稼ぎ時
俺たちの快進撃は続く。
三体の石巨像を相手取っての戦闘だ。石切り場で乱雑に積まれた岩石のような武骨な人型。
敵は自身の重みで機敏には動けない。動き出しが丸見えだ。暴風のような拳が飛んでくる頃には、こちらはとうに立ち位置を変えている。いかに豪腕といえども囲まれでもしない限りは危険もない。
回避の合間、試しに攻撃を仕掛けてみたが厳しい。斬りつけ放題だが効いているのかどうかも怪しい。ニンジャの攻撃でこの巨体を仕留めるのは一苦労だろう。一対一なら互いに埒が明かない。
しかしこちらには剣に長けたヘグンとユートがいる。彼らが始末するまで俺は鬼ごっこだ。
「ここはいい。絶好の稼ぎ時だ」
何度か第四層の敵と戦ったがなかなかの好感触だ。まるでニンジャがいるパーティーのために誂えたような狩場ではないか。
「おう、回復も魔法もろくに使わず戦えてるなァ」
盾があるとはいえ、ヘグンは鬼火から結構食らっているはずだが。本人も言っていたが頑丈な男だ。
「敵の攻撃は激しいですが一辺倒とも言えますね」
ボダイの退魔が使えないのだけは少々残念だ。帰り道で活躍してもらうとしよう。
「巻物の出番もないっスね。っていうか、せっかくおぼえた魔弾も意味ねーっス」
そもそもレベル4司教にとって魔弾は最後の切り札なのだが。これまで巻物を使いすぎて感覚がバカになっているのだろうか。でかい買い物をして以降、気が大きくなってカネ遣いが荒くなる人みたいだ。不動産や車、バイクなど買った後が危険だと聞く。
「わたしも今日は一回も魔法を使っていないわ。肩でも揉もうかしら」
「いらんス。もう肩がぐにゃぐにゃっス」
地図係のルーはもはやエルフの形をしたカーナビみたいになっていた。マッサージ機としても役に立っている。
「むぅ。皆、気を抜くのはよくないぞ。仮にもここは迷宮第四層だ。何が原因で窮地に立たされるかわからないのだ」
「ユートの言うとおりだ。気を引き締めよう」
萌えボイス搭載のゴーレム斬殺機がまっとうなことを言い出したので尻馬に乗っておく。この階層で不用意なことをして死にかけた本人なので言葉にも説得力がある。
結果的にユートの忠告は正しかった。
探索を続けていた俺たちは鬼火の群れに奇襲を受けることとなった。
「数が多い! 抑え込め!」
通路から死角になっていた部屋の隅。気配もなく敵が固まっていた。
「後衛を守るのだ!」
「おぉよッ!」
ヘグンが盾を構え、ユートも前進して矢面に立つ。
こうなってしまえば効率も消耗も関係ない。前衛としての務めを果たすのみだ。
六体、七体か? 次々と飛びかかる光球が全身を打つ。身体の芯に響くような重い衝撃。まるで大きな拳に乱打されているようだ。
後衛を見る。ルーはすでに魔法の詠唱を始め、アーウィアも巻物を開いている。ボダイは敵を警戒しつつ様子見。それでいい。
ひとしきり敵の攻撃を受け止めた頃にこちらの手番。
「なーッ! 『氷嵐』!」
気の抜ける声。視界が揺れて白く染まる。轟々と激しく固い物がぶつかり合う音。
荒れ狂う雹と冷気が敵を飲み込んだ。
「一瞬だったな」
ルーの魔法で鬼火は一掃された。俺たち前衛三人は仲良く治癒薬で乾杯だ。治癒薬大嫌いっ子のユートは嫌そうな顔をしている。さっさと飲め。
「ここぞって場所で馬鹿みたいな力を出すのが魔術師だからなぁ。さっきの氷嵐だってルーの一番強えェ魔法ってわけじゃないんだぜ」
マジか。
うちのヘッポコさんを見ると珍しく子犬のような澄んだ目をしていらっしゃる。実力の差を見せつけられて少々現実逃避しているようだ。さっきの戦闘でも巻物の発動に出遅れたしな。
「危険でしたが予想していたことでもあります。このような出来事に備えて魔法を惜しんできたわけですから」
ボダイの判断も冷静だった。さっきの状況ではどのみち戦闘後に回復は必要になる。回復しかできない治癒薬よりも選択の幅が多い魔法の方が貴重だ。
悪い状況ではない。探索を続ける余裕はまだまだある。きちんとコスト管理ができている証拠だ。
その後も快調に探索は続いた。
当たるを幸いなぎ倒す勢いで第四層の魔物を狩り続ける。迷宮滞在記録の更新は確実だ。そうして敵集団を片付けていく俺は、ふと虫の知らせのようなものを感じた。背筋がひやりとする。
「しまった、俺としたことが……」
「どうした兄さん」
「何か新しい遊びでも思い付いたっスか? 始める前にわたしには教えといて下さいよカナタさん」
何を悠長なことを言っている。ヘグンならともかくアーウィアは気付いてしかるべきだろうに。
「もう確実に定時を越えている。これは残業だ」
仕事に集中しすぎて退社時間をぶっちぎってしまった。無断残業だ。
「カナタ、何を言っているのかわからないわ?」
「例の奇行だろう。放っておくのだルー」
いかん、こいつらは残業の恐ろしさを知らない。残業は判断力の低下を招く。最初は気付かない。そのうち意識のない状態でキーボードを叩き続け、わけのわからないコードを書き始めるのだ。かえって進捗はマイナス。寝ていた方がマシである。
前職ではそれが常態化していたが、迷宮探索にその慣習を持ち込むつもりはない。
俺はパーティを呼び集め、迷宮脱出に向けて舵を切る。
正常な判断ができるうちに地上へ戻らないといけない……。
帰路の途中、第二層で骸骨戦士を始末したときに宝箱が転がり出た。
「ふむ、試しに開けてみるか」
「いいのですかカナタ殿。宝はすべて捨てるのでは?」
「どうせ今日はもう帰るだけだからゆっくりしていこう。回復も解毒も残っているし、ついでに片付けようじゃないか」
「いろいろ言ってることが違うっス。大丈夫っスか?」
鼻歌交じりに罠解除に挑戦だ。
まずは罠判別。みすぼらしい木箱を矯めつ眇めつ、触ったりにおいを嗅いだりして調べる。
「……『石つぶて』、か?」
粗品をもらったとき、箱を開ける前に何となく感じるドリップコーヒー詰め合わせセットの気配に近い。難易度の低い罠だ。これなら解除も楽勝であろう。
「ちょっと兄さん、様子がおかしくねぇか?」
「ずいぶん思い切りがいいわね。大丈夫かしら?」
大丈夫ではなかった。罠解除は確実と思われたが俺の意思に反して手が滑る。レベルが足りなかったか! 箱から小石が飛び出してニンジャの額をしたたかに打つ。
「大丈夫スかカナタさん! 平気っスか!? 痛いっスか!? ちょっと見せてみるっス!」
アーウィアが大興奮して騒ぎ出す。
馬鹿にされているのかと思ったが、この手のトラブルがあるとテンションが上がるタイプのようだ。前の職場でもそういう人はたまにいた。システム障害が発生するとなぜか嬉しそうに騒ぎ出すのだ。
「……平気だ、落ち着けアーウィア。すまんが『軽傷治癒』を頼む」
「え、ええ……では、わたしが」
「私も使用回数が余っているぞ」
僧侶と聖騎士に左右から回復魔法を受けつつ反省する。
どうやら俺は残業の毒に飲まれてしまっていたようだ。正常な判断力を欠いていた。
普段なら絶対に避けて通る危険に対し、こうも無警戒に手を出してしまうとは。我が事ながら胡乱な行いである。残業恐るべし。周囲の忠告にもっと耳を傾けるべきであった。
「痛いっスか? 治ったっスか? 凄い音しましたよ? どこに当たったんスか?」
「心配ない」
「無理しちゃダメっスよ? 休憩するっスか? 歩けます? あ、おんぶしましょうかカナタさん?」
「どーどー」
飼い主を心配する犬みたいになったアーウィアに周囲をチョロチョロされながら、蓋の開いた宝箱を見る。強敵であった。