神の欺瞞
「どうもそんな気がするわね。この街でおかしなことが起こるとしたら『アレ』しかないもの」
ルーの言葉に一同が揃ってうんうんとうなずく。
「『アレ』じゃあ仕方ねえよなぁ……」
ヘグンは顎のヒゲをなでながら脱力する。
「そっスねぇ……」
アーウィアも当然といった風に腕を組んで唸る。
なぜか全員納得している。置いていかれた気分だ。
「ちょっと待ってくれ。『アレ』とは何だ?」
俺の問いにへグンたちもアーウィアも不思議そうな顔をする。
「そりゃアレったらアレでしょ?」
ルーが変な動きをしながら返事にならない返事をする。
見かねたヘグンが後を引き取った。
「『神の欺瞞』ってやつさ」
神の欺瞞。
だから何なのそれ。知識のない人に専門用語で説明しようとするのIT業界の悪い癖だと思うよ?
「迷宮の呪いだと言われてますね。その正体を知るものはいませんが」
ボダイが補足するが、ふわふわした断片情報しか出てこない。
「カナタさん、なんで知らないんスか? 物知りニンジャは止めたんスか?」
うむ、よくわからんが神といったら心当たりはあのお二人しかなかろう。
俺は女神様のお話を思い出す。たしか白ひげ神は独自のレトロゲーシステムを作ってむりやり世界に組み込んだとかいう話だ。それによって世界が汚染されたと、女神様が愚痴をぎゃんぎゃんこぼしておられた。
「迷宮の瘴気によって、この街ではおかしなことが起こっていると言われます。まるで神の御手による奇跡にも似た不思議な出来事が。しかし何が起こっているかは不明です。長い歴史の中でそういう結論に至ったのだとか」
ようやくボダイが具体的な情報を教えてくれた。
「なんかすげーことをすげー誤魔化されてるから『神の欺瞞』っス」
「人によって影響の大小はあるらしいがな。勘の鋭い奴なんかは違和感があるらしいぜ。それも、しょっちゅう感じるんだとよ」
「ふつうは住んでても気付かないから、問題ないといえばないんだけどね」
ということは、この迷宮に関わる仕組みと世界の間に歪みがあるのだろう。両者を強引につなげ、それを隠蔽した結果、『神の欺瞞』と呼ばれる怪現象になってしまったと。
気付かれないよう処置はしていても、いろいろとつじつまが合わない事実は見つかるのだろう。状況証拠というやつだ。
皆から聞いた説明は、俺の想像を裏付けるようなものだった。
俺はずっとこの街から出ることなく過ごしていたから知らないのも当然だ。俺自身も知らぬ間に影響を受けているのだろうか? 正直、あまり実感はない。
『神の欺瞞』とやらは、いったいどの部分に作用しているのだろう。
「どうっス? カナタさんは違和感に気づけたっスか?」
俺たちとへグンらの目的は微妙にかすっているのだが、残念ながら一致はしていない。
お互い頑張ろうぜ、という話をして解散となった。
宿に引き上げる彼らを見送って、ふたたびポンコツ二人でのサシ飲みとなった。アーウィアは上機嫌に酒杯を傾けている。
「いやぁ、一緒に飲んでみるとなかなか気のいい連中じゃないっスか。一緒にパーティー組むのもいいんじゃないスか? ちょうど二人分の枠も空いてるっス」
「そうできれば助かるんだが、無理なんだよなぁ」
「なんでっス? あいつらなら頼めば入れてくれるかもしれんスよ?」
一見いろいろと都合がいいように見えるが不可能だ。
「ユートって奴の職業を聞いただろう」
「酒から逃げた板金鎧の奴っスね。たしか聖騎士とかいう上級職って……、あぁ、そういうことっスか……」
アーウィアは理由を察したようだ。面倒くさそうに鼻息をもらす。
「聖騎士になる条件の一つは、本人の『属性』が『善』であることだ。あいつらは『善』のパーティーだ」
「わたしとカナタさん、『悪』っスからねぇ……」
『善』と『悪』ではパーティーを組むことができない。俺たち『悪』の冒険者は、同じ『悪』か『中立』の冒険者じゃないと仲間にできないのだ。
メンバーを募集する冒険者たちにとって悩みの種だ。話がまとまりかけた段階で『属性』の不一致が発覚し、それまでの会話が全部無駄になる。つい、相手も自分と同じ『属性』だろうと思いがちなのだ。
「ヘグンとルーは『中立』かもしれんが、僧侶のボダイは『善』ってことだな」
「あんな頭しておいて『善』とか世の中わからんもんスねぇ……」
信じた相手に裏切られたような顔をするアーウィアだった。
「よく知らんが、信仰に必要ないものを捨てるという姿勢らしい。だから髪を剃るそうだ」
「てっきり奇抜な見た目で世間様への怒りを表現してるのかと思ったっス」
聖職者系の魔法を使うには善か悪かの信仰心が必要だ。日和見の『中立』だと聖職者にはなれない。もちろんアーウィアは悪の信仰だ。
「パーティーを割ってまで俺たちに付き合ってくれないだろう。加入脱退は本人の自由だとしても話は付ける必要がある。仮にも命を預け合う仲間なんだからな」
「そもそも、あの聖騎士がゴネてるって話っスからね。捨てれるもんならとっくに捨ててるはずっス」
アーウィアの中ではユートの評価がダダ下がりの様子だ。
「いずれ俺たちもメンバーは増やさないといけない。あの手の少数パーティーは珍しいから惜しい相手だ」
あるとすれば、迷宮で死者を出して逃げ帰ったパーティーだろう。
「縁がなかったってことっスかねぇ……」
やれやれ、と悪の司教は酒をあおる。
「赤字狩りが通用しているうちに増員の目星は付けておきたいな。最悪レベル1のひよっこを連れてきて戦力になるまで鍛えなきゃいけない」
「気の長い話っスね。っていうか、わたしら自身がまだレベル1のひよっこっス」
「だな。ぴよぴよ」
「ぴぴー」
そろそろ酔いも回ってお互いポンコツ化してきたので、宿へ向かうとしよう。
俺たちは酔っ払いらしく肩を支え合い、仲良く千鳥足で酒場を後にした。
「カネは持ってるのに今日も馬小屋っスか……」
「酒場で浪費した分だと思え。レベル上げは明日からが本番みたいなもんだ。さっさと寝よう」
怪我は治癒薬で治したから、寝られるならどこでもいい。これ以上無駄な出費は不要だろう。
「うっス。もう眠いからなんでもいいっス。おやすみなさいっス……」
「ああ、おやすみ……」
俺とアーウィアは藁の山にもぞもぞと潜り込んでいく。
起きたらレベルが上っていることを祈ろう。
いや、祈る相手のことを考えたらやめておいた方がいいかもしれない。あの神様たちは信用ならん。
出だしは順調。きっと上がっているはずだ。