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魔導を極めし者


 俺たちは迷宮を脱出し、『冒険者の酒場』へと帰還した。

 探索が順調だったせいで、まだ日暮れ前である。


 一同はがやがやと騒々しく酒場に乗り込み、椅子に腰掛け一休み。まるで自分の家のごとき気安さである。



「大司教アーウィアと偉大なる昇降機(エレベータ)に、乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」


 そう毎日馬鹿騒ぎもできないし金銭的な問題もある。

 本日の宴は簡単に済ませることにした。



「俺ァ最初は無謀だと思ってたんだ。兄さんたちが無茶を仕出かさねぇように面倒みるくらいの気でいた」

 安酒をあおりながらヘグンは言う。


「カナタさん、このヒゲ喧嘩売ってるっス。首でも刎ねてやりましょう」

「無理だ。相手が悪い」

 いちいち喧嘩っ早い司教である。


「どうせ泣きが入る、納得するまで付き合ってやろうか、ってな。だが、ひょっとすると本当にいけるかもしれねェ」

 俺が目指すのは第九層。こんなところで泣いている暇などない。



 元よりヘグンらのパーティーは第七層でも戦える実力はあったのだ。危険を避けて進めばこのくらいは当然だ。斥候が欠けたとはいえ、凡庸なサポートメンバーが二名と治癒薬(ポーション)飲み放題が付いている。特に後者は破格であろう。



「明日は第八層、ですか。さすがに気を引き締めていきませんと」

「うむ、待ち遠しいではないか。今夜は楽しみ過ぎて眠れないかもしれない」

 慎重さを欠かさない僧侶と大胆さが溢れ出ている聖騎士だ。職業病みたいなものだろう。片方は重篤患者だ。


 ユートとボダイも安酒を飲む。口の中が治癒薬の味になっている。安酒だろうと口直しにはちょうどいい。



「第七層をこうも容易く攻略できたのはルーの手柄だな」

「あら? わたし、何かやったかしら……?」

 謙遜なのか自覚がないのか記憶がないのか怪しいエルフだ。褒め甲斐のない相手である。投げたボールが返ってこない。咥えたままどこかへ行ってしまう犬のようだ。



 第七層への階段に続き、第八層の入口まで発見するという快挙である。

 ニンジャの探知がヘッポコなせいで、何だかんだと戦闘もあった。『門番』(ゲート・キーパー)や第七層での強敵とも戦った。これはレベルアップも期待できるのではなかろうか。



「わたしの魔法も冴えてるっス。魔導を極めし者っス」

「うむうむ」

「あとは昇降機さえなければ言うことねーっス。あいつだけは好かんっス」

「そうさのう」


 ルーやボダイに比べると豆鉄砲みたいなアーウィアの魔法である。しかし第二層辺りで戦うなら敵無しであろう。地味に成長している俺たちだ。



 やんややんやと宴は続く。

 飲んでいる酒が安いせいか、いつもの女給も寄ってこない。気付けばすっかり日も暮れ、お開きとするにはいい時間だ。


「そろそろ宿へ行くとするか。身体を休めて第八層に備えよう」




 ほろ酔い気分で宿屋へと向かう。

「おぅ女将、一等室(スイート)を頼む」


 今日も貧乏人たちは遠慮することなく、一人一室一等室のご様子である。カネがなくて苦労している癖に、他人の財布を慮ることをしない連中だ。



「……アーウィア、どうする」

 安部屋(エコノミー)は避けたい。正直懲りた。できればアーウィアの口から馬小屋を選ぶと言ってほしい。散々デカい口を叩いたせいで後には引けぬニンジャである。


「ふっふー、手は打っておいたっス。宿代払っちゃってください」

 何やら自信ありげに胸を張る。カネを払わず泊まれるのは馬小屋しかない。なんで偉そうなのかは知らないが、俺も古巣に戻れるなら文句はない。

 宿代の小金貨二枚を女将に手渡した。ちょうど治癒薬と同じ値段だ。



「二人とも、部屋はこっちよ。行きましょう」

 俺たちを眺めていたルーが手を招く。

「話は付けておいたっス。今日はエルフの部屋っス。間借りするとしましょう」




 ニンジャと司教は耳が長い奴の部屋へ転がり込んだ。

 ルーと同室である。部屋代を払った俺たちが間借りするというのも妙な話ではある。


 思ったほど広くはないが、居間と寝室の続き部屋だ。壁も床も板張り。安部屋よりも造りはしっかりとしている。居間には小さなテーブルと椅子が二脚、奥には寝台が二つあった。


「なるほど。確かにこれでは安部屋など泊まれなくなるな」

「すげーっスね。馬小屋といい勝負ができそうっス」


 感慨にふける俺たちを気にもせず、ルーは寝台に腰掛ける。


「適当に使ってちょうだいね。私は寝」

 言っている途中でぶっ倒れた。ルーは寝台(ベッド)の上で大の字になり、死んだように眠る。どうしてこのエルフはいちいち行動がおかしいのか。見ると、薄目を開いて白目を剥いている。気味の悪い寝顔だ。



「寝台は一つしか残ってねーっスね。カナタさん、わたしはアレで寝るっス」

「よし、手伝おう」


 寝台から敷布団を剥いでアーウィアを巻いてやる。(むしろ)ではない、ちゃんとした布団なので簀巻きっぽさは減ってしまった。寝台の下に安置する。


「俺は残り物でなんとかしよう」

 居間から椅子を持ってきて、寝台に残った毛布と組み合わせて部屋の隅に巣を作る。


「んじゃ、おやすみなさいっス」

「ああ、おやすみ」



 泣いても笑ってもアップデートまで残るは二日。

 レベルアップを願いつつ、ニンジャと簀巻きは眠りについた。






 起床、五日目だ。


 なかなか悪くない目覚めである。

 さすが一等室、値段相応の価値はある。そんなことを考え始めている辺り、俺も贅沢に毒されてきたのだろう。油断はできない。財布は厳しいのだ。寝台を使わなくて正解だったかもしれない。身体に贅沢が染み付いてしまうところだった。


「おはよう、ルー」

「ええ、おはようカナタ」


 すでに部屋の主は活動を開始している。簀巻きに跨がり仕込みは万全だ。アーウィアが目を覚ましたタイミングで何か仕掛けるつもりなのだろう。天然ではなくウケ狙いの方の行動だ。

 ニンジャも巣を這い出して仲間に加わろう。




「機嫌をなおせアーウィア。俺が悪かった」

「次にやったら許さんス。引き裂いてバラバラにするっスよ」


 無防備な寝起きに恐怖系のネタをぶつけたのがまずかった。おかげでガチ説教を食らう俺である。共犯者のルーはやり遂げたような満足顔だ。


「まぁまぁ、おもしろかったからいいじゃない」

「うるせーっス。耳を引っこ抜くぞエルフ」


 最近アーウィアの言動が不穏当だ。心が荒んでいるのかもしれない。暇ができたら海か山にでも連れて行こう。のんびり自然と触れ合えば、ささくれだった心も丸くなるに違いない。



「んで、レベルの方はどうなったっスか?」

 バタバタしていたので重要なことをすっかり忘れていた。

「知らん。せーのでいくか」

「うっス。用意はいいっスか?」


「「せーの」」


 Lv.(レベル):9


「――2つも上がるとは予想外だったな」

「――うス。敵が強かったからっスかね?」


 そろそろ驚かなくなってきた。そう毎朝、馬鹿みたいに大騒ぎしているわけにもいかん。今朝の馬鹿騒ぎは本件とは無関係である。いまだに一足飛びが決まっていること自体は凄いことなのだが。


「門番を倒したのが大きいのかも知れないな。数を狩るより経験値のデカい奴を狙ったほうがいいのかもしれん」

「後半何言ってるかわからんス。まぁレベルが上がる分には問題ねースな」



「ねぇ、そろそろ『冒険者の酒場』に行きましょう。きっとみんな待ってるわ」

 ルーはたまに正気に返る。言われてみればいい時間だろう。

「そっスな」

「では酒場へ向かうか」


 扉を開けてぞろぞろと廊下に這い出すと、ひどく動揺した顔のユートがこちらを見て固まっていた。


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