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馬小屋にて


 まだ朝日も昇りきらぬ早朝。

 予兆のようなものを感じて俺は自然と目をさました。

 藁をかき分けて顔を出し、深呼吸。冷たい朝の空気で肺を満たす。


 今日は大魔王に襲撃されることもなく静かに冒険の幕が上がった。

 身体の調子がいい。意識も冴える。

 まずはレベルの確認だ。指でメニュー画面を開き


「おいアーウィア! 起きろッ!」

 馬房の隅でゆっくりと上下していた藁の山をかき分ける。最初に小さな手を発掘したので当たりをつけて顔の部分を掘り起こす。

「ぐぉ! いてぇッ!!」

 藁かと思って手を突っ込んだのは似たような色の金髪だった。アーウィアが頭を押さえて藁から転がり出てきた。貫手を食らわせてしまったようだ。


「なななんス! うぉニンジャ!! 殺しにきたっス!?」

「喜べ吉報だ! レベルが上ったぞ!」

 首を防御しておろおろするアーウィアを落ち着かせる。


「……そりゃ、レベルぐらい上がるっス……」

 呆れ顔のアーウィアと朝の挨拶を交わす。

「で、レベルだ。まずは確認してくれ」

「……うっス」


 朝っぱらからニンジャに頭をド突かれたせいか、いまいち釈然としない顔だ。額が赤くなっている。悪いことをした。

 しばらく遠くを見るようにしていたアーウィアの凶悪な目付きが、ふいに丸く見開かれた。零れ落ちそうな目で俺を見る。


「レ、レベル4っス……」

「ああ、うまく一足飛びが決まったな」



 女神様のアプデ予告から三日目。俺たちはレベル3を飛び越えて、一気に4まで上がっていた。

 レベル2の端数が多かったのか、第二層の経験値が多かったのかはわからない。だが、結果は出せた。おそらくヘグンたちと同行した際に、最後の一稼ぎができたのも効いている。アーウィアの機転だ。何だかんだ有能なところもある。


「なんスか、この上級職にあるまじき成長速度は。この潜在能力……、もしかして、わたしは魔王……?」

 ときどき妙に自己評価が高い娘である。

「それで魔法の方はどうだ? 例のやつは?」

「うっス、ちょっと待ってください……」

 アーウィアはこめかみに指を当ててうぬうぬ唸り始めた。魔法を確認しているらしい。何かがあと一個だけ思い出せない人みたいだ。


「――おっしゃぁ! きた、魔弾(マジック・ミサイル)!!」

 アーウィアが大声を出したせいで馬が騒ぎだしたので慌てて外に出た。

 ちょうど宿から出てきた様子のヘグンたちが、馬小屋から飛び出してきた俺とアーウィアを見て変な顔をしていた。





「昨日は世話になった。助かったぜ兄さん。ユートもすっかりこのとおりだ」

 『冒険者の酒場』に場所を移して話をする。聖騎士は一晩眠って体調も戻ったようだ。だが血色のいい顔とは別に、何やら難しそうに考え込んでいる。

「……馬小屋、同じ房に二人……?」


「二人とも仲がいいのね」

「やめなさいルー」

 エルフの言葉をボダイが素早く遮った。なにやら気まずそうな顔をしている。

「……男女が、一晩……馬小屋……?」

 ユートはさっきから何を気にしているんだ?


「昨夜は馬が多くてな」

 空いている馬房が一つしかなかったので、しかたなくアーウィアと藁を半分に分け合って寝たのだ。いつもより藁の量が少なかったので寒かった。宿代を払っているわけではないので文句を言える立場ではない。


 ヘグンは何かを誤魔化すように、わざとらしく咳払いを一つして話を続けた。

「でだ、俺たちゃ兄さん方に礼をしなくちゃならん。だが不甲斐ない話、いささか手持ちが心もとなくてな」

 貧乏パーティーだから金銭的な謝礼は厳しいということか。そういえば解毒薬の代金も俺たちが立て替えたままだ。

「いえ、もちろん望まれるのでしたら装備を売ってでも謝礼はお渡しいたします」

 いかにも善の僧侶といった風なボダイが訂正する。


「まずは話をしたい。そちらの事情を踏まえた上で、我らができる最善の形で礼をしたいのだ」

 凛とした顔の聖騎士が甘ったるい声で総括した。



 たしかに、一方的に要望を伝えるより一段上の結論が出せるだろう。『商店』の小僧の件もある。だが、それで相手を完全に信用するのも違う。最終的な判断は己で下さねばならない。口の上手い営業には気をつけろ。顧客が納得するだけの価値を提示できるのは手腕だが、顧客が本当に必要だったものである保証はないのだ。


「わかった。そうしよう」

「話長くなるなら飲んでいいスか?」

 だめ、おあずけ。


「話の前に改めて名乗らせてもらおう。聖騎士のユートだ。私は――」

 長々と自己紹介をしていたが、まとめるとユートはいい(とこ)の出だという話だ。言われると納得する。どことなくそういった印象はあった。

「カナタさん、こいつお嬢っス」

「ああ、お嬢だな」


 仲間から聞いているだろうが、俺とアーウィアも一応軽く自己紹介をする。続けてルーが自己紹介を始めたのでボダイが止めた。



 こちらの情報は一部伏せ、互いに事情を説明し合う。


「俺たちが望むのはレベルアップ。そのための力だ。カネなら持っている」

「うっス、蔵が建つっス」

 元より金銭など要求するつもりはない。いくらカネがあってもアイテム欄は8つしかないのだ。テコ入れにはならない。蔵も建てない。


「なるほどな。うちのパーティーは力だけならちょっとしたもんだぜ。斥候以外ならって意味だがよ」

 ヘグンはニヤリと男臭い笑みで自信ありげに言う。

「ここはわたしたちの身体を使ってお礼をするのが一番じゃないかしら?」

「……身体で、礼を……。いや、私もそれがよいと思う。力になろう。昨日の失態は私の短慮だ。同じ過ちは繰り返さない。信じて欲しい」


 信じろとだけ言われて信じるのは善人か愚者だけだ。必要なのは原因究明と再発防止策である。


「お前たちは昨日、迷宮で何をしていた?」


「む……」

「そいつは……」

 ユートとヘグンは言いづらそうに、困り顔で視線を交わしている。親に黙って猫を拾ってきた兄妹のようだ。見当はついてるからさっさと話せ。



「俺たちは『銅賞牌(ブロンズ・メダル)』ってアイテムを持ってんだ。そいつがあれば第六層へ行く『昇降機(エレベータ)』が使える」

 ようやくヘグンは昨日の足取りを話し始めた。


 昇降機(エレベータ)は第一層大十字路を真っすぐ進んだ先にある。第六層への直通路だという。どうしても迷宮探索に行くと言って聞かないユートに折れ、一同は昇降機で第六層へ降りた。

 斥候の警戒がないため敵に奇襲を許し、全力での戦闘となる。倒せはしたが、もっと敵の弱い上層で現在の戦力を再確認した方がいいという話に。階段を登って第五層へ。ここでも危ない場面があり、一息つけたのは第四層でのこと。

 斥候抜きでも探索を続けるというユートと、金欠パーティーの(リーダー)ヘグンの口論になり、そこへ宝箱のドロップ。売り言葉に買い言葉で、そこまで言うならこいつを開けてみせろという話になってしまった。斥候職の罠解除スキルがなければ分の悪い運試しのようなものだ。


「罠でちょっと痛い目を見れば頭も冷えるかと思ったんだがな」

 ヘグンの思いに応えるように罠が発動。『毒針』だった。

「六層と五層の戦闘で魔法を消費して解毒(キュア・ポイズン)が使えないと気付いたのはユートが毒を受けた後でした。情けないことです」

「本格的な攻略をするつもりはなかったから解毒薬も持ってなかったのよ」

 探索が行き当たりばったりで必要な備えも先の見通しもできていなかったのだ。


「我々は第六層に慣れてしまっていたのだよ。昇降機ですぐに第一層へ帰還できるような気になっていた。しかし当時いた場所は第四層だ。我らは脅威となるものを見誤っていた。あの場でもっとも恐れるべきは『毒』だったのだ」

 ただでさえ苦戦していたのだ、第六層の昇降機を目指すのは無謀。階段を上に進むしかない。そうやってたどり着いた第二層で、ヘッポコ二人組に会ったのだ。


「なるほどな。そんなところだろうと思っていた」

「カナタさん、一杯だけ飲んでいいスか?」

 だめ、おすわり。


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― 新着の感想 ―
ちょっとしたきっかけがあってこの作品読み始めたんだけど、読みやすいし色々枠もしっかりしてて好きだな。アーウィアすんごいかわいい
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