近道
第六層の『門番』を倒した俺たちは、そそくさと昇降機まで引き返した。
「わたしらはここで待ってるっス。買い出しはお嬢に任せましょう。荷物持ちに坊主を貸してやるっス」
「いいからさっさと乗れアーウィア」
「嫌っス。怖えーっス。ぜったいこの籠、いつか落ちるっス」
滅多なことを言うな。ユートまでソワソワし始めたじゃないか。
怯えるアーウィアをなだめすかして鉄籠に引きずり込む。ヘグンが昇降機のレバーを押し上げると、轟音を響かせながら鉄籠がゆっくりと上昇していった。
籠が停止し鉄格子の扉を抜けて、やっと一息といったところか。
「今回だけっス。次はきっと落ちるっス」
どうしてこんな子に育ってしまったのだろう。何か悩みでもあるのだろうか。暇ができたら河原でキャッチボールでもしながら話を聞いてやらねばなるまい。
第一層とはいえ迷宮だ。気を抜いていいわけではないが、流石に第六層とは危険度が天と地ほど違う。
ひたすら通路を直進し、晴れてパーティーは地上へと帰還する。
「やったな兄さん。これなら探索を進めても大丈夫そうだ」
買い出しに向けて丘を下りつつ、しばし和やかに語らう。
歴戦の冒険者であるヘグンに認められるのは、ニンジャとしても鼻が高い。
「俺は大したものではない。お前たちの力があってこそだ」
「そんな謙遜せんでいいっスよ」
お前はこっち側だ。
ヘグンらは精鋭だ。元は五人のパーティーで第六層の魔物と戦いながら探索を続けてきたのだ。戦力としては卓越したものがある。
俺では欠けた斥候の役目を埋めきらんが、その分戦闘では張り切っている。敵に奇襲は許しても、勝負までは譲ってやれん。
「まあ、宝をすべて捨てていますからね。迷宮の脅威は魔物と罠です。脅威の半分を避けてしまえばこんなものでしょう」
ボダイの言うとおりだ。レベル7のヘッポコが第六層を闊歩できるのも、そういう理由があってのことだ。
「肝心の宝を拾いもせずに迷宮をさまよう冒険者など、普通はいないのだ」
自覚症状がない。仲間たちの物言いたげな視線に気付きもしないユートである。こいつならカネを払ってでも迷宮に行くことだろう。
「治癒薬も使い放題よね。宿で眠れば安くてすむのに贅沢よねぇ」
一等室を一人一室ずつ使うのも結構な贅沢なのだが。
ルーは馬鹿舌なのか、治癒薬を飲むのにも一切躊躇しない。安全装置的な何かが壊れている。見ていて怖い。治癒薬の味には、ヘグンやボダイでさえ顔をしかめるのだ。
「お待ちしておりました旦那!」
尻尾を振って駆け寄ってくる小僧から治癒薬を買い込む。もしこの成金ニンジャが落ちぶれたら、この若造はどんな態度に変わるのだろう。
着実に減っていく残金への不安を頭から追い出し、アイテム欄を満載にして『商店』を後にした。
ニンジャと仲間は丘を登る。
パーティー内でアイテムを整理すればよかった。何も全員で買い出しに行く必要などなかったのだ。もはや帰り道も半ばを過ぎた。いまさら言っても逆に阿呆みたいなので胸に仕舞っておこう。
「もう真昼を越えているな。迷宮へ潜れるのは、あと一回だけだろう」
昇降機で一気に下れるのはいいが、最大限に警戒しながらの探索では移動にも時間がかかる。
「問題ねェ、第六層の探索はだいたい終わってんだ。下への階段がある場所も見当はついてる」
「近道すれば大した距離はないわ。焦らず行きましょう」
普段のルーは混沌の化身みたいな存在だが、地図係としての発言なら信用できる。
坂道の向こうに迷宮入口が見えてきた。
ここからが勝負どころだ。
「これより迷宮攻略作戦を始める。本日の目標は第七層到達。まずは第六層の未探索区域からだ。想定どおりに階段があれば、そのまま七層へ降りて調査をする」
「うっス」
今回の指揮はニンジャだ。土壇場で無用な揉め事を起こさぬためにも、こういう事は前もって決めておく必要がある。あと全員で返事をすると騒々しいので、アーウィアが代表を務めることとなった。
「各自消耗は避けるように。節約も大事だが決めるときは一発で決めろ。出し惜しんだせいで二の矢を放つようでは、切り札を一つ余計に失うことになる」
「うっス」
熟練者相手に言うまでもなかろうが、これも必要なことだ。
人間は怠惰である。放っておけば自然と手抜き癖がつくのだ。左右の靴下が微妙に色違いでも『まぁよかろう』と思うようになる。座敷に上がると周囲からは一目瞭然だ。常に戒めねばならん。
「それでは一同、ご安全に」
「「「「「ご安全に」」」」」
空気を読まずに湧いて出た蟻を蹴散らして一同は昇降機へ。
鉄籠はパーティーを飲み込み第六層へと沈んでいく。
「まぁ慣れれば平気っスな。ちっとも怖くねーっス」
青い顔のアーウィアが俺の肘を握り潰さんばかりに掴んでくる。慣れれば平気だ。もの凄く痛いだけで問題はない。
エルフの導きに従いニンジャは迷宮を行く。
前回の探索、門番の部屋とは別方向へ進んでいく。
警戒しながらしばらく進み、通路の突き当りがT字路になっている場所で探知スキルに反応があった。
「――前方だ、何かあるな」
ニンジャの第六感が違和感を捉える。
敵ではない。危険は感じないが、探知範囲と視野に僅かな誤差が――
「よくわかったな、隠し通路だぜ」
だから何で先に言うのだ。いい加減にしろ。
「ここが未探索の区画へと向かう近道なのです」
周囲に敵の気配はない。俺たちは分かれ道の真ん中に集まった。目に映る風景におかしなところはない。迷宮内ではありふれた、ただの通路である。
「カナタ、こっちよ」
振り返ると石壁からエルフの顔が半分だけ生えていた。
精神が不安定になる。やめてもらいたい。
「勝手に離れるなルー。俺の索敵には漏れがある。危険だ」
顔だけ出すなど不自然な体勢だ。絶対に狙ってやっている。このエルフ、意外と芸の幅が広い。
アーウィアが変な格好で首を傾げている。いつか真似するつもりなのだろう。
「残すところは少ないのだ。階段はすぐに見つかるであろう。さあ、第七層へ行こうではないか」
迷宮潜りたがりっ子のユートに背を押され、俺は隠し通路を越えた。
「こら、逸るなユート。いちど態勢を――」
背後を見返すとそこは壁。
ルーが変な格好で顔の半分だけを壁にめり込ませている。
手を伸ばす。手首から先が何の抵抗もなく壁に埋まった。
「不思議な仕掛けだ……」
しばらく手を抜き差ししていたら、壁からアーウィアの顔が半分だけ生えてきた。
「カナタさん、遊んでないで進むっスよ」
お前もだ。
地図を埋めつつ未探索区域を一廻り。行く手を遮る黒牙狼の群れを始末した先の部屋で、目指す物を発見した。
第七層への階段だ。
「……ここから先は、わたしたちも知らぬ場所です」
ボダイが厳しい顔で言う。
「わたしらなんか、どこ行ってもたいてい知らん場所っス。格好つけてないで、さっさと下りるっス」
無知ゆえの蛮勇である。慈悲も遠慮もない一撃だ。いつもは穏健な僧侶が恥ずかしそうにしている。
「気にするなボダイ、後でちゃんと言っておく」
後始末をするのはいつも俺である。
「だが姉御の言うことも、もっともだ。下りてみなきゃ始まらん」
「そうね、地図作成は任せてちょうだい」
「うむ、では行こうではないか!」
小娘の暴言を皆で寄ってたかって軌道修正しつつ、俺たちは第七層へと足を踏み入れた。
あとでアーウィアには『思いやり』をテーマにした童話でも聞かせよう。
何かいい題材はあっただろうか。
そうして降り立った第七層は、幅広の、まっすぐな通路から始まった。