第三層
第三層で食屍鬼を相手に戦う。
「奴らの爪には麻痺毒がある、食らうなよッ!」
敵は三体。輪郭は人に似ているが、ひどく捻れた邪悪な姿。水死体のような肌に爪と牙ばかり目立つ。
敵意というよりも殺意に近い意志が込められた、知性を伴う攻撃。武器は持っていないが身体能力は高い。ヘグンによると麻痺爪による攻撃は下手な武器以上に危険だ。
戦い慣れた人間に近い動き。まともに相手をすれば拮抗する。こちらが敵を屠ることもできるが、逆に敗れる目もあるということだ。足元を狙って振るわれた爪を避けた次の瞬間には、逆の手が顔を狙って伸びている。
一体を切り伏せたヘグンがこちらへ助太刀にきた。割り込むように横から入って食屍鬼を剣で押さえ込む。敵がそちらへ気をそらした隙に背後へ回り込み、短剣でうなじを一突き。不意打ちが綺麗に決まる。膝を折った食屍鬼をヘグンが切り捨てた。
残る一体。間合いをあけてユートと睨み合っている奴へ素早く忍び寄る。いける! がら空きの後ろ姿に狙いすました手刀一閃。致命の一撃、ニンジャは食屍鬼の首をはねた。
「我ながら上出来だ。レベルアップの成果もあるが、味方の前衛が多いと敵の隙を狙いやすい」
やはり致命の一撃を狙うなら素手の方がいい。お膳立てがあったとはいえ初めて自力で出した妙技だ。達成感が心地よい。
「ニンジャすげーっス、さすがニンジャ!」
「ははは、そう煽てるな。そこの娘、握手をしてやろう」
「やめっ、手ぇ近付けんなっス!」
いつもの首切りごっこでアーウィアと戯れていたが、他の連中が妙に大人しい。
目を向けると厳しい顔つきをした四人がいた。
「……そいつが致命の一撃ってやつか。この目で見たのは初めてだぜ」
眼光鋭く戦士の顔をしたヘグン。
「え、ええ、大した腕前です。失礼ながら、ここまでとは思いませんでした……」
魂が抜けたように呆然と呟くボダイ。
ユートは気圧されたように固い表情で押し黙り、ルーは耳を防御して小さくなっている。
またしてもドン引きされたようだ。
「…………」
俺は両手を手刀の形にして太極拳みたいな動きをしつつ無言で近づいていく。ユートが腰を抜かしてへたり込んだ。ルーは亀のように丸まって地面に伏せる。ヘグンとボダイは驚いて後ずさった。
「カ、カナタ? 何をしているのだ!? 何だその動きは! なぜ黙っている!?」
怖気を誤魔化すようにユートが叫ぶ。
俺はなおも無言で変な動きをしながら動けぬ二人の周りをゆっくりと練り歩く。うろ覚えで盆踊りの練習をしているような姿だ。たまにルーを手刀で突っつくとビクリと身を震わせた。ユートは情けない顔であうあうしている。
「ア、アーウィア殿! あれは何をしているのですかッ?」
「遊んでるだけっス」
ニンジャっぽいことをした後は、つい反動で余計なことをしたくなるのだ。俺もたまに自分のことがよくわからなくなる。まだ微妙に不安定な俺である。
「警戒を怠ることはできんが、緊張も過ぎれば毒だ。適度に肩の力を抜くことをおぼえろ。探索を続けるぞ」
「なんかそれっぽいこと言って誤魔化してるっス」
そのとおり。たかがレベル4如きが偉そうに熟練冒険者に語れることなどない。
第三層は広間の多い構造だった。
特異なところは、その広間が歪な形をしている点。地図上ではL字や凹型のような形状になっており、広い割りに見通しが悪い。のこのこと室内へ誘い出されたところに死角から敵集団が襲いかかり混戦となる危険がある。
もしアーウィアと二人で来ていたら危なかったかもしれない。
「カナタ、宝箱があるぞ。開けないのかい?」
ユートが物欲しそうな顔で俺に問う。横たわる骸の脇に木箱があった。
「ああ、探索中のドロップはすべて捨てる。手を出しても危険なだけだ」
「うっス、カネならあるっス」
「……そいつは豪気な話だなぁ……」
隣で聞いていたヘグンが情けない顔で遠くを見ながら顎をなでる。
貧乏パーティーには嫌味だろうが、ゴミを漁って怪我をするのは御免だ。探索の障害となるものは可能な限り排除する。俺たちの目的はレベルアップなのだから。
「わたしたちも言ってみたいものですねぇ……」
「そうね、言ってみましょう? カネならある! カネならある!」
「ないよルー。虚しいだけだからやめるのだ……」
上位の実力を持つ冒険者でも、懐が寂しくなるとこのザマである。貧すれば鈍するとは言うが、こうはなりたくないものだ。
ポンコツ二名と貧乏人は迷宮を進む。
「次の広間を抜けると階段があるわ。どうカナタ、いる?」
ふだんの行いとは違い地図係としては優秀なルーだ。地図係の資質とヘッポコ度は比例するのかもしれない。
「ああ、いるな。敵の反応がある。数も多そうだ」
もし全部が食屍鬼だったら面倒だ。
「なぁに、いちど階段を見たら引き返すんだろ? 魔弾の巻物を使い切っても構わんさ」
「おう、任せろっス」
火力不足と言ってはいるが強力な魔法であることに変わりはない。まだまだ現役である。
広間には骸骨の群れが詰まっていた。
横並びに盾を構えた骸骨護衛兵が五体。柄の長い鉈のような武器を持っている。後衛に別の骸骨が三体。
接近すると盾強打で押し込んでくる。固まって前進してこられるとニンジャにとっては嫌な相手だ。力比べでは分が悪い。
ユートの剣が敵の盾を叩いて派手な音が鳴り響く。ヘグンは剣を構えつつ、相手の脛を狙って踏み下ろすような蹴りを繰り出す。
後衛にいたボロ着の骸骨が接近し両手を突き出す。陽炎のような不可視の塊が放たれ、俺の胸部を打った。前衛の盾強打をいなして後ろに下がる。小娘に棒で2、3発ぶっ叩かれたような衝撃。『小傷』か。骸骨魔術師の攻撃魔法だ。
ボダイが吼える。二体の骸骨護衛兵が脆く崩れて塵になる。退魔だ。敵の守りに突破口が開く。そこへアーウィアの魔弾が飛び込んで後衛の骸骨魔術師を打ち砕いた。続いてニンジャも飛び込んで無防備な骸骨魔術師を襲う。魔法を使われる前に短剣を振って真っ二つ。隊列を乱した骸骨共が次々と数を減らしていった。
「さすがに攻撃魔法は回避が難しいな」
敵を片付けて一休み。ダメージは少ないが迂闊にも、まともに食らってしまった。先の戦闘で活躍を見せた僧侶ボダイが寄ってくる。
「カナタ殿、回復しておきましょう」
「いや、温存してくれ。大した被害ではない」
あの魔法は攻撃というより牽制が目当てなのだろう。
「『軽傷治癒』ですよ。初歩の魔法ですから残しても使いどころは少ないです。まだ探索は続けるのでしょう? 立て直しておくべきです」
「――そうか。わかった、頼む」
熟練パーティーの回復役が言うのだ。正しい判断だろう。
ボダイの手から仄かな光が溢れ、俺の身体を癒す。
「わたしはその初歩の回復もまだ使えんス……」
大司教アーウィア様がご機嫌斜めである。
「わたしも使えないわ」
ルーが追従したが魔術師なので当たり前だ。元々習得できない。
「俺も使えねぇなァ」
「奇遇だな、俺も使えん」
ヘグンが乗っかったので俺も相乗りしておく。
「私は使えるぞ! 回数は少ないがね」
空気を読まない聖騎士の発言でせっかくの流れが台無しだ。残念な子である。若干得意そうな顔をするんじゃない。
「なんとッ? 実はわたしも使えるのです!」
こぼれ球をボダイが拾いに行った。僧侶は万能だ。