骨と酒
「すみません、ちょっとはしゃぎすぎたっス」
敵を片付けたのはいいが、小部屋はどこも蝕粘液の体液でベトベトだ。
「いちおう勝てる相手だったな。だが、これ以上の数だと今の俺たちには危険だ。やはり第一層より明らかに手強い」
「これまでが順調すぎたっスね。ちょっと初心にもどりましょう。っと、カナタさん宝箱っス」
宝箱に仕掛けられた罠は、迷宮深くへ行くにつれて解除の難易度と凶悪さは増す。レベル1のニンジャが第二層で挑んでよい代物ではない。
「どうせ巻物一本分にもならないガラクタだ。いつか罠解除は必要になるが当面は無視する」
「うっス。いちど階段部屋へもどりますか」
「そうだな。もう一方の道へ行ってみよう」
アーウィアに巻物を補充して引き返す。警戒は怠らない。
迷宮の魔物は神出鬼没だ。ついさっき通り抜けた部屋に湧いていても不思議ではない。しばらくは行きつ戻りつしながら敵の湧く距離を確認する。
少なくとも今回は大丈夫だった。二部屋戻って階段部屋で一息つく。
「やっぱ道を気にしながら探索するのってストレスっスね。今んとこ一本道でしたけど、頭がムズムズするっス」
「ふつうは斥候や魔法職が地図係を担当してパーティーの負担を減らすからな」
先ほどの戦闘でアーウィアが暴走気味だったのも、それが原因だろう。一度に二つのことができない小娘である。俺たちはアイテム欄に余裕がないから、もうしばらく地図は我慢だ。
「さあ、次は逆向きだ。正面の道から左手沿いに進む。退却時は右手沿いだ」
「うっス。もう一踏ん張りして引き上げましょう。第一層のがなんぼか落ち着けるっス」
階段部屋からまっすぐの道を抜けた先。この小部屋は四方の壁にそれぞれ通路がある。
「よし、左に進む」
方針どおりに左沿いに探索していくと、覗いた先の小部屋に敵の影があった。いそいで頭を引っ込める。
気配を殺してもう一度、静かに覗き込む。骸骨戦士が六体。まるで探索中に喧嘩をした冒険者パーティーのようによそよそしく佇んでいる。
(数が多い。危険だ、下がるぞ)
(やべーっス! いっかい立て直しましょう。階段部屋まで退却っス)
十字部屋から右手進行で階段部屋へ取って返す。初日の終わりに全滅では目も当てられない。そもそもレベル1のヘッポコ二人組がのこのこやって来るような場所でもないのだ。
「さっきのは探知スキルにも引っかからなかった。運がよかったな」
「神様が生きろと言ってるっス」
「だったらもう少しラクに倒せる敵を用意して欲しいものだ」
「そういうとこ気が利かんス」
「まったくだ」
白ひげの神様は精いっぱい優遇したつもりでこの有様だ。いくらニンジャとはいえ無敵ではない。おまけに女神様の方はさらに追い込みをかけてくる。俺を仕留めにきているとしか思えない布陣だ。おかげでこんな強行軍である。
「当初の予定どおり、ここを中心に部屋を往復しよう。蝕粘液がいた部屋の方へ行く」
「うっス。いちど通った道だと心も軽いっス」
その後、わらび餅の間まで行くと粘液の残骸は消えていた。階段部屋に引き返し、念のため骸骨パーティーをちら見して戻る。これで魔物が湧くか気をもんでいたところ、三度訪れたわらびの間で敵を発見した。
「骸骨戦士が四体だ。無理せず様子見のつもりでいく。これで駄目なら第一層に戻ろう」
「うっス。しょっぱなに一発かませばこっちの流れっス。もし落とせなかったら退却もありっス」
「そうだな。そのつもりでいくか」
アーウィアの言うとおり、奇襲が成功すれば流れは掴める。
俺たちは先手を取って骸骨に仕掛けた。
鉄錆の塊みたいなボロの剣や粗末な棍棒を振り回し、身のこなしは軽やか、力はそこそこ。腐って部品のちぎれた革鎧など身につけているものは様々だ。
思い思いに大ぶりの攻撃を仕掛けてくる。知性を感じさせない散発的な攻撃。たまに他のやつと行動が噛み合って連携攻撃のようになる。避けた先で二体目が振り下ろす棍棒を頭に食らいそうになり、咄嗟に手で受ける。数が増えると危険度は加速度的に増すだろう。
「いける、倒すぞ!」
魔弾の初撃で一体をばらばらに打ち砕いた後はこちらのペースだった。
棍棒を避け剣をしゃがんでかわし、掴みかかる無手の腕骨を払う。
部屋を骨まみれに散らかして、俺たちは勝利を収めた。
「よし、じゅうぶんだ。ずらかるぞ!」
「へい親分!」
よくわからないテンションでヘッポコパーティーはそそくさと第二層を後にした。
「ひとまずは無事といったところか」
「うっス。我らが心の故郷、懐かしの第一層大十字路っス。ちょっとした大冒険でしたね」
「ああ、そっスね」
「真似すんな。まだ巻物に余裕あるっスね、もう一狩りいくっスか?」
「そうだな、出口を目指しつつ敵を探そう」
治癒薬を飲んで腕のダメージを癒やす。第一層の敵が相手なら、下手に温存するよりここで使ってしまった方が安全だ。
最後の〆に二体の巨大蟻を狩って本日の迷宮は終了。
こうして俺たちは探索初日を生き延びた。
長く短い迷宮探索を終え、ニンジャと司教は丘を下る。
空はかすかに赤らんで、一日の終りを告げる。
冒険者は巣に帰る時間だ。迷宮探索は次の日までお預けである。
しばし心を休めよう。
ニンジャは一時休業だ。
『冒険者の酒場』では虚ろな目の『アイテム倉庫』連中に出迎えられた。もちろん『おつかれ!』などと気さくに声をかけてくれるわけではなく、ちらりと目を向けられただけだ。彼らは今日も同じ席に根を下ろし、日がな一日ただぼんやりと過ごしていたのだろう。昨日までの俺たちと同じように。
一仕事してきた俺とアーウィアであるが『アイテム倉庫』のときの習慣でいつもの席へと向かう。
「飲んでいいスか?」
「ちょっと待て。いちど資金を山分けする。財布を出してくれ」
「飲みながらでいいスか? ちょっと一杯取ってくるっスから」
「だめ、おすわり、おさいふ」
所持金は俺たちの生命線だ。赤字狩りをしている以上、カネは出ていく一方である。アーウィアの個人所有分と分配して今後の計画を見直す必要があった。
ぐぬぐぬしながらアーウィアは腰の革袋を寄越してくる。俺も懐から革袋を出して一纏めに。メニューから所持金の山分けを選択して財布を返す。
「うは、これで半分っスか。わたしらちょっとした小金持ちっス」
財布をのぞきこんだアーウィアがわなわな震えている。
「二人で80万Gpくらいだな」
「わたしの田舎じゃ余裕で蔵が建つっス。ありがとうございます、家族が喜びます」
「建てるな。軍資金だと言ってるだろうが。まぁ余裕はあるな。約束だ、今日は好きなだけ飲め」
おあずけ中だった忠犬アーウィアが小躍りしながら席を立つ。
「おっしゃぁ! おーい、そこのお姉ちゃん酒持ってくるっス! いちばん高い酒! ほら、そっちの姉ちゃんも、こっちきてテーブルの世話するっス」