盾の値打ち
第四層への階段を確認して俺たちは迷宮を引き返す。
戦力に余裕はあるが、目当ての狩場は次の周回に持ち越しだ。帰り道に湧いた魔物を始末しながら出口を目指す。
迷宮を出たのは、日が頂点に差し掛かるやや手前だった。
「うっス、地上っス。思ったより巻物も使わんかったっスね」
「わたしなんか何もしてないわ……」
地図係として重要な役割を果たしたが、戦闘中は置き物と化したエルフである。
「だったらアーウィアさんの肩でも揉ませてやるっス」
「ええ、まかせて!」
陽光を浴びながら二体のヘッポコ動物が仲良く毛づくろいをしている。平和な光景だ、心が和む。
「ルーの魔法は強力ですが回数が限られています。出番は先ですよ」
僧侶のボダイには幾度も活躍の場があった。
「後衛が出張るのはパーティーが危険になったときだぜ。今のところは前衛が主力で戦えてるってこった」
ヘグンはまさに戦力の要だ。一歩も引かぬ勢いで敵とぶつかり合っていた。
「そうだね。カナタも上手く立ち回ってくれる。ニンジャという職はよく知らなかったが器用な戦い方をするものだ」
回避、不意打ち、致命の一撃はニンジャの十八番だ。
「はは、そう褒めるなユート。皆の支援があったればこそだ。感謝の気持ちを込めて肩でも揉んでやろう」
「やめろ! 私の首に触れるなッ!」
「……カナタさん、遊んでないでさっさと作戦会議するっス」
不満そうな顔のアーウィアに怒られた。お前もルーに肩を揉ませてる癖に。ちゃんと後で遊んでやるから不貞腐れるんじゃない。
「で、どう思うヘグン」
俺たちは戦闘を共にした。熟練の彼らによる見立てなら信用できるだろう。
「ふぅむ、そうだなぁ……」
戦士はヒゲをさすりながら口を開く。
「第四層の敵は石巨像と鬼火だ。負ける気はしねぇが、どっちも一癖ある相手だぜ」
「石巨像の方は頑強です。半端な打撃ではびくともしません。振るわれる拳は重く、受け止めるのは困難ですね」
ボダイが熱く語る。ニンジャとしては攻撃を控えて回避の一手だな。致命の一撃なら首を飛ばせるだろうが、まだ狙って何度も出せるわけではない。
「私にとっては与し易い相手なのだがな。剣が当てやすいから一刀両断だよ」
第三層では少々印象の薄かった聖騎士にも晴れ舞台があるようだ。
「鬼火の方はちと厄介だ。魔弾みたいにすっ飛んで体当たりしてきやがる。数が多いと避けられねぇ。一発はそこまで痛かねぇが立て続けに食らうと危険だ」
「敵は機敏なのだが一太刀浴びれば弾けて消える。突進後を切り返してやれば倒しやすい相手ではあるのだよ。しかし無傷で戦いを終えるのは難しい」
敵と真正面から相対する戦闘スタイルの彼らには面倒な相手だろう。
「そういえばヘグン、盾は使わないのか?」
両手剣のユートはともかくヘグンの方は片手が空けられる。躱せないなら盾で受けた方がダメージは少なくて済むだろう。
「いや、使えないわけじゃねぇんだが、その、な……」
頭を掻きつつ歯切れの悪い調子でぼそぼそ言う。
「持ってたけど売っちゃったのよ。宿代がなくて」
まったく空気を読まないルーがあっさりと口を割った。
「カナタさん、こいつらアホっス」
アホの仲間に肩を揉まれながらアーウィアが切り捨てる。
怪我は治癒薬で治して宿代のかからない馬小屋で寝起きしている俺たちには理解できない世界である。いつまで揉ませてるんだ。
「俺は身体が頑丈だから少々食らったとしても平気だ。他の奴らはそうもいかん。他に売るものがなかったんだ」
情けないことを男らしく言う奴だ。しかし、パーティーの頭としての矜持もあるのだろう。
ヘグンは装備が万全ではない状態で戦っていたのか。ここは戦力向上のために買い直しておくべきだろう。盾なら最近どこかで大量に見かけた気がするが……いや気のせいか。
「それなら補給のついでに『商店』で盾を買うとしよう」
「いいのかよ兄さん」
「臨時とはいえパーティーメンバーだ。それに上手くすれば、こちらにも見返りが大きい」
カネで命が買えるなら安いものだ。俺はこの一週間でレベルを上げなければならない。そうしないと女神様の鬼畜アプデに殺されるであろう。レベル上げに貢献する経費なら間接的に命を買っているようなものだ。
もしかするとヘグンと俺、二つの命が盾一枚で買えるかもしれない。格安ではないか。
「なんとも太っ腹ですねぇ……」
「ふはっ、カネならあるっス」
善の赤貧僧侶と悪の成金司教だ。わかりやすい対比である。
「よし、方針はだいたい見えてきたな。『商店』へ行くぞ」
俺たちは行列になって丘を下る。
「カナタさん、走らないんスか?」
「ああ、今日は補給回数を減らすから急がなくていい」
「なんか物足りんス」
散歩させている犬が喋ったらこんな感じだろうか。暇ができたら広い草原を思いっきり走らせてやろうと心に誓う。
『商店』で小僧を呼びヘグンの盾を選んだ。
当人は安い盾でいいと遠慮するが、+1の修正値が付いた物にする。がっしりとした上質の木材を鉄で補強した円盾だ。これは奢りではなく投資だ。この代金が経験値に化けるのを期待しての買い物である。
いまいち事情を理解していない様子のヘグンは、娘の小遣いで誕生日プレゼントを買ってもらうお父さんみたいに照れくさそうな顔だ。だが生憎と支払いは娘ではなくニンジャである。気持ち悪いのでやめてもらいたい。
「1本だけ解毒薬を買った。これもヘグンが持っていろ」
第四層といえばユートが毒を食らった場所だ。何もないとは思うが厄落としの意味も込めて、お守りとして1本だ。ユートとボダイはバツが悪そうな顔をしている。ルーは肩を揉むのに忙しく話を聞いていない。
アーウィアには魔弾の巻物を満載。ヘグンは新しい盾一枚と解毒薬。それ以外の全員のアイテム欄を治癒薬で埋めた。治癒薬1本2,000Gp。貧乏連中は慣れぬ爆買いに少々戸惑っている。
「準備は整った。ここからは長丁場になる。第四層まで一気に進むぞ」
「「「「「うっス!」」」」」
「四層では魔法の使用を許可する。危険を感じたら各自の判断で使うように。治癒薬があるので前衛に任せることも重要だ。迷ったら声かけをするように」
「「「「「うっス!」」」」」
「現在の戦力で可能な限り多くの魔物を倒すのが目的だ。進路はルーに任せる。何か質問は?」
「「「「「ねっス!」」」」」
「それでは一同、ご安全に」
「「「「「ご安全に」」」」」
このやり取りがお気に入りのアーウィアもご満悦だ。
前回のルートをたどり、第四層へと踏み込む。
ここまでは魔法の消費も切り詰めてきた。いざ、稼ぎ時だ。
第四層の構造は、広間、小部屋、通路が入り組んだ、複雑だが変哲のない造り。地図係のルーから情報をもらいつつニンジャが先行して警戒。敵の気配を感じて曲がり角から様子を見る。
鬼火だ。魔弾の親玉のような、薄ぼんやりと青白い光球。波間に漂うような動きで宙を彷徨っている。
「俺の回避、ヘグンの盾で敵の攻撃を支える。ユートは狙われないよう立ち回れ」
「「うっス」」
五体の鬼火と戦闘を開始する。
敵は本家の魔弾ほど素早くはない。こちらの周囲をふらふら飛び回り、隙をみて急加速して突っ込んでくる。確かに速いがそこまで無茶な軌道ではない。
数が多ければ多少は避けそこねるだろうが、ヘグンもいる。実質三体程度の動きを追っていれば見逃すことはない。
飛び上がって躱すのは下策だ。そのまま狙い撃ちになる。しゃがみ、転がり、常に次の攻撃に備えて低い体勢を維持する。
馬鹿正直に前から飛んできた奴がいる。身を捻って躱しつつ短剣で撫で斬り。ずしりとした重みが腕にかかる。衝撃と共に光球が弾けた。避けそこねるくらいなら咄嗟に剣を突き出して反撃した方が良いかもしれない。
前衛二人を取り囲む鬼火の外からユートも剣を振るって敵を砕く。
最後の一体、ヘグンを狙っていた鬼火が凄まじい勢いの盾強打で叩き潰された。
「掃討完了だな。鬼火に関しては今後もこの戦法で行こう」
「「うっス」」
「それ、いい加減やめてもらっていいスか?」
いい調子だったのに家元からクレームが入った。
「芸を仕込んだのはアーウィアだろうに」
「仕込んでねーっス。鬱陶しいっス」
「俺は楽しい。アーウィアが増えた」
「一人で足りてるっス」
家元がこうおっしゃるなら仕方ない。
「ヘグン、ユート、聞いてのとおりだ。以降は普通に返事をするように」
「「……」」
黙るな。目線で相談するな。
悪ふざけするならちゃんと徹底しろ。