毒と薬
毒に侵されたユートの体調を気遣いつつ出口へと向かう。
すでに治癒薬を1本飲ませたのだが思わしくない。毒による継続的なダメージに回復量がまったく追いついていないようだ。そろそろ2本目も与える必要がある。
「ユート、治癒薬を飲め。あと少しで階段だ。持ちこたえろ」
「ん……、すまない……面倒を、かける……」
無駄に声の可愛い聖騎士は脂汗を浮かべながらも気丈に答える。
「ねえカナタ、そこにユートを座らせましょう」
部屋にいた骸骨戦士を始末して安全は確保した。俺とルーはユートを支えて壁際に座らせ、2本目の治癒薬を飲ませる。
この状況下にも関わらず、少しだけ嫌そうな顔をしているのは味のせいだろう。腐葉土を絞ったような味だからな。甘い薬じゃないと飲めない子みたいだ。錠剤を飲み込むのも苦手なタイプだろうか。注射されるときも必死に目をそらすかもしれん。
「思ったより毒が回ってやがる。下手に動かせねぇな」
「ヘグン、第一層まで戻ったらわたしが解毒薬を買いに走ります。このままでは手遅れになりかねません!」
解毒の魔法を切らした負い目があるのか、僧侶のボダイは落ち着きがない。
彼らの修羅場から目を離しアーウィアを見る。
焦ってる。超焦ってる。
デカい口を叩いて恩を着せようとしたのに足りてない。飯を奢ってやると言っておきながら支払いで財布の中身が足りなかったときの先輩を思い出す。カードも有効期限切れだった。同情するくらい格好悪かったものだ。
「う、うス! それならわたしらが買ってくるっス! こっちにはニンジャがいるっス、すぐ戻ってくるから階段で待ってるっス!」
アーウィアは俺の手を引っ掴み、渦中のユートたちを置き去りにして走り出した。
「あ、おい!」
投げかけられたヘグンの声を尻目に俺たちは階段部屋へと向かう。
「やべーっス、このままだとわたし、とんだ間抜け野郎っス!」
「俺は安心した。いつものアーウィアだ。おかえり」
「ただいま。うるせーっス。とにかく『商店』まで走るっスよ!」
「ああ」
第一層まで駆け上り、大十字路を全力でひた走って迷宮を飛び出す。転がるように丘を下って『商店』に飛び込み、小僧を急かして解毒薬を手にした。
迷宮へと反転し丘を急ぎ足で登っているとアーウィアが派手にすっ転んだ。大クラッシュだ! 解毒薬を持っているのが俺でよかった。
「も、もう走れんス……!」
「大丈夫か!? しかたない、乗れ!」
背中に事故車を載せて俺は坂道を駆ける。なんでアーウィアまで付いてきたのだろう。迷宮で待っていればよかったのに。
大十字路の突き当り、階段を登ったところにヘグンたちはいた。三人でユートを囲んで介抱している。
「もどったぞ、解毒薬だ!」
背中にヘッポコ娘を引っ付けたニンジャの登場にやや動揺しているが、薬を受け取る。ユートは薄目でこちらを見た。その視線には感謝と戸惑いが半々だ。毒に蝕まれる意識が見せた幻覚かと疑っているのかもしれない。
解毒薬のおかげでユートの容態は持ち直した。汗も引き穏やかな顔で目を閉じている。張り詰めていた気が緩んだのだろう。
ひとまず危険は去った。しかし毒によって衰弱した身体まで癒やすものではない。
「はやく宿へ連れて帰りましょう。休ませなければなりません」
ボダイの言うとおりだ。
俺たちは総出で左右からユートの身体を抱え、丸太運びのようにえっほえっほと帰還する。
低評価をされずに済んで一安心なアーウィアも元気に丸太を運んだ。事故のダメージはないようで、こちらも安心だ。
「世話になったな兄さん。必ずこの礼はさせてもらう。すまんが明日の朝『冒険者の酒場』で話をさせてくれ。いまはユートの世話をしなくちゃならねぇ」
「ああ、わかった」
運搬隊が宿に到着し、いったん解散の流れとなった。
「わたしたちにできることなら何でもするわね! カナタも妹さんも、ほんとうにありがとう」
だからそうほいほいと安請け合いするものではない。しかし安請け合いに関しては、うちのアーウィアも負けたものではなかった。言えた口ではないので黙って聞き流す。
「アーウィア殿は妹さんではありませんよルー。我らの面倒事にお二人を巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。このご恩は必ず」
肩の荷が下りて落ち着きを取り戻したボダイがつやつやした頭を下げる。
聖騎士を宿に運び込んでいくヘグンたちを見送る。
馬と生活環境が被っている俺たちとは違い、ちゃんと寝台のある部屋を借りているのだろう。
気がつけば辺りは夕暮れ。
アーウィアが酒場へと吸い込まれていったので俺も後に続く。
本日も無事終業だ。
「大司教アーウィアの活躍と失態に、乾杯!」
「「乾杯!」」
昨夜より少し値を落とした酒だ。杯を掲げるのは、俺とアーウィアと女給。
女給?
酒を一杯飲ませて女給を帰し、本日の定例会議を始める。
「いろいろとあったが全体的に見て上々だな」
「うっス。前進っス」
「戦力面では短剣の購入。まだ使いこなせているとは言えんが手数が増えたのはありがたい」
「もっとスポスポ首切っちゃっていいんスよ? わたしの首ばっか狙わんでいいっス」
「だから最初の一回はまぐれだと言ってるだろうに……」
あのときは兎足の魔法がたまたま効果を発揮しただけだ。今の俺では回避の合間に隙をみて一太刀入れるのが精いっぱい。使い手のニンジャが成長しないことには、名刀だろうが持ち腐れだ。あとアーウィアの首は今後も積極的に狙っていきたい。
「地図は導入して正解だった。ここまで探索が快適になるとは予想以上だ」
「わたしも頭がごちゃごちゃしないから助かるっス。道をおぼえるの苦手っスから」
アーウィアが優秀な地図係だと判明したことも大きい。下手に褒めると浮かれて宴会になりそうなので黙っておく。
想像になるが、空間認識能力が高すぎて必要以上の情報を頭に入れていたのだろう。道順ではなく正確な地図として記憶しようとしていた疑いがある。余計な部分まで処理対象にするせいで動作が重いプログラムみたいなものだ。ハイスペック馬鹿である。不要なデータを外部に書き出すとサクサク動いたので、そんな感じだろう。
「ここまでは順調だな。問題は明日からの探索だが」
「こんだけ頑張ったんスからレベルアップは確実っス。きっとすげぇ魔法もおぼえるっス」
アーウィアがまた変なフラグを立てようとしている。
「ひとまず第二層の周回だな。一周してちょうど補給に戻れるような巡回ルートを探すことにしよう」
「うっス。第三層はどうするっス?」
うむ、どうしたものか。
そろそろ迷宮の魔物も一筋縄ではいかない相手になるだろう。準備ができていない状態で踏み込むのは危険だ。毒で死にかけたユートのように、熟練パーティーでも気を抜けば簡単に命を失う。そういう場所だ。
「――保留、だな。明日の迷宮探索でどこまでやれるか試して判断する」
「うっス。そろそろメンバー募集しないとダメっスねぇ」
『冒険者の酒場』を見渡すが、そう都合よく仲間にできそうな冒険者もいない。
酒を満タンに補給したアーウィアを連れて、今日も馬小屋へと帰っていく俺たちだった。