門番
ニンジャと司教は二人して地図を覗き込む。
「わたしらは、いまここっス。で、この先は右に枝道が見えたはずっス」
アーウィアは指先で地図の一点を指す。確かにそのような図である。
「なのに右側は壁で左に枝道があるッス」
進行方向を指差す。確かにそのような光景である。
「気のせい、ではないんだよな?」
「後ろもおかしいっス。こっちも左右逆っス」
地図と後方を確認する。振り返った先、地図にある左手の枝道が消え、右側に道ができている。
迷宮がぐにゃりと姿を変えたのか、俺たちが見知らぬ場所に放り出されたのか。はたまた童話のように鏡の中へと迷い込んだか。あるいは――
「わたしたちは『回転床』と呼んでいます」
どうしてもう少し待てんのだ。ボダイからネタバレを食らってしまった。
「どうだカナタ、気付かなかっただろう?」
ユートは見事なドヤ顔である。お綺麗な顔の真ん中で鼻の穴が膨らんでいる。
「手練の斥候でも騙されンだよ。目の前の道が変わってんのに、その瞬間にはまったく気付けねェ。おかしな話だぜ」
まったくだ。ニンジャの探知スキルでは何の異変も感知できなかった。
「地図係泣かせよねぇ。この辺りは何度も地図を描き直したわ」
相当な苦労があったのだろう。ルーは懐かしがるような顔をした。このエルフが物を覚えていることに驚く。
手持ち無沙汰で地図作成に執念を燃やしていたアーウィアだから、すぐに気付けたのだろう。
さすが第六層、敵だけではなく迷宮自身も牙を剥く。
「知ってりゃ何てことはねェ。もう少しで目当ての部屋だ。行くぞ」
一同は回れ右をして歩き出す。後ろへ向かって前進だ。
戦闘は回避したいが、俺の探知では避けきれない場合も多い。
「見落とした、敵だッ!」
宙を飛ぶ醜悪な小悪魔の群れが襲いかかる。
「後衛ェ! 気をつけろよ、アイツらだ!」
ヘグンは盾を捨てて敵へ向かって駆ける。
「げぇ! さっさと落とすっス!」
羽を生やした痩せた猿のような外見で、魔法が効きにくい相手だ。ルーの攻撃魔法でも一掃するのは難しい。蝙蝠に似た翼をはためかせて飛ぶが、そこまで早くはないのが救いか。
手早く仕留めないと炎の魔法を使ってくる。
後衛にも被害が及ぶ。炎に炙られるたびにアーウィアがとんでもない雄叫びを上げるので心臓に悪い。
「ええい面倒くさい、さっさと落ちるのだ!」
こちらが近付くと鋭い爪で攻撃を仕掛けてくる。魔法一辺倒ではない辺り、人間の魔法職とは違う。
「ユート、こっちへ追い込め! 挟み撃ちだ!」
「兄さん! こっちからも追い込むぞ!」
俺たちは剣を振りつつ駆けずり回って厄介者を叩き落としていった。
「……さっさと下へ降りてーっス。コイツらさえいなけりゃ、もうどこだっていいっス……」
這々の体で戦闘を終えた俺たちは、仲良く揃って治癒薬を飲むのであった。
「着いたぜ兄さん、ここだ」
数度の戦闘を経て、パーティーは目的の場所に到着した。
壁に扉がある。飾り気のない古びた木製の扉だ。こんな魔物しか住んでいない場所に不釣り合いである。迷宮内で他に扉を見たのは、この階層へ下りるのに使った昇降機くらいだ。
「この部屋では毎度同じ魔物が湧くのです。その敵が銅賞牌を落とすのですよ」
奇妙な話だ。少々不思議ではあるが、そういうものだと言われれば納得せざるを得ない。
ヘグンらは、この部屋にいる魔物を『門番』と呼んでいるそうだ。
「いいか、速攻で決めるぞ。長引かせると、とんでもねぇ事になる」
作戦の最終調整をする。出し惜しみは無用だ。
「――行くぞォ!」
ヘグンが扉を蹴り開ける。
ボダイの一喝による退魔。人型の巨躯が二つ、崩れて塵に帰る。膨れ上がった身体に黒い肌を持つ黒屍だ。
「にっ! 『炎嵐』ッ!」
間髪入れずルーが攻撃魔法を叩き込む。
暴風と共に灼熱の炎が室内を蹂躙した。
「走れッ!」
前衛が駆ける。
残った敵は五体。焼け焦げた黒屍が三体と、古びた外套を纏う吸血鬼。後衛には荘厳な長衣を着た不死魔道士が控えている。
ヘグンは吸血鬼に斬りかかり、ユートと俺は各個に不死魔道士を狙う。
「おらァーッ! 『火散弾』ッ!!」
アーウィアは黒屍への追い打ちだ。ちんけな火の玉が十発ほど放たれる。
討ち漏らした黒屍に行く手を塞がれる。邪魔だ、一閃、首を刎ねて仕留める。
「私が行く!」
足を止めた俺をユートが追い抜く。聖騎士の振るう両手剣が、手負いの魔道士を両断した。
「くそ、やべぇ奴が残っちまった」
吸血鬼とヘグンは睨み合いの格好だ。あの不死者は生きた人間の魂を喰らうという。迂闊には近寄れない。
「むぅ、皆で削って仕留めるのだ!」
前衛三人は遠間からチクチクと攻撃し、後衛からは低位の攻撃魔法が次々と飛んでいく。
さしもの吸血鬼とて囲んでボコられては為す術もない。最後にはアーウィアの魔弾でとどめを刺され、そのまま倒れて灰になった。
「勝利っス! じつにいい戦いだったっスな!」
ひさしぶりに戦闘で活躍できたアーウィアが勝鬨をあげる。獲物を仕留めた奴が一番偉かろうという精神である。
「ええ、いい戦いでした」
不死者が相手だとボダイの退魔が冴える。
「以前に戦ったときより余裕があったのだ。我らのレベルアップも関係あるだろうがね」
若干、負けず嫌いな印象を感じさせる台詞である。後でこっそり褒めてやろう。
「だな、悪くねぇ。……ほれ兄さん、その箱だ」
ヘグンの指差す先。横たわる不死魔道士の骸に寄り添うように宝箱があった。
「ああ、これで目標は達したな。ひとまず地上へ戻ろう」
補給をしてから再突入だ。ようやく迷宮攻略を始められる。
「え? 開けないんスかカナタさん? この流れで?」
流れは関係ない。ノリと勢いだけで生きている娘である。
「いまの俺たちにはアイテム欄の方が重要だ。罠の危険は回避する。もし今後、俺が宝箱を開けようとしたら殴ってでも止めろ」
前科者の俺である。しばらくは宝箱に触りたくない。
「あらー、もったいないわねぇ……」
そうね。俺としても成金転落への不安がないわけではない。惜しいことは惜しいのだが、こんなところで稼いでも焼け石に水だ。
俺たち一同は宝箱に未練を残しつつ、地上へ戻るべく迷宮を引き返す。
本日第一回の探索は、無事に目標クリアである。
銅賞牌自体は手に入れていないが、それを守る門番は撃破した。
部屋を出るとき、なぜか少しだけ妙な感覚がした。この門番は何なのだろう。他の魔物とは少々毛色が違う。まさか迷宮の主でもあるまいが。
いや、主だからといって最奥にいるとも限らないか。それだと、ちょっと買い物に出るだけでも一苦労だ。
やはり迷宮には不思議がいっぱいである。