だいまおー
夢の中で「俺つえー」していたところ、いきなりラスボスが出てきて俺をバラバラに引き裂いた。まぶたを開くとヘッポコ大魔王アーウィアが俺の両肩を掴んでぐいぐい引き裂こうとしている。
「やめろ大魔王……今いいところだったのに……」
「いい知らせっス! レベルアップしましたよカナタさん! わたしレベル2司教っス! もはや大司教と呼んでもいいんじゃないっスかね!?」
バラバラにされる前にアーウィアの手を引き剥がし、メニュー画面を開いて確認。
「おお、俺もレベル2ニンジャだ。もはやマスターニンジャじゃないか」
第二層での追い込みが効いたのだろうか。俺たちは足踏みすることなく、なんとか次のステージに進んでいた。
「魔法も一つおぼえたっス! 大司教にして大魔道! 自分の才能がこえーっス!」
「うむ、俺も今ならスパスパ首を切れそうだ。ためしにそこへ立ってみてくれ」
「その手を下ろせッ! ニンジャの手は凶器っスよ!」
しばらくアーウィアと手をつないできゃっきゃしていたのだが、馬が入ってきたので慌てて外に出た。
『冒険者の酒場』に寄る用事もないことだし、早朝から『商店』の方へ顔を出す。
例の小僧はすでに店におり、ちょうど店内の掃除を終えた様子だった。
「いらっしゃいませ旦那、おはようございます! 巻物ですね?」
「そうだが、いまは急がなくていい。今日も魔弾の巻物を頼む。昨日と同じくらいの間隔で夕方までを予定している」
小僧は威勢のいい返事をして、てきぱきと巻物を準備する。得意客をしっかり捕まえておきたいのだろう。熱心なことだ。
昨日の探索で使った分の治癒薬も忘れず補充しておく。支払いを済ませ、小僧の見送りを背に『商店』を後にした。
二人分のアイテム欄を埋めて、俺とアーウィアは朝もやに煙る丘を登る。
やけに健康的で充実した朝だ。これから地下に潜るのが少々もったいない。
老後であればこんな生活もいいかと思ったが、あいにくまだまだ努力の必要な俺である。どんな理不尽な難易度にも負けぬようレベルを上げなければ。結果を出せたといってもまだレベル2だ。
丘の上にある迷宮入口に到着。おそらく今日は俺たちが一番乗りだろう。
喜び勇んで即突入、というわけにはいかない。まずは朝礼といこう。
迷宮前広場で整列。二人しかいないのでアーウィアと向かい合って背筋を伸ばす。
「新しくおぼえた魔法は光明っス。ぶっちゃけ何のやくにもたちません。でも使用回数は全部で三回になったっス。まぁそっちも微妙っスけど」
そう言いつつもアーウィアはにやにやしている。嬉しいのだろう。すぐに真顔に戻るが、気付けば口元だけでへらへらしている。初めて彼女ができた大学の友人がこんな感じだった。まぁ、気持ちはわかる。
「手数が増えるのはいいことだ。俺の方はどうなったかわからん。まずは第一層で肩慣らしといこう」
例によって二人で装備チェックをする。
「「ご安全に」」
さて、どんなもんだろう。
心をニンジャモードに切り替えて、俺は迷宮内を跳梁する。
大蝙蝠の群れを躱し、巨大蟻を翻弄する。
すべて魔弾の餌食だ。
「わたしは撃ってるだけで何も変わらんスけど、どうスかカナタさん」
「ああ、悪くない」
「そっスか。まぁレベル2じゃこんなもんスかねぇ」
昨日と同じような流れで第一層の敵と戦っていく。
「よし、もうじゅうぶんだ。補充に戻ろう」
「え、まだ巻物余裕あるっスよ? 早くないっスか?」
アーウィアは気付かなかったようだが、昨日とは一つ違いがある。俺は回避に専念することなく、攻撃を前提とした間合いで敵と対峙し続けていた。
昨日の経験とレベルアップによってか、第一層の敵が相手ならこのくらいはできるようだ。HPもレベル1のときより二倍近くまで伸びている。
これなら次の段階に進んでも大丈夫だろう。
「『商店』で武器を買う。次から俺も攻撃にまわろう」
「お! ニンジャが覚醒したっス!」
早々と戻ってきた俺たちを見つけ、店の若造が寄ってくる。
「早かったですね旦那、今日はこの調子でいきますか?」
「いや、買い物だ」
不思議そうな顔の小僧に事情を話す。
「というわけでニンジャ用の武器だ。軽くて取り回しのいいもの……その後ろの棚にある短剣あたりだな。ちょっと見せてくれ」
「はい旦那、すぐに!」
手渡された短剣の長さと重さを確認し、戦闘での使用感を想像する。
跳躍、回避、攻撃を受け止める。敵を突き、切り裂き、なぎ払う。
「うん、悪くないな。このあたりにするか」
「お値段もお手頃っスね。昨夜の飲み代の方がたけーくらいっス」
オーブン機能の付いてない電子レンジを前にした新生活カップルみたいなノリで決めようとしていたところに、小僧が意を決して割り込んできた。
「旦那、もしよかったら見てもらいたい品があるんですが……」
小僧が店の奥から細長い木箱を持って戻ってきた。
全長は肘から先くらい、両刃の短剣。さきほどの短剣とは鋼の質がはっきりと違う。
「短剣+2です。店にいくつもない希少な逸品です。お代はそれなりですが、武器に信頼を置くならこっちです」
短剣を手に取って握り込む。手先と一体になった感覚。
戦いでのイメージが明確に思い浮かぶ。かすかに感じていた誤魔化しのようなものがない。
小僧が持ってきたのは、客の事情を理解した実にいいチョイスだった。この若造渾身の致命の一撃だ。
「うおーッ! たけえ!? こいつわたしらからむしり取るつもりっス! ぼったくられてますよカナタさん!」
値段を聞いたアーウィアがわーわーうるさいが、正解はこっちだ。
俺はさっきの戦闘で手応えを感じた。
しかし自信までは持てなかった。
もし、増長して無謀な判断をしているだけだったら。ニンジャの技が通用しない強敵が相手だったら。そういった弱気が、俺につなぎの武器を選ばせようとしたのだ。最初からやり直しを前提とした後ろ向きな選択。
戦うと決めたなら、必要なのは強い武器。
背負うべき危険があったなら、そのとき必要になるのは打ち倒す力だ。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、というやつだろうか。
目の前の小僧も、そう考えてこの勝負に出たのだ。俺の負けだ。
「いい目利きだ。これをもらおう」
「あ、ありがとうございますッ!」
アーウィアが後ろでわーわーうるさいが、いい買い物をした。もしかしたら、これで命を拾ったかもしれないのだから。




