つづら折り
未知の領域、第七層の探索が始まった。
第六層からの階段を降りた先は、広く真っ直ぐな通路が続いている。
「なんか見覚えある景色っスね」
「第一層に似ているな。大十字路みたいだ」
迷宮内は代わり映えのない石壁だ。振り返れば地上への階段があるのではないかと錯覚するくらい、第一層とよく似ている。
ともすれば警戒心が薄れそうだ。気を引き締めて通路を進む。
「左手、細い道がある」
先行するニンジャはパーティーの元に戻る。
「うぅーん、さすがに第一層とは造りが違うみたいねぇ」
「まぁ当然スな。他人の空似っス」
二人の地図係が地図を突き合わせて語り合う。
「で、カナタ。どっちに進むのだ?」
ふむ。ユートの言葉に、しばし考える。
「このまま直進だな。この階層の全体像を知りたい」
物事を理解するには大枠からだ。学習の基本である。細部は後回しにしよう。まずは、この大通りの正体を知りたい。行けるところまで行ってみようではないか。
今のところ、敵の姿はない。
いくつかの細い脇道を無視して通り過ぎると、通路は壁に行き当たった。右へ折れて続いているようだ。曲がり角まで忍んで行き、覗き込む。やはり、こちらへ幅広な通路が伸びている。
「こちらが順路、ということか?」
手玉に取られているようで癪だが、ひとつ乗ってみるとしよう。
突き当りを右へと、パーティーは迷宮を進んでいく。
第七層は奇妙な構造だった。奇妙といえば迷宮はどこも奇妙ではあるのだが。
幅広な長い通路が時折左右に折れながら続いている。たまに枝道もあるが、見た印象では直進の大路が本筋であろう。脇道の生えた大通りを折りたたんで詰め込んだような構造だ。
右へ左へ折れ曲がりながら進行する。
進路の先が突き当り、折り返してまた直線。つづら折りのごとくだ。
第七層に降りてから相当な距離を歩いた。
「一度止まろう。少し方針を見直したい」
前後に敵のいない一本道でパーティーを集める。これは少々予想外だ。
「……何やら思惑を感じさせる造りですね」
ボダイも思うことは同じのようだ。
「敵もぜんぜん出てこねぇ。胡散くせェ感じだぜ」
苛立たしげにヘグンが吐き捨てる。
「ひとまずこの道――アーウィア、命名を頼む」
「うっス。それでは『大回廊』と呼びましょう!」
何やら視線を送ってきたので聞いてやると、自信満々の声が帰ってきた。ずっと発表する機会を伺っていたようだ。言ってくれれば振ったのに。
命名によるイメージの共有である。人はそれぞれの目で物事を見ている。ゆえに考えることも違う。どうでもいい呼び名一つでも、皆で使えば多少は意味を持つものだ。うちの実家では屋内に入ってきたカメムシを『お客さん』と呼んでいた。
「どうも大回廊は敵が少なすぎるようだ。情報がほしい、試しに枝道へ入ってみよう。比べるものがなくては調査にならん」
敵がいないに越したことはない。だが予測がつかんのは困る。どのような脅威があるか知らないと備えも不足する。寄り道にはなるが、このまま何も知らず進むのも危険だ。
大回廊を外れて枝道に入る。
繋がった先の小部屋を抜けて二部屋目。三体、さっそく敵を発見した。偵察を終えて仲間のもとに帰還する。
「たぶん悪魔像でしょうね。魔法の力で動く石像よ」
珍しくルーから魔術師っぽい発言が出た。
「ほう、特徴はわかるか?」
「いいえ?」
あまり役には立たなかったが、名前が知れただけでもマシだろう。
「仕方ねぇ、戦って確かめるしかねェな」
危険は承知の出たとこ勝負だ。民族料理の店に行ったりすると常にこんな感じだ。メニューを見ても名前からは何の料理か想像もつかん。
「ああ、安全のため魔法を使おう」
未知の敵だ。慎重過ぎるくらいが丁度いい。
ニンジャの攻撃で先制、戦いを仕掛ける。
翼を持つ悪魔の姿。一体がバサリと羽ばたき飛び上がった。見てくれだけでなく実際飛べるようだ。重そうな石の身体を物ともしない。
接近、短剣で突き込む。硬い。伸ばした腕を狙って反撃がくる。籠手で受けた手が痺れる。重いくせに早い。前衛タイプの敵か。
空気を切り裂いて石の鉤爪が振るわれる。伏せて回避。
「てーっ! 『氷嵐』!」
冷気と雹が吹き荒れる。その中で悪魔像は平然としている。飛んでいた奴が少しふらついたくらいだ。魔法が効きにくいタイプか。
「『広域守護』ッ!」
ボダイが障壁を張る。長引くと見たようだ。
「兄さんは回避だッ! 俺たちが仕留める!」
やはりレベル7では力不足だ。言われるとおりに敵を引き付け跳ね回る。
「うむ、真っ二つだ!」
硬いものを切るのに便利な聖騎士とヘグンが剣を振るう。
僧侶の魔法で守りは固めてある。戦いは、長期戦となった。
「カナタさん、わたしの『軽傷治癒』はどうスか?」
「うむ、痛みが引いたわい」
祖父と孫ごっこをしながら大回廊へ戻る。戦闘を制したのは俺たちだが、無傷とはいかなかった。
「やはり第一層と似ていますね。大回廊から外れると敵が多いようです」
「そうだな。ボダイ、さっきの魔法は何回使えるんだ?」
「あと4回でカァ――ッ!!」
いきなり叫ぶので頭がどうかしたのかと思ったが、すぐに異変に気付く。背後、接敵されている!
「なんかおるっス!」
「しまった、敵だッ!」
敵に奇襲を許した、気を抜きすぎたか!
闇が滲んだような人影、透き通った長衣の髑髏。正体不明の不死者だ。
ボダイの退魔で一体が崩れ去った。まだ三体いる。
短剣を抜く間も惜しい、素手で攻撃を仕掛ける。無防備な胸板を手刀で叩く。沼に手を突っ込んだような感触、大して効いていないか。
逆に俺の身体に痛みが走る。
「おそらく死霊、高位の不死者です! 離れて下さい!」
「むぅ、剣が通らんのだ!」
「どうすりゃいんだボダイ!?」
ヘグンたちも手を出しあぐねている。
「うらァッ! 『魔弾』!」
アーウィアの魔弾が死霊を貫く。地の底から響くような悲鳴、髑髏が悶え苦しむ。効いている。
「にっ! 『炎嵐』!」
出し惜しみなしの一発。ルーの魔法が死霊の群れを焼き払った。
敵を一掃して一同は一息つく。
「剣が効かなきゃ魔法っス。それでも駄目なら逃げるしかねーっス」
じつに正論を吐く司教様である。
「姉御の言うとおりだ。ちょっと焦っちまった」
さっきまでアーウィアから『狼狽えるヘグンの物真似』という芸で散々からかわれた男は、何とか雰囲気を変えようと必死だ。
「あの死霊は触れるだけで生者の命を蝕みます。剣での戦闘は避けたいところですね」
ボダイもフォローに加わった。
「むぅ、剣で切れん相手など初めてだ。私は悪魔像の方がいい」
ユートは猪武者みたいな感じだ。このままでは迷宮内で暴力を振りかざすだけの存在になりかねない。
「…………」
ルーはどうしたのだろう。なぜか真面目な顔で地図を睨んでいる。お前らしくないではないか。