冒険者の死
宴も酣、一同の話題は本日のお宿。
「っていうか、何でそんなにカネがねーんスか」
もっともな問いである。アーウィアは高い酒を浴びるようにガブガブ飲んでいる。成金による貧乏批判だ。たいへん感じが悪い。
貧乏人たちは酒杯を置き、やや神妙な面持ちである。
「……『寺院』への奉納金に使った」
拗ねた子供のような顔をするヘグン。この屈強な戦士でも、こんな顔をするのか。
「斥候の男だよ。儀式は失敗した。そう都合よく死者が蘇るわけはないのだ。もう復活は無理だと言われた。仕方ないから焼いて灰にしてもらったよ。今は墓の下だ」
ユートは淡々と語る。
「話が見えてこんス。坊主、わかりやすく説明を」
俺もあまり他人のことは言えないが、なぜこんなにも偉そうに喋れるのだろう。遠慮というものを感じさせない。ある種の才能である。
「命を失って間もない者は、稀に神の奇跡によって蘇ることがあると言います。まあ、神に仕えるわたしとしても眉唾な話ではありますがね。ですが我々はそれに望みを託したのです」
僧侶らしい厳かな声でボダイが続けた。重々しく、噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「そうねぇ、馬小屋で寝るのはちょっと抵抗があるわ」
ルーはワンテンポ遅い。
死者の復活。
俺も『冒険者の酒場』では耳にしたことがあった。本気にはしていない。だが、冒険者たちの間ではそういった話がまことしやかに語り継がれてきた。
聖騎士のユートは酒を飲み干して器をテーブルに置き、静かに語る。
「私たちが駆け出しの冒険者なら大人しく諦めたであろう。復活の儀式を『寺院』に申し入れるには多額の奉納金が必要になるのだ。しかし我々には何とか工面できる額だった」
神の奇跡とは、偉大な力だけを指して言うものではないのだろう。見返りに多額の奉納金を求める『寺院』をもってして、それほど稀有な『奇跡』なのだ。
本当に死者の復活は存在するのかもしれない。しかし、あったとしても、それは『奇跡』だ。カネさえ払えば死んだ人間が起き上がるわけではない。
「死んだ彼との約束だったものね」
「なんスか?」
話題に追いついた様子のルーにアーウィアが問う。
ポンコツエルフは言うだけ言って聞いていなかった。無反応で酒を飲みだしたのでボダイが話を引き取る。
「冒険者パーティーがよくする話の一つですよ。『俺が死んだら装備を売ってでも奉納金を作れ』とか。『もし俺たちが全滅したら補欠の奴らが死体を拾いに来い』などと。どこのパーティーでも交わされる戯け話です」
「そいつを真に受けて補欠メンバーだけで迷宮に入った奴らもいる。主力の連中が全滅するような場所にたどり着けるはずもねェ。そいつらも行ったきり帰ってこなかったよ」
ヘグンはそう言って、皮肉っぽく笑ってみせた。
無謀な冒険者など、迷宮にとっては一番の餌だ。見逃すはずがない。
しかし、生前の戯言を真に受けて仲間を蘇らそうとしたのはヘグンも同じだ。
きっと胸の内では様々な思いがあったのだろう。
「……死体は迷宮にあるんスよね? 消えません? それに補欠が迷宮に入れるってことは『プレイヤー』がもう一人いたんスか?」
アーウィアが首をひねる。
やはりヘッポコだが頭が回る。それはもうグルグルと回る。性能だけはいいのだ。問題はソフトウェアの方である。いくつか重要なファイルに致命的な問題が見受けられる。
アーウィアの疑問に対する答えなら俺も知っている。酒場で耳にした。冒険者にとって死は身近な話題だ。
「探索中に『プレイヤー』が死ぬと他のパーティーメンバーが『プレイヤー』になる。もし全滅すると、補欠メンバーに『プレイヤー』が移るらしい」
「そういう仕組みだったんスか。だからカナタさん『プレイヤー』なんスね」
アーウィアはふんふんと興味深げに頷く。聞き上手な賢い子供みたいだ。調子に乗って色々と物を教えたくなる。ゆで卵と生卵を割らずに見分ける方法とか。
思えば初日の探索では、その辺りをきちんと説明していなかった。忙しくてそれどころではなかったのだ。
「人の死体も迷宮に消える。だが同じパーティーに属する者の前にだけ、死んだ仲間の遺体が現れるそうだ。冒険者の死体を回収できるのは同じパーティーのメンバーだけだ」
俺も酒場で聞いただけの話だ。死者の復活などという不確かな話も混じっているが。
「……うぅん?」
話の中で違和感をおぼえた。何かひっかかる。
「どうかしたんスか? 今はおもしろいこと言うタイミングじゃねーっスよ?」
「いや、何でもない」
「誤魔化さんでもいいス。あとでウケそうなタイミングがきたら披露して下さい」
「違うと言っている」
「自信がないなら練り直しといてください。中途半端だと笑えんスから」
「だーかーらー」
アーウィアがわちゃわちゃ言うので何を考えていたのか忘れてしまった。俺もだいぶ酒が回っている。
ようするにヘグンたちは逆さに振っても宿代は出ないという話だ。
「まぁ済んだことはしょうがねーっス。それより今後の予定っス」
アーウィアは湿っぽい空気を追い払うように、カラッとした声で言った。
ヘグンたちも少々気恥ずかしげに表情を取り繕う。
「レベルアップ次第だな。明朝、酒場に集まって方針を決めよう」
一気に二つも階層を降りた。効率的な狩りもできた。残業までした。これで上がらなければ嘘だろう。
いや、ありえない話ではないか。必ずレベルが上がる保証などない。
その後も宴は続いた。
男連中は穏やかに、愉快そうに酒を飲む。
ルーはときどき見えない何かと会話をしている。
アーウィアは隣にユートを座らせて高い酒をガンガン飲ませていた。夜のお店で馴染みの嬢に入れ込む太い客のような姿だ。ユートも顔色一つ変えずにかぱかぱ酒を飲んでいる。
アーウィアは楽しそうにしているが、いつもの女給が凄い顔でこちらを睨んでいた。
「今日は残業のせいで戻るのが遅くなった。明日も探索だ。酒もほどほどにして宿へ向かうとしよう」
女給も怖いことだし、逃げるように支払いを済ませる。
アーウィアがぐずっていたが何とか言いくるめて酒場を出た。
ポンコツ二人は貧乏人の群れを引き連れて、酔っ払い集団となり夜闇の中へ。
酒に火照った身体に夜気が心地よい。
少々しんみりした場面もあったが楽しい酒だった。
俺たちの用事が終わったら、今後は逆にこちらが助っ人として手を貸すのもいいだろう。もし彼らが望むのであれば。
「あ、待てアーウィア」
太客司教がふらふらと馬小屋に吸い込まれていったので引き止める。
「はい?」
振り返った先の四人を見て、あーあーと納得の声をあげる。
「すみません、忘れてたっス。こいつらを宿に放り込む約束でしたね。わたしらは馬小屋っスけど」
アーウィアは眠そうな顔で鼻をピスピスいわせている。夜の冷たい空気が鼻にきたのか。
「おぅ待ってくれ、そういうわけにもいかん。だったら俺らも馬小屋だ」
今度はヘグンがごねだした。奢ってくれる相手より高いメニューを頼めないタイプのようだ。盾の件といい奢られ下手な奴である。気前のいい相手に遠慮ばかりしていると逆に機嫌を損ねる。餌をやろうとした池の鯉に『いえ僕はいいです』とか遠慮をされては面目が丸潰れである。
明日の迷宮探索にも万全の態勢で臨みたい。こちらが折れるか。
「アーウィア」
「なんスかカナタさん」
鼻がうるさいな。
「俺たちもカネを払って宿に泊まるぞ」
「え、マジっスか!?」
俺たちのやり取りを眺めるユートは『どうでもいいからさっさとしろ』みたいな顔をしていた。そんな目で見るな。俺たちにとっては一大事だ。