『ああういあ』
「いや、ニンジャについてだな。そこは教えることができる」
バツが悪いので、俺の知っている上級職『ニンジャ』について『ああういあ』に語る。
高い敏捷値を活かした回避と、不意打ちや急所狙いの攻撃を得意とする戦闘職であること。その俊敏さを阻害するような、重量のある鎧や長剣などは扱えないこと。専門職には及ばないが、斥候のような探知系と罠解除などのスキルを持つこと。
聞かせているうちに、『ああういあ』の表情が悲壮な感じになっていった。
「えっと、正直……その……、いえ、す、凄いですね……?」
なぜか俺が気を使われている。司教も似たようなものだろうに。
その道を極めれば、砦より堅牢で、魔神の首さえ素手で切り落とす存在であるはずなのだが。レベル1の俺が言ったところで、ホラ話を聞かされている気にしかならないだろう。
「まあ、そうだな……」
「うっス……」
気まずさを誤魔化すように、俺たちは静かに酒を飲むのであった。
「……暇だな」
「……そっスね」
俺と『ああういあ』の二人は、酒場にいる他の『アイテム倉庫』たちと同じように、口を半開きにして無為な時間を過ごしていた。
いつの間にか、ヘグンのパーティーは姿を消していた。
斥候の勧誘を諦めて、今のメンバーだけで迷宮を探索しに行ったのだろうか。
俺たちのパーティーはどうしているだろう。
昨晩は『いよいよ第八層を踏破して九層に突入だ!』などと意気軒昂の様子だったが。景気づけとして『アイテム倉庫』の俺たちにも高い酒が振る舞われた。攻略に必要だという『なんとかの護符』を『プレイヤー』である頭に渡し、アイテム欄の邪魔になった品を引き取っている。明朝、メンバーそれぞれの装備を万端整えて迷宮へ突入する手はずであった。
俺が今朝ヘグンに勧誘を受けていたころメンバーは『商店』で買い物を済ませ、昼前には迷宮へ潜っていったはずだ。攻略が順調であれば、そろそろ第九層に到達していてもおかしくない。
指を走らせてメニュー画面からメンバーリストを開く。
「……まだ第八層か」
詳しい状況まで知るすべはないが全員第八層にいる。昨日の様子だと、すぐにでも第九層へ突入するような話しぶりだったのだが。この調子だと、帰るのは夜遅くになるかもしれない。
確認を終えてメニュー画面を閉じた視線の先に、剣呑な目つきの『ああういあ』がいた。
「その指をチョロチョロさせるやつ、何やってんスか?」
「メニューを開いていた」
俺の返事を聞いて、『ああういあ』の細い眉がピクリと持ち上がる。
「はぁ、またワケわかんないこと言ってる……。好きな女の子に話しかけられたくて突拍子もないことやってる男子みたいで鬱陶しいんスけど」
「だから、メニューを開いていただけだと言ってるだろう」
なぜだか知らないが、俺がメニュー操作をすると周囲にいる奴は似たようなことを言ってくる。
「はいはい。で、第八層がどうかしたんスか?」
「うちのパーティーが第八層を攻略間近なのは聞いただろう」
「そっスね」
「今までの経験上、重要アイテムとレアドロップの入手で、アイテムの所持限界が厳しくなる頃合いだ。俺たち『アイテム倉庫』にも関わってくる」
「言いたいことがよくわかんねーっス」
「お前、残りのアイテム欄はいくつだ?」
「たしか1個か2個くらいじゃないスかね?」
確認もせずに答える『ああういあ』。
「そうか、近々この『アイテム倉庫』にも限界がくるな。もうひとり『アイテム倉庫』の仲間が増えるぞ。仲良くしろよ」
俺の言葉を聞いた『ああういあ』の顔が歪んだ。
「いやいやいや、仲間とかじゃねーっス! わたし、こんなところで人生終える気ねーっスから! 他所から勧誘あれば即出ていくつもりの臨時メンバーっスよ!? こんなところで腐ってるような人間じゃないっスから!」
「新米がパーティーに加入してくるんだ。十日前のお前が皆にどう思われてたか知るのもいいだろう」
コイツも最初はこんなにやさぐれていなかった。『こんな高レベルなパーティーに加えていただけるなんて光栄ですぅ! わたし精一杯がんばりますから、よろしくお願いしますねっ、先輩方!』などと言っていたのだ。
その後、小娘は三日で酒に溺れるようになった。なかなか他で見られるものではない。
「ひとの過去を玩具にするなッ! っていうか! わたしより長いあいだ『アイテム倉庫』みたいな駄目人生送ってる人の方がよっぽどアレっスよ!?」
『ああういあ』の言葉が流れ矢のように心へ刺さったのか、酒場のあちこちですすり泣く声が聞こえる。あいにく、俺はこの暮らしをするまでの細かな経緯が記憶にないので何とも思わないが。
「落ち着け。ここは『冒険者の酒場』だぞ。いまのお前みたいな酔っ払いを仲間にしようと思うパーティーはいない」
「だってだって、このパーティー入って、もう十日っすよ……。いつまでこんな生活が続くんスか……?」
「俺はこのパーティーに入って三ヶ月だ。もちろん、『アイテム倉庫』以外のことは何もやっていない」
現実を語ってやると、『ああういあ』は酔いが冷めたように真顔になった。
そして、うつむき加減でぽつりぽつりと自分の生い立ちを語りだす。
「これでもわたし、故郷じゃ『百年に一人の才女』とか、『神に愛された美少女』とか、『女神様の生まれ変わり』とか言われて、ちやほやされて育ったんですよ。正直、自分でも思い上がっていました」
「ああ」
「この年になって『修練場』に行ったら、いきなり上級職になれるとか言われて。びっくりしたんですけど、でも心の中じゃ『ああ、やっぱり自分は特別なんだ』とか思ってて。ぶっちゃけ、この時代に生まれた唯一無二の傑物だと今でも思ってますし……」
「そうか」
後悔なのか自慢話なのか判断のつかない落ちのない話を聞きながら、俺はただ相槌を打ち続けた。
ひとしきり話し終えるまで、彼女は酒を六杯飲んだ。