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探索目標


 目覚めは凪のように穏やかだった。

 初めて迎える宿屋での朝だ。どうやら夢も見なかったようだ。

 身体は休まったが、何だか物足りない気分である。


 まだ冒険者たちが起き出す時間ではないのか、周囲は静かなものだ。


 俺は(むしろ)の下に潜り込んでいた。敷布団の下にいる状態だ。なぜか落ち着くのだ。馬小屋で寝起きする間に妙な習性でも身につけてしまったのだろうか。毛布一枚での夜が少々肌寒かったこともある。


 隣を見る。アーウィアがいない。

 いや、いた。

 寝台(ベッド)の下に丸めた筵がある。そこから金髪の頭がのぞいていた。アーウィアは筵に巻かれた姿で眠っている。

 簀巻(すま)きである。悪行の果てに川へ投げ込まれる罪人のような姿だ。惨めだ。哀れを誘う。

 彼女も俺と同じく、寝心地の良い体勢を探っていたようだ。行き着いた先が簀巻きである。



 寝台に腰掛けて簀巻きを眺めながら、しばし呆ける。

 そう、レベルを確認しないといけない。昨日まではレベル4だった。

 手応えはある。だが、肩透かしを食らうのが怖い。やや躊躇する。


 そうやって放心していると、簀巻きが生命活動を開始した。もぞもぞと身を震わせて寝台の下から這い出してくる。相手がアーウィアだと知らなければ、薄気味の悪い光景だ。


「……むぃぃ。おはようございまっス……」

「……おはよう。目が醒めたか」

「いや、しばらく前から起きてはいたっス」


 おそらく突っ込み待ちをしていたのだろう。悪いことをした。


 よく見るとアーウィアは筵の中に毛布を巻き込んでいた。なるほど温かそうだ。気の利いたロールケーキである。よく考えられた調理(レシピ)だ。


 ケーキの中身を担当していた小娘が、はっとした表情で顔を上げた。


「カナタさん、レベルは? レベルはどうなってましたか?」

「――まだ見ていない。先にお前が確認してくれ」

「いやいや。なんスか、ビビってんスか。先延ばししても意味ねーっスよ」

 簀巻きが正論で煽ってくる。


「だったらお前が先に見ろ。怖いのか?」

 アーウィアは床を転がって筵から抜け出し立ち上がる。少し困ったような顔をした。こいつも小心者だ、怖いのだろう。俺だって怖いのだ。


「……うス、一緒に見ましょうか」

「そうしよう」

「抜け駆けなしっスよ。タイミング合わせてください。せーので行きますからね」

「わかった。呼吸を揃えよう」


 俺は指でメニュー画面を開く用意をし、アーウィアは遠くに視線を投げる。

 よし、いくぞ。


「「せーの」」



 Lv.(レベル):7



「「おっしゃァァァ――ッ!!」」

 やったぞ、3つも上がっている。完璧な結果だ!


「やりましたねカナタさん! わたしら大成長っスよ!」

「ああ! 今回のはデカいぞ!」


 俺とアーウィアはお互いの肩をバンバン叩きながら称賛し合う。そろそろポンコツは卒業といってもよかろう。



『――うるせぇぞボケェーッ!!』

『――ぶち殺すぞコラァーッ!!』



 両隣から壁を殴られ、大慌てで部屋を飛び出した。

 たまたま廊下を通りかかった様子のユートがもの凄く驚いた顔をしていた。仁王像みたいな感じの表情とポーズで固まっている。早起きなお嬢だ。いや、もういい時間か。


 俺たちのせいで、あちこちの安部屋から罵声が飛び交い始めた。面倒事になる前に仁王嬢を回収してその場から逃走する。




 アーウィアとユートを連れて『冒険者の酒場』へと赴く。

 三者無言で残りの連中を待つ。俺とアーウィアは酒場で呆けるのは得意だ。不本意ながら『アイテム倉庫』としての日々で培った技術である。

「……狭い、部屋で……むぅ……」

 ユートは落ち着かない素振りで俺たちの顔をちらちらと見ていた。




 しばらくすると残りの三人もやってきた。まずは朝礼だ。


「レベルが上がった。二人ともレベル7だ」

 得意げに発表した後で気付いたが、それでもヘグンの半分以下だ。自慢する相手を完全に間違えた。


「おぉ、そいつはよかったじゃねェか!」

 ヘグンはこちらの内心を知らず素直に喜んでくれる。まったく、気のいい男だ。


「じつは、わたしたちもレベルが上ったのです。四人ともですよ」

「そうねぇ、久しぶりだわねぇ」

 ボダイとルーも若干誇らしげな顔だ。喜ばしいことである。


「やはり良いものだな、レベルアップという奴は」

 ユートは余裕綽々なキメ顔をしている。嫌な感じだ。




「いい調子だぜ。それじゃ、今日も第四層だな?」

「いや、第六層へ行きたい。昇降機(エレベータ)を使おう」


 四人の表情が変わった。弁当を持ってきたのに箸を忘れた事に気づいた人みたいな顔をしている。

 アーウィアはさすがに慣れたものだ。手で食えばよかろうみたいな顔をしている。


 ここからは俺もニンジャモードで行こう。


「……兄さん、本気で言ってんのか?」

「ヘグンたちは元々六層で戦っていたのだろう。俺が斥候を務める。任せろとは言わんが、いないよりマシだ。罠にも手を出さん。治癒薬(ポーション)も持っていく。慎重にやれば危険は少ない」


 ヘグンたちは顔を見合わせる。渋い顔だ。


「俺ァ反対だぜ兄さん。何も無理することはねぇ。四層でじゅうぶんだろ?」

「そうですね。敵と戦いたいのであれば第四層の方が都合がよいでしょう」

 男連中の意見は否定的だ。


 むしろ安心する。慎重に判断しているからこその反論だ。『わーい迷宮探索、いく!』とか言っていいのは聖騎士様だけの特権である。ユートの方を見ると本当にそんな感じの顔をしていた。マジかお前。



「昨日のようなレベル上げが目的ではない。迷宮の攻略をしよう。最終日に第九層へ行こうと思っている」


 ヘグンは呆れ顔、ボダイは困り顔、ユートは嬉しそうで、ルーは何を考えているのか不明。


「第九層ってことはアレっスか。死んだ連中に用があるんスね?」

 さすがアーウィア、話の早さが売りである。


「そうだ。俺たちの主力パーティーはそこで全滅した。ヘグン、俺はその場所に行きたい。力を貸してくれ」





 最終的に、ヘグンは折れた。


「けど兄さん、俺が駄目だと判断したら引き上げる。そんときゃ諦めてくれ」

「うむ、恩返しで二人を死なせては意味がないのだ」


 第六層行きの方針が確定してから、ようやく真人間みたいなことを言い出すユートである。この中で誰よりもノリ気な癖に。いい性格をしている。


「とりあえず『商店』だな。装備と消耗品を揃えよう」

「うっス、カネならあるっス!」

 へえ、そっスか?




 俺たち一同は酒場を出てぞろぞろと『商店』へ移動した。


「いらっしゃいませ旦那! 今日はどちらを用意しましょう?」

 いつものように店の小僧が飛んでくる。アーウィアには敵わんが、なかなか忠犬ぶりが板についてきた。ご褒美をやらねばなるまい。


「お前の仕切りで別室を用意しろ。意味はわかるな」

 犬小僧はキョトンとした顔をした後、鼻息荒く興奮し始めた。

「……ぁ、お、俺でいいんですか?」

「ああ、任せる」




 店の奥に通され、以前も使った部屋へと案内される。

 前回の取引で世話になった番頭が顔つなぎに出てきた。正直あまり印象に残っていないので、適当に挨拶を交わす。

 いざ、大口取引のお時間である。



 ニンジャと司教の防具を充実させる。

 迷宮攻略をゴリ押す際にこちらから出した対策案だ。この手の交渉は一つの事を納得させて、あとは勢いで言いくるめてしまえば何とかなったりする。悪の営業マンがよく使う手である。

 お人好しのヘグンだから通用したが、おかげでそろそろ成金から転落する。


「……アーウィア」

「なんスか?」

「……好きなものを買え」

「うっス、カネならあるっス!」


 これからなくなるけどな。

 嗚呼、この事実をこの子にはどう伝えればよいだろうか……。

 いや、俺がしっかりせねば。まだ巻き返しの手は残っている。




 仕切りを任せてやった小僧は大張り切りで、あれやこれやと防具を見立てる。

 たまに暴利な商品も持ってくるのはご愛嬌である。一端の商人ではないか。


 俺とアーウィアはそれぞれ二つの防具を購入した。

 ニンジャには籠手、鉢金と面頬が揃いになった兜の二品。どちらも艶のない黒。軽く硬い、不思議な材質だ。

 司教には額冠(サークレット)耐久の指輪リング・オブ・タフネス。重装備ができないので、魔法の加護が付与された防具にした。



「お前らも必要なものがあれば買うぞ」

 いちおうへグンたちにも声をかけておくが、正直遠慮してもらいたい。最低限、今後の消耗品代と奴らの宿代は確保しなければならない。


「欲しいものがあれば言ってみろっス」

 品のない台詞である。宿一つであれだけ大騒ぎしていたのは誰だ。俺に跳ね返ってくる恐れがあるので口には出さない。


 貧乏人連中はこちらの申し出を固辞した。

 宿代は一切遠慮しなかった癖に。厚かましい奴らである。


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