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あと二日


 エルフは地図を睨んで黙考する。気になることでもあるのだろうか。



「どうかしたのか、ルー」

 頭がどうかしているエルフへの質問として妥当な問いかは疑問が残る。しかし地図係(マッパー)としては優秀な彼女だ。無視することはできない。


「……回転床、かしら?」

 ルーは下唇を指でつむつむしながら答える。


「む、地図を見せてくれるか」


 ルーから羊皮紙を受け取り目を落とす。

 見やすく、几帳面な地図だ。普段から頭の中もこれくらい整然としていてもらいたい。落差が激しいのだ。美しい文字で書かれた怪文書みたいなエルフである。



「――なるほど、そういうことか。ここと、ここだな?」

 言わんとすることは見て取れた。地図上の二点を指差してみせる。


「ええ、そうよ。たぶんだけどね」

 本当に、地図係としては優秀だ。早めに気付けてよかった。


「えっ、ちょっと待つっス! まだ言わんでくださいカナタさん!」

 アーウィアも自分の地図を睨む。自力プレイである。ネタバレ禁止である。


「むぅ、もったいぶるな。早く言うのだ」

 ユートは自分で考える気はないようだ。初プレイから攻略情報を見る派である。



「……やられたっス。わたしの美しい地図が汚されたっス……」

 アーウィアも理解したらしい。地図作成(マッピング)道具から出したボロ布で地図をこすっている。

 こら、まだ消すのは早い。ちゃんと確認しないと、現在地がわからなくなる。



「あァ? どういうことだ?」

「すみません、ちょっと見せてください」

 男連中にも地図を渡してやる。ヒゲと坊主が思案顔で羊皮紙を覗き込んだ。


「待て、私にも教えるのだ」

 彼らの後ろからユートも身を乗り出す。そこに手を置くな。それは手摺りじゃない。ボダイの頭だ。



「この範囲だ。ここから先、同じ造りが繰り返し現れている。大回廊の形と枝道の位置がそっくり同じだろう?」

 地図の一部を指で囲んでみせる。同じ構造のパターンが反転しながら何度も続いているのだ。


「その区画が回転床で挟まれているのだろうな」

「わたしら、行ったり来たりさせられてただけっス。アホくせーっス」


 どうりで長々と歩かされたわけだ。

 今回はアーウィアも気付けなかった。近くに目印となるものもない。しばらく歩かされている間に印象がぼやけるのだ。ルーはよく気付けたものだ。


「畜生、厄介な仕掛けだぜ」

 ヘグンは地図の上下を何度もひっくり返しながら唸る。森の景色に紛れた動物を探す系の絵本を見ている子か何かみたいだ。木と木の間にはたいていキリンが隠れているやつである。



 回転床が作動する条件は不明だ。強制的に同じ方向を向かされるのか、侵入する方角によって振る舞いが変わるのか。

 何はともあれ、まっすぐ進もうとすればループさせられる構造なのだろう。明らかに迷宮の悪意だ。



「そういえば、自分の居場所を調べる魔法はないのか?」

 ふと、疑問に思ったので尋ねてみた。


「ないわねぇ。探しものをする魔法だったらあるわよ?」

「そのような魔法が存在したという伝承はあります。本当に使えるという者の話は聞いたことがありませんが。まあ、おとぎ話の中だけの魔法ですね」


「……そうか」

 俺はなぜ、そんな魔法があると思ったのだろう。そもそも何をもって場所を示すというのか。こんなふんわりした要件定義だと『現在地は、お前が立っている場所と同じである』みたいな結果しか返ってこんであろう。間違ってはいないが役に立たん。せめて基準となる測量杭でも立てておけという話だ。





「枝道の方へ行けば迂回できるのかもしれないが敵が多い。余計な戦闘は避ける。回転床を抜けるとしよう。いまはどっち向きだ?」


 アーウィアは先走って地図を消してしまった。落ち着きのない子だ。

 ルーの案内で、パーティーは問題の地点まで行くことになった。




 一同は回転床と思しき場所までやってきた。何の変哲もない直進路である。ニンジャの探知にもおかしな反応はない。


「推測が正しければ、今しがた向きを変えられた。逆を向いて進めばこの区間を抜けられるはずだ」

「うっス。全員、うしろ向けっス」

 パーティーはくるりと回れ右をする。


「では進むとしよう」

「うっス。全員、歩け」




 次の角を曲がった先に、見覚えのある代物があった。

 壁に据え付けられた鉄の門。鉄格子の向こうは四角く深い縦穴になっている。


「げぇッ! 昇降機(エレベータ)っス!」

 不意打ちを食らってアーウィアが驚愕。全身をガクガクさせながら怯えている。


 上で見た昇降機とは違い、小部屋ではなく通路の壁に埋まっている。大回廊の脇腹にしがみ付くような配置だ。


「そういえばこの辺りだったわねぇ」

 第六層の地図と見比べながらルーが言う。どうやら昇降機は第六層からさらに下へと続いていたらしい。



「ヘグン」

「おう、ちょっと待ってな」

 すでに腰の鞄から銅賞牌(ブロンズ・メダル)を取り出すところだ。察しがよくて助かる。



「……駄目みてェだな」

 試しに銅賞牌を掲げてみせるが何の反応もない。自動ドアのセンサーに無視されて困っている人みたいな姿のヘグンである。


「うんともすんとも言わんス。こういうところが信用ならんス」

「おそらく、別のアイテムが必要なのだろうな」

「まぁ動かんなら別に構わんス。無視して先へ進みましょう」


 どうせ帰りは乗ることになるのだが。目先の恐怖を回避できて一安心なアーウィアだ。俺も肘が砕かれなくて一安心である。どうせ帰りは砕かれることになるのだが。



 動かぬ昇降機を通り過ぎて進んでいくと、すぐに行き止まりになった。先へ進もうと言ったばかりなのにもう終わりだ。


 大回廊の終点。第八層への階段があった。




「……見つけちまったなァ、階段だぜ」

 ヘグンがちょっと困ったように言う。さっきから困ってばかりだ。


「ああ、少々拍子抜けではあるな」

 第一層に似ていたから予想しなかったわけではない。

 まさかこんなに淡々とした攻略になるとは。回転床という邪魔者はいたが、それを除けば一本道のようなものだ。


「大回廊以外をほとんど探索していませんね……。正直、第七層を攻略したという気がしません」

「地図もスカスカな感じっス。物足りんス」

 やはり皆も思うことは同じである。


「どうするカナタ。下りてみるかい?」

 下りる気満々の顔でユートが問う。こいつはちょっと特殊な層だ。もう少し内心を隠したらどうかと思う。はしたないお嬢である。


「いや、今日はここまでとしよう。撤収だ」

 長距離走もペースが上がるのは危険な兆候だという。調子が良いのではなく配分を崩しているのだ。給食の配膳で最初に盛りが多すぎて後で足りなくなるみたいな感じである。

 成果としてはじゅうぶん過ぎるほどだ。少なからず消耗もある。




「帰りも大回廊だ。回転床の仕組みを調べて戻るとしよう」

 昇降機が使えるなら余裕もあるのだが、俺たちにはその資格がないらしい。叶わぬことを言っても仕方ない。第六層の昇降機までは徒歩で向かおう。


 第八層への挑戦は明日に持ち越し、パーティーは大回廊を引き返す。



 調べた結果、回転床の法則性は単純だった。直進ループの区間内から外へ向かおうとすると反転させられるようだ。行きも帰りも、二つ目の回転床で方向転換すれば、すんなり抜けられる。


 第七層の仕組みは理解した。明日の探索に活かすとしよう。

 今日の探索は終了だ。


 アップデートまで、残すはあと二日である。


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