小芝居
「そういうこともあるだろうな」
ヘグンらの話を聞き終えた感想だ。
つまらない理由で死人を出しかけた彼らだが、往々にして事故とはそういうものだ。なにも普段からこう無計画な連中であるはずがない。仲間の斥候を喪ったせいで足元が定まっていなかったのだ。
人は常に賢明であるとは限らない。そうやって度々プロジェクトは炎上し現場は地獄絵図と化すのだ。思い出すと胃が痛くなりそう。
「まぁそっちの戦力はわかったっス。どうしますカナタさん? また壁の役でもしてもらうっス?」
昨日の作戦か。確かに彼らの護衛があれば第三層にも行けるだろう。しかし俺たちの火力不足までは解消できない。経験値を得るためにはこちらのパーティーで敵を倒す必要がある。買い出しにもどる手間も大きい。
「悩ましいな。パーティーさえ組めれば第四層でレベル上げができるが」
経験値分配の頭数は増えるが攻撃はヘグンたちに任せられる。補給回数を減らせるので効率は上がるだろうに。
「それは無理っスねぇ。微妙に扱いにくい連中っス」
ビンゴ大会の賞品で中途半端なサイズのホットプレートをもらった人みたいな感じでアーウィアも悩む。かつての俺である。大いに持て余したものだ。
「聞いておきたい。そちらのパーティーで『中立』の『属性』はいるか?」
ヘグンとルーが手を上げた。今なら多少無茶な要求も通るだろう。この二人をパーティーに加えてユートとボダイは待機してもらうか? 『善』の二人は『プレイヤー』ではないだろうから迷宮には入れなくなる。迷宮大好きっ子のユートが納得するだろうか。
ルーだけこちらに引き入れて三人ずつのパーティーで同行するのも手だが、魔術師は魔法を使い切ったらお終いだ。アイテム欄の空きも少ないだろうから巻物作戦にも対応できない。レベル上げを目的とした火力要員には不向きだ。
「ねぇカナタ、何をそんなに悩んでいるの?」
「むぅ、察するに、カナタたちは『悪』のパーティーなのだろう。『善』の私とボダイを気にかけているのだ」
中立エルフの問いに萌え声お嬢が答える。
「なんだ、俺たちのことなら気にしなくていいんだぜ? なぁユート、ボダイ」
ヘグンの呼びかけに『善』の二人が頷く。パーティーを分ける選択をしたのか。ユートが素直に同意したのは少し意外だった。さすがに今回のことで懲りたのだろうか。
「そうか、わかった。それで頼む」
「ああ、任せてくれ」
俺の差し出した手をヘグンが握る。こうして頭同士での話し合いも決着した。
「俺とアーウィアは『商店』でアイテムを補充してくる」
「おぅ、じゃあ俺たちは一足先に迷宮に行ってるぜ」
一時別行動となったが、ヘグンたちは四人でぞろぞろと迷宮へ向かって歩いていった。
「あいつら、本当にわかっているのか……?」
「知らんス。ちなみにわたしは理解してねーっス」
いつものようにアーウィアと皮肉のきいた小気味よいトークでもしたかったが、疑問と不安が先に立ってそれどころではない。
「仕方ない、はやく買い出しを済ませて迷宮で落ち合うとしよう」
「うっス。出遅れた分を取り返しましょう」
準備万端で到着した俺たちを待っていたのは無人の迷宮入口だった。
「カナタさん大変ス! 奴らトンズラしましたよ! ばっくれやがったっス!」
小悪党のような物言いで狼狽えるアーウィアをなだめて突入前点検を済ませる。
「薄々感じてはいたが、どうも方針の摺り合わせに行き違いがあったようだ。次に顔を合わせたときに確かめるとしよう。俺たちは予定どおり第二層へ行く」
ぶつぶつと恨み言を吐くアーウィアを連れて迷宮へ足を踏み入れる。
階段を降りて第一層。そこにヘグンたちがいた。ルーの他にボダイとユートもいる。勢揃いだ。
「おう待ってたぜ。ん? お前ら喧嘩でもしたのか?」
飄々とした態度で言ってのけるヘグンにアーウィアがブチ切れ寸前だ。
「ちょっとした誤解だ。それよりどういう状況だ?」
「どうもこうも……おい、ルー頼むわ」
いまいち話の見えないまま、何かを始めるようだ。
なぜか自信に満ちた顔のエルフが一歩前に出る。
「ああっ、転んでしまったわ!」
いきなり妙なことを叫んでルーが床にへたりこんだ。
そのままこちらをチラチラ見ている。
「……なんスかこれ」
「さあ?」
「転んでしまったわ! 大変だわ!」
「ああ、ルーが転んでしまいました!」
坊主が加わって二人してこちらをチラチラ見る。
「……暴れていいスか?」
「まぁ待て」
「転んだのよ!」
「ああ、ルーが!」
「何ということだ、ルーが転んでしまった!」
ユートも加わり三人でこちらをチラチラ見てくる。
そろそろ鬱陶しいのでルーの手を引いて立たせてやった。
なぜか三人揃ってやり切ったような満足顔をしている。
「おっし、条件は揃ったな。これで俺たちはパーティーが組める」
「「は?」」
ヘグンの言葉に我らポンコツの声が揃った。
「何だ知らねぇのか兄さん。善と悪でもパーティーは合流できるんだよ。迷宮内で、事情があれば、な」
「なんスかそのザルみたいなルールは」
窮地の冒険者を助けるために臨時でパーティーを組んで協力、という建前か? 確かに俺たちは昨日そういう理由で共闘していた。
そうだったのか? そんなアホみたいな抜け道が存在するのか?
「公然と触れて回る者はいませんがね。迷宮を出て『冒険者の酒場』に戻ればお互い知らぬ顔です」
「冒険者の間では暗黙の了解みたいなものなのよ」
そう言われると、確かに俺の知識は『アイテム倉庫』として酒場で座っていた間のものでしかない。『冒険者の酒場』で話題にされない話ならば知りようもない。
「そのように世界はできているのだよ。もっとも、善悪混合パーティーは何かのきっかけで属性が転ぶことがある。パーティーの行いによって善の者が悪に変わったり、その逆が起こるのだ。だから無闇に使われる手ではない。私とボダイは承知の上だから気にする必要はないよ」
ユートも迷宮探索を諦めたわけではなかったようだ。
「そのように世界はできている、か」
それなら仕方ない。
疑問を持つほうがおかしいのだ。
「カナタさん、どうかしたっスか?」
「ん? 何でもないぞ? それより今度こそ入念に打ち合わせをしよう」
ヘグンらは俺たちのパーティーに加入する形となった。
メニュー画面で見ると最高レベルはヘグンの17。上級職のユートは13だった。レベル4で大騒ぎしていた俺たちの立つ瀬がない。
「ひとまず第四層へ続く階段までを探索範囲とする。前衛は俺、ヘグン、ユートだ。ボダイとルーは魔法を温存してくれ。道案内の地図係はルー。アーウィアは巻物と地図作成だ」
「うっス」
「様子を見ながら俺とボダイの配置を考える。巻物の使いどころも見極めたい。階段を確認したら地上に戻って補給がてら作戦を練ることにしよう。場合によっては治癒薬でアイテム欄を埋める」
「うっス」
「二回目の突入で第四層を目指す。両パーティーの本格的な共闘は初めてだ。今回の探索で連携を組み立てる。俺の探知スキルでは敵を見落とすことも多いだろう。油断はしないように。質問は?」
「ねっス」
「それでは一同、ご安全に」
「ご安全に」
「それ、俺たちもやらなきゃ駄目か?」
庭先に生えてきた奇妙なキノコでも見るような顔のへグンたちがいた。
「当たり前っス。こういうのちゃんとやらないから、お嬢は死にかけたんス。ご安全っス」
洗脳教育を終えたアーウィアに痛いところを突かれ、新たに四人のご安全仲間が増えた。