銅賞牌と昇降機
ニンジャと司教は新たな装備を手に入れた。
各自で代金を支払うことにする。アーウィアは財布にしている革袋を覗き込んで首を傾げていた。一瞬心臓が縮み上がる。しかし彼女は『何かの間違いだ』とでもいうように首を振った。
よかった、まだ我が家の財政状況には気付かれていない。何かと出費の多かった俺と比べ、アーウィアの財布にはまだ少し余裕があるようだ。
無用な心配はさせたくない。もうしばらく黙っていよう。
落ち目の成金二人と貧乏仲間は『商店』を去り、迷宮へと続く丘を登る。
「カナタさん、すげぇ魔法おぼえたっス。『火散弾』っス」
「ほうほう」
「威力はそこそこですけど、敵をまとめて焼けるっス。あと『軽傷治癒』も使えるようになったっス」
「それは凄い」
孫娘から幼稚園での出来事を聞く老爺みたいになりながら、俺たちは迷宮入口へとたどり着く。
突入作戦の第一回はヘグンに指揮を譲った。
「まず兄さんたちには銅賞牌を手に入れてもらいてェ」
昇降機を使うために必要なアイテムだという話だったか。
「余計なアイテムを持つ空きはないぞ」
解毒薬をもう1本追加し、残りはすべて治癒薬で埋めた。さすがに第六層では魔弾の巻物も用済みだろう。
そもそも、その銅賞牌とやらはヘグンらが持っているではないか。
「持って帰れとは言わねぇさ。昇降機を使うんだったら、それができるってだけの力を示してもらいてぇ。それでこそ大手を振って第六層を歩けるってもんだろ?」
ごもっともな話である。ようするにヘグンから与えられた試験だ。
「こちらもレベルが上がりました。腕試しも兼ねてです。力量を見誤れば危うくなることもあるでしょう。では、第六層の敵については、わたしから説明を」
ボダイから敵の特徴を聞く。前衛としても戦える僧侶だけあって、多方面から相手をよく見ていると思わせる名解説であった。
「よぉし、ルーは初歩の魔法を使っていけ。姉御は温存してくれ。ここ一番では使ってもらう。危なくなったときは勝手に使ってくれて構わねェ」
「ええ、わかったわ」
「おおよ!」
――姉御?
いまいちアーウィアとの距離を測りかねていたヘグンだが、開き直ったようだ。
「前衛は俺とユートと兄さんだ。それじゃ行くぞ!」
「「「「「…………」」」」」
「……ご安全にッ!」
「「「「「ご安全に」」」」」
第一層に降りて通路をまっすぐ進む。
長い大十字路の突き当りに、目指す小部屋があった。
奥の壁に妙なものがある。
簡素な意匠を施された鉄の門が、壁に埋め込まれるように設置されていた。檻のような鉄格子の扉で閉ざされている。その向こうは宿の安部屋程度の広さしかないが、床はなく、底知れぬ暗い穴がぽっかりと口を開けていた。
「こいつが昇降機だ。ちょっと待ってろ」
ヘグンが腰に付けた小さな鞄から銅賞牌を出す。その円形な銅板を掲げると、穴の底からけたたましい金属音が鳴り響いてきた。
アーウィアの喉からはキュルっと愉快な音がした。酷く緊張した顔だ。こういう音だけは耳が拾うのか、ルーが不思議そうに辺りをきょろきょろ見回している。
がらがらと雷鳴のような轟音が続き、やがて巨大な鉄籠が姿を現した。
ぽーん
「さぁ、いっちょ行こうじゃねぇか!」
妙な音がしたのを無視してヘグンが檻を開く。
熟練冒険者たちは何食わぬ顔で鉄籠に乗り込む。完全に腰が引けているアーウィアを引きずって俺も門をくぐった。
鉄籠の中心には柱が立っており、水平に短い柄のような鉄の棒が突き出ている。扉を閉めたヘグンは、その柄を下に押し込んだ。
冒険者たちを乗せた鉄籠が、轟音と共に地下へと沈んでいく。
「これ大丈夫っスか? すげぇ怖いんスけど。落ちたりせんスよね?」
「大丈夫ですよ。わたしたちは何度も使っています。心配はいりません」
ボダイは苦笑気味に言う。
「でも今日はダメかもね? 平気よ、みんながいるから寂しくないわ」
サイコエルフのせいでヘッポコ娘が完全に怯え上がってしまった。
籠の四方を石壁が上に向かって流れていく。まるで、石の中にいるようだ。
無事に鉄籠は行き先へと到着した。
間の抜けた例の音が鳴った後は、打って変わって静かなものだ。
檻から抜け出し、第六層へと降り立つ。
俺の肘をもの凄い力で掴んでいたアーウィアもほっと一息ついている。レベルアップで筋力が上がったのかもしれんが結構痛かった。
ルーの選んだ道を通ってニンジャが先行警戒。銅賞牌の入手を目指して迷宮を進む。
敵の気配を察知して進路を変更。そうして進んでいった先の部屋で、かすかな胸騒ぎがした。
しまった! 部屋に入って気配に気付く。
「奥にいるぞ!」
すぐさま前衛は武器を構えて迎え討つ体勢に移る。
黒牙狼だ。
ニンジャのように俊敏で、戦士のように力強い大型の獣。相手に飛びかかって踏み倒し、鋭い牙の並んだ顎で噛み砕くという。熟練のニンジャに匹敵する強敵だ。
四体の黒牙狼が姿を現した。すぐには飛びかかってこない。回り込んでこちらを取り囲もうとしてくる。
「後衛は固まるのだ! 隙を見せると不意打ちされるぞ!」
ユートの向ける剣先を嫌うように狼は忙しなく動き回る。
「んのーッ! 『恐嚇』!」
エルフが叫ぶ。敵の精神を揺るがす魔法。
俺の近くにいた一体が怯んだ。それを見逃さずニンジャが襲いかかる。刺突、甲高い獣の叫声。
「カナタ、任せろ!」
飛び退った俺と入れ替わるようにユートが前に出て、両手剣で深い斬撃を加える。俺は見届けることなく次の一体に相対する。
ヘグンは二体同時に相手をしている。盾で鼻面を叩き付け、もう一体に剣を振るう。鬼神の如き強さだ。
俺とユートがもう一体を片付ける頃には、勝負の趨勢はほぼ決していた。
「なんスか、意外と楽勝じゃねースか。大したことねーっス」
地図作成しかすることのない退屈司教が舐めたことを言っている。目を離すとすぐに調子に乗る。定期券でも持っているのだろうか。乗り放題である。
「戦闘は長引かせちゃいけねぇんだ。ちんたらやるほど危険が増えるのさ」
ちゃんと相手をしてくれるヘグンはいい奴だ。
「特に迷宮の深層ではな。敵も強いのだ。先手で潰さねば泥仕合だよ」
「魔法の使いどころが重要ですね。上手くすれば最小限の魔法で敵を総崩れにできるのです」
「うふふふふ。さっきのは綺麗に決まったわ。カナタとユートには感謝ね」
確かに、今の戦闘ではルーの魔法が流れを作った。高位の魔法ではないはずだが、敵を切り崩す糸口になっている。普段はバグっているエルフだが、役目を与えられると優秀である。
熟練パーティーの優秀な講師陣による講義を受けて、ふんふんと学習中のアーウィアだ。
なんだろう。
いつもの場所を奪われたようで、少しさみしいニンジャである。
しばらく第六層を進んでいると、道案内のルーが俺を呼び止めた。
「この先には仕掛けがあるわ。固まって行きましょう」
「ほう、仕掛けっスか」
「ちょっとおもしろい仕掛けだぜ。知らなきゃやべェけどな」
なぜかヘグンたちは得意げな顔をしている。どうやら俺たちの反応を見て楽しもうという腹づもりらしい。よくわからんが付き合ってやろう。
「で、俺はどうすればいい?」
「なァに、ただ歩いていけばいいさ。ここからまっすぐだ」
言われるままにパーティーで一塊となり迷宮を進む。警戒は怠らない。
ふいにアーウィアが挙動不審になった。描いていた地図に目を落としては、しきりに周囲を見回している。
「どうしたアーウィア。ウケ狙いか?」
だとしたら、わかりにくい芸風だ。
「違うっス。カナタさん、道が変わってるっス……」
――ほぅ?