兄さん、無茶しすぎだぜ」
案の定、ニンジャは罠解除を失敗した。宝箱から吹き出した爆風と炎によって、パーティーに結構な被害を出してしまっている。もちろんルーにも殴られた。今日は何かと勇み足な俺である。
ここまでの敵とも勢いだけで戦ってきた。こちらも少なくない被害を出している。
過程を見れば大失敗であるが、結果としては大成功だ。
第八層攻略に向けて、すべての準備が整った。
第九層で散ったパーティーメンバーたち。
あの日の彼らに追いついた。あと一手だ。