がんばった ごほうび
「勝利と、生存に! 乾杯っス!」
「……乾杯」
でかい馬券を当てたおっさんみたいな勢いで酒盛りが始まった。アーウィアは酒を運んできた女給も隣に座らせて、高い酒をガンガン飲ませている。キャバクラか。
完全にアホの所業であるが、頑張ったご褒美として目を瞑ろう。
今日は目の回るような忙しさだったのだ。
しかしこの小娘、冒険者になってまだ半月にも満たないはずだが。どうしてこんなに宴会遊びに慣れているのだろう。たまに希少アイテムを当てた冒険者が馬鹿騒ぎしているが、それを見て学習していたのだろうか。無駄に順応力が高い。
「カナタさんも飲むっス! そこの姉ちゃんも! ご祝儀あげるっスから!」
アーウィアが指で弾いた小金貨が女給の襟から胸元に飛び込んだ。嬌声をあげる女給と豪快に笑うアーウィア。もうバカじゃないのコイツ。
騒ぎすぎて酒場の主人に怒られたので、女給たちを開放して静かに飲む。飲ませすぎて彼女らの足元があぶなっかしいが大丈夫だろうか。
「わたしもこのパーティーに賭けてるんスよ。たぶんこのチャンスを逃すとヤバいんス。さんざんでかい口を叩いて故郷を出てきたんスから、一旗あげなきゃ実家に顔も出せません」
「……をぉ、まかせとけ。おれにちゅいてこぃ。りっぱにそだててやらぁ」
なんだかんだアーウィアをこき使っているが、コイツにもいろいろ事情があるのだろう。俺にも俺の事情があるように。そう、俺もこの一週間をうまく活用しないとお先真っ暗だ。
「口が回ってないっス。ほら、お水飲むっス」
「うぅ……すまん娘よ」
「カナタさん、ちょいちょいキャラがブレるっス」
「むぅ……」
今日一日を過ごし、ニンジャとしての感覚に引きずられている自覚はある。むしろニンジャ8割・俺2割といったところだ。まだ彼方奥次郎さんの方は本調子ではないのだろう。
なにかいろいろと考えないといけない事柄が溜まっているはずだが、あえて気にしないでおく。女神様から『一週間以内に結果を出さないと殺す』とパワハラ宣言されているような状態だ。いまの俺を生かさないといけない。死んだ俺の話など、面倒事を片付けてからでじゅうぶんだ。長期休暇の前には片付けておかないといけない仕事がある。
「いかんいかん、明日のミーティングをぜんぜんやってないぞ」
「うっス。明日は第二層っスか?」
「そうだな。レベルと相談になるが、できれば二層で戦いたい。往復の時間と第一層での巻物消費が悩ましいところだ」
行きはともかく、帰りは巻物の残数に気を使う。俺たちの攻撃手段は有限だ。安全を確保するためには、どうしても余剰気味に帰還するしかない。
第二層で粘るのは危険。第一層で余った巻物を消費するのも時間のロス。それをカットしても、買い出しの回数を増やすとこれまたロスい。
「レベル上がってるといいっスねぇ」
「だなぁ。寝ないと成長しないのはレトロゲー仕様の面倒なところだ」
「何言ってるかわからんス。もう宿に撤収するっスか?」
そうしようかと酒場の出口を見ると、隅っこのテーブルに見覚えのあるパーティーがいた。へグンといったか。昨日俺を勧誘しようとした連中だ。
戦士のヘグン、女エルフ、禿頭の聖職者と板金鎧の優男。彼らは景気の悪い顔で何やら話し合っている。テーブルの空気もよろしくない。
アーウィアも彼らに気付いたようだ。
「あいつらだな。まだ新しい斥候は見つかっていないらしい」
「探索がうまく行かなくて意気消沈って感じっスかね。わたしに声かけないからっス。高望みしすぎなんスよ」
人の悪そうな顔でせせら笑う司教だ。ただの小娘だったとしてもこの顔はない。
「なんだ、あっちに呼ばれたほうがよかったか?」
「まさかっス。しかし辛気臭い顔っスね、酒がまずくなるっス。あ、ちょっとお姉さん、あのテーブルにいる連中に酒を」
アーウィアの奢りで高い酒が彼らのテーブルに運ばれた。ヘグンは戸惑った顔で酒を持ってきた女給と言葉を交わす。女給は俺たちの方を指差す。ヘグンは不思議そうな顔でこちらを見て、よくわからない顔で軽く手を上げてみせた。
「まあそういう反応になるよな」
「なぁに、酒を飲ませとけば幸せになるっス。人間そういう風にできてるっスから」
満足気なアーウィアとは裏腹に、あちらの優男は酒を一息に飲み干して立ち上がり酒場を出ていった。暗灰色の髪をした育ちの良さそうなイケメン君だが、喧嘩に負けて悔し泣きしている少年のような顔をしていた。
残された奴らは揃ってため息をつく。こちらに目をやり苦笑いだ。
三人は酒の器を手に、俺たちのところへやってきた。
「よぉ兄さん、ありがとよ。一杯もらうぜ」
「あなた方に感謝を」
「いただくわ。いいお酒ね」
そのままぞろぞろと卓を囲んで腰掛ける。え、距離感近くない?
「なんだ兄さん、その、補欠じゃなかったのか? えらく羽振りが良さそうだな」
先に酒を奢られたせいか、さすがに面と向かって『アイテム倉庫』とは言えないようだ。
「今日から探索をはじめた。その祝いだ」
「なるほどな、それならありがたくご相伴に預かるとするぜ」
俺とヘグンは軽くカップを掲げ合う。
「酒代出すのはカナタさんじゃなくてわたしっスけどね。偉大なる司教アーウィアさんの奢りっス」
もとを辿れば他人のカネだがな。
「おっと、そいつは失礼。ありがとよお嬢ちゃん」
「もうヘグンったら、あなたまた思い込みで判断して! ごめんなさいねアー……えっと、妹さん」
「アーウィアさんっス。妹さんじゃねーっス」
「ルー。話をよく聞かず、いちかばちかで喋るのはやめなさい」
坊主の小言をガン無視してエルフは酒を飲んでいる。
どうやら、あちらのパーティーにもヘッポコがいるようだ。
「ではあらためてご唱和を、偉大なる司教アーウィアに乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
話を進める奴がいないので、仕方なく俺の仕切りとする。懇親会みたいなノリになってしまったが構わんだろう。まずはお互いに自己紹介を済ませる。
戦士のヘグン。がたいのいいアゴヒゲの男。パーティーの頭。10年ほど冒険者をやっている。
女エルフが魔術師のルー。紺の長衣に艶のある長い赤毛。仲間がいうには、尖った耳は大して機能していない。飾りのようなものだとのこと。
禿頭の男が僧侶のボダイ。愛用の槌矛と鎖帷子で前衛もこなす。黒髪だが剃っているそうだ。ヘグンと同じ年齢とのこと。
「で、さっき出ていったのが聖騎士のユートだ。たしかまだ20かそこら。うちのパーティーじゃいちばんの新入りだ」
「ん、聖騎士? 上級職っス?」
「そうだ。知ってのとおり俺たちゃ斥候役のメンバーを探してんだが、まだ見つからなくてな。昨日今日とまともに探索ができてねぇんだ。それでユートの奴が焦れてやがる」
参ったもんだ、とヘグンはヒゲをさすり、ボダイは額をぴしゃぴしゃ叩き、ルーはくしゃみをした。
「そんなの酒でも飲ませときゃいいっス。面倒くさいことは全部忘れられるっスから」
そうやって人生を棒に振りかけたのはどこのヘッポコ司教だ。無責任なことを言う。
「やめろ経験者。しかしなぜそんなに急ぐ? まだ二日だろう」
俺のように女神様から鬼畜アプデの予告を受けたわけでもあるまいに。準備も揃っていないのに迷宮へ行っても仕方ないだろう。
「急いでいるっていうのとはちょっと違うのよ。あの子前から迷宮探索にすごく熱心なのよね。たしか『やらなきゃ』とか『行かなきゃ』とか何とか言ってたわ」
奇妙な身振り手振りを繰り出しながら、必死に思い出そうとするようにルーが言う。
「肝心なとこが抜けてんじゃねえかよ」
「いやヘグン、ユートの事情に関してはよくわからないことが多いです。おそらく『アレ』の影響でしょうな。であれば知りようもありません」
僧侶ボダイは匙を投げるように肩をすくめる。
なんだ、秘密の内輪話か?
「ああ、『アレ』っスか」
ん? アーウィアさん?