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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
剣と魔法編 第二章
125/126

追い風


 朝と言うにはやや遅い、日中の酒場。

 いつもの席に座り、帳簿の整理をしているニンジャである。


 この時間、冒険者たちが出払った店内は閑散としていた。寡黙な老ドワーフの店主も、無言で今夜の仕込みを行っている。事務仕事には最適な環境といえよう。

 これで美味いコーヒーなど出してくれれば、言うことはないのだが。


「カナタさーん、炭が焼けたっスー」


 奥の炊事場から、火かき棒を手にした目付きの悪い娘がひょっこりと姿を見せた。我らが大司教アーウィアだ。知らない人が見たら、押し込み強盗と勘違いしそうな姿である。財布を置いていけば許してくれるだろうか。


「ああ、すぐ片付ける。上に行くとしよう」


 テーブルに広げた帳簿を一纏めにし、小脇に抱える。

 炊事場を覗きに行くと、アーウィアは火かき棒で(かまど)から焼けた炭を取り出し、バケツ代わりの鉄兜に集めていた。

 その隣で、女給兼ギルド嬢の女が何をするでもなく突っ立っている。


「早くどいてくださいよ。火の番をしないといけないんで」

「うるせーっスな。どうせ火にあたりたいだけなのは知ってるっス。すこしは働けっス」

「だから、これから働くんですって。火の番は大事じゃないですか。寒いんで早くしてくださいよ」


 炭を集め終えたアーウィアは火かき棒を立て掛け、鉄兜を手に立ち上がり、無言で女給の尻に蹴りを入れる。女給は何事もなかったように竈の前にしゃがみ込み、両手を火にかざしていた。ノーダメージだ。


「お待たせっス。そんじゃ上に行きますか」

「ああ。では、邪魔したなガル爺」


 すべてを諦めた顔の店主に礼を言い、アーウィアと並んで階段を上る。


 酒場の二階。冒険者ギルドの執務室には、下から借りてきた椅子が数脚、円陣を描くように並んでいる。アーウィアは鉄兜から、赤々と焼けた炭を火鉢に移す。

 近々の案件に一区切り付いたので、今日はギルド会議だ。





「皆、集まっているかッ! 俺は忙しいんだ、さっさと終わらせるぞ!」

「ざけんなっス! おくれてきて偉そうなこと言ってんじゃねーっスよ!」


 階段を足早に上ってきた大男が、アーウィアに蹴りを入れられている。

 鎧の上に毛皮をまとった戦士のザウランだ。いちおうギルド幹部である。


「こら喧嘩をするな。早く座れザウラン。お前らもだ、会議を始めるぞ」


 火鉢を囲み、ご歓談中の幹部どもを追い払う。

 本日の参加者は、ギルド代表のボダイ、各派閥代表のザウラン、ルー、ディッジの三名。ご意見番の英雄ヘグン。そして、何か黒ずくめの怪しい男と目付きの悪い小娘である。


「てめーら静かにしろ。カナタさんが喋るっス」

「さくさく進めるぞ。まずは各部署の進捗を確認しておこう」


 最初に魔法職派閥代表のルーから話を聞く。

 あまり待たせると飽きて遊び始めるし、大事なことを忘れるかもしれない。

 どうしてこんな奴が会議の場にいるのだろう。不可解なものである。




「石板からみつかった魔法は『幻影威』ファンタズマル・フォース『魔弾』(マジック・ミサイル)、それと聖職系の魔法がひとつだったわ」

「最後の魔法については解読を進めている最中です。僧院の方々にも手を貸していただいていますが、なかなか大変ですね」


 エルフの報告をボダイが補足する。

 数日前に訪れた、オズロー南にある瘴気の沼近く。謎の地下室で発見された石板の解読は難航しているらしい。

 新しい魔法が見つかれば冒険者の強化につながる。期待の持たれる分野だが、成果が出るにはもうしばらく時間が必要らしい。


「ふむ、そちらに関して俺たちは門外漢だ。いい感じに進めてくれ」

「――ありゃろくでもねェ魔法だぜ兄さん。俺ァひでえ目に遭った……」


 ヘグンはアゴヒゲを撫で回しつつ、苦々しい表情を浮かべる。『幻影威』は対象に幻覚を見せる魔法だという。その魔法をルーから遊び半分でかけられ、何かとんでもない映像を見せられたらしい。軽くトラウマを植え付けられた様子である。


「あの魔法についてですが、敵意のない相手へ使うことを禁じましょう。術者たちには、よく言っておきます」


 つやつやした頭を下げて、ボダイは詫びる。

 本来そういうのは、魔法職代表であるルーの役目だ。しかし、そのような常識をこのエルフに求めるのは無駄であろう。食って遊んで魔法を使うだけの機能しか実装されていないのだ。無理難題である。



「ふむ、そちらはボダイに任せる。それでザウラン。地下室の発掘作業はどうなっている」

「おう、デカブツ。さっさと喋れっス」


 毛皮の大将は一瞬憤怒の表情を浮かべたが、深々と息を吐き出し気を静める。

 見た目は蛮族みたいなザウランだが、これでなかなか器の大きい男である。


「大工を入れて、支えの柱を噛ませているところだッ。それが終わってから石板を持ち出す。あらかた片付いたら土をどかせて部屋の奥を調べる。まだまだ手を付けたばかりだッ」


 発掘調査に向かうには、瘴気蜥蜴(バジリスク)の生息地を抜けていかねばならない。その護衛を務めるのは、ザウラン率いる冒険者たちだ。


「ラリッサの姉御が石板を寄越せってうるせぇです。二、三枚でいいんで、土産に持って帰れませんかね?」

「ぐっ――勝手なことを言うなッ! 荷運びの人手が足りん! 衛兵を連れてくるなり、荷馬を出すなりしろッ!」


 ディッジ小僧の言葉にザウランがブチ切れた。ギルド幹部の地位と引き換えに、何かと都合よく使われている男である。色々と鬱憤が溜まっているようだ。


「残念だが、それはできん。馬が蜥蜴どもに襲われたら大損害だ。衛兵たちを借りてくる口実もない」

「はっ! いつもでけー口叩いてるくせに泣き言とは情けねーっスな!」

「これ、アーウィア。ザウランを虐めるな」

「うっス」


 鬼みたいな顔で唸りを上げる大男をなだめつつ、会議を続ける。



「明日から治癒薬がうちの店に並びます。数が少ねぇんで、うまく冒険者に行き渡るよう旦那方で手を回してください」


 怒れる巨人と化したザウランに怯えつつ、ディッジが報告する。冒険者揃いのこの場で唯一の民間人だ。暴力の気配に慣れていないのである。


「ふむ。具体的には、迷宮探索と小鬼狩り、それに瘴気蜥蜴を相手にする護衛のパーティーだな」


 ようやく念願の治癒薬が、本格的な生産体制に入った。

 アップデートからこちら、品切れの続いていた回復アイテムが供給される。我ら冒険者にとって大きな変化だ。いずれ赤字狩りも可能になるかもしれん。


「ならば俺たちに多く回せッ! トカゲどもは厄介だ、回復魔法がいくらあっても足らん!」

「うるせェよ、ザウラン。だが兄さん、あの毒息は面倒くせェ。まともに相手してたら切りがねえよ」


 ヘグンとザウランの前衛コンビがやかましい。しかし実際、瘴気蜥蜴の脅威にさらされるのは彼ら戦士たちだ。その言い分はもっともだろう。



「ねえ、みんな。すきなものが食べられるなら、なにを食べたい?」

「魚だ。あの毒息については俺も対策を考えていた。これを見てくれ」


 エルフの妄言を無視して、懐からアイテムを取り出す。

 一同の視線がニンジャの手元に集まった。


(かぶ)のスープです。それは――円盾(バックラー)ですか、カナタ殿」

「肉だ。でかい円盾だな兄さん。それがどうした?」


 ボダイとヘグンは揃って首をかしげる。仲良しだ。


「でかいだけではない。瘴気蜥蜴の革を張り、アーウィウムの鋲を打っている」

「酒っス。やっぱその名前やめねーっスか? わたしが他にいい名前考えてあげるっスから……」


 ちょっとしたテーブルくらいの丸板に、鱗のある革が金色の鋲で打ち付けられている。職人たちに頼み、試作品を作ってもらったのだ。耐毒の大盾とでも名付けよう。


「肉ッ。お前の考えはわかった。トカゲどもの革とアーウィウムなら、奴らの毒息にも耐えるということか!?」

「俺も肉で。そんな上手くいくんですかね? 盾で煙を防ぐみたいな話ですよ」


 耐毒の大盾をザウランに渡してやる。どうせこいつが使うのだ。いいデータを持ち帰ってくれるよう願うばかりである。


「見たところ、あの毒息は直撃さえしのげれば大したことはない。すぐにかき消える。一度吐かせてしまえば、迷宮上層の魔物と変わらん」


 以前より、機会があれば瘴気蜥蜴の皮を剥いで回収しておいた。いまいち使い道が見つからなかったのだが、ここにきて役に立ちそうである。

 もっとも、本番環境でのテストは未実施だ。毒息を食らって一瞬で消し飛ぶ可能性もある。まあ、そうなってもザウランなら大丈夫だろう。革を二枚重ねにした『耐毒の大盾Ver.2』を持たせて再出撃させればよい。


「ねえ、みんな。お肉と魚だったら、どっちがいい?」

「だから魚だ。ひとまず話題は出尽くしたな。細かい部分はそれぞれの代表を通して調整するとしよう。各自で話し合うように」

「酒っス。わたしはニコを呼んでくるっス。終わったらメシに行きましょう」


 治癒薬に石板に新装備。

 オズローの冒険者たちに、新たな強化要素が導入されつつある。


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― 新着の感想 ―
[一言] エルフへの優しさあふれるギルド会議
[良い点] 律儀に耳の長いナマモノの横槍に答えてると思ったら飯時が迫っていたのね
[良い点] 真面目にロープレしているなー
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