偵察隊、南へ
よく晴れた日の早朝。
酒場で落ち合った我らボンクラ集団は、街の中央広場に向けて出発した。本日からオズロー南部の調査を始める。今回は参加人数が多いので、広場で合流する段取りになっていた。
「アーウィア、忘れ物はないか。今ならまだ間に合うぞ」
「ねっス。っていうか、心配しすぎっスよカナタさん。昨日あんだけ確かめたんスから大丈夫ですって」
「そうか。では行くとしよう。他の連中を待たせてはいかん」
久しぶりに皆でお出かけとあって、少々浮足立っているニンジャである。
アーウィアは防寒着を着込んで武装をした上にズタ袋まで担いでいる。過積載ではないだろうか。曲がり角で横転などしないよう気を付けておかねば。
「剣を振るのも久々な気がするぜ。蜥蜴でも何でもかかってこいってンだ」
「楽しみだわー。ボダイもくればよかったのにねえ」
「……早く行きましょう。いっぱい狩りますよ」
こいつらも少々浮かれ気味なご様子だ。しょせん我々は魔物と戦うしか能のない無法者どもである。このところ冒険者らしい仕事とは縁がなかったので、暴力に飢えているのだろう。まことに物騒な連中だ。
集合場所は広場の石像前だ。すでに武装した参加者たちが集まって、寒空の下で賑やかに立ち話に興じていた。いよいよオズローの街も年の瀬だ。町内会の餅つきみたいな雰囲気である。
「すぐにでも出発できそうだな」
「そっスな、わたしらが最後みたいっス」
「ねえ、みんな見て! ユートにそっくりな人がいるわよ!」
「ありゃユートだぜ」
お綺麗な顔が石像の台座にもたれかかって腕組みをしていた。仕立ての良さそうな丈の長い衣に、胸甲や篭手などを纏っている。背負った長剣の他に荷物はない。
「おっス、お嬢。今日は板金鎧じゃねーんスな」
「あれは重いのだ。それに寒いではないか」
「おはよう、準備はいいかユート。出発するぞ」
「なのだ」
今回は珍しくオズローの街を守る衛兵たちも参加する。ご領主様に衛兵の出動要請をした際に本人も誘っておいたのだ。『行けたら行く』みたいな気のない返事をしていたが、内心乗り気だったようだ。領主だ聖騎士だと言ったところで、しょせんこいつも暴力大好きっ子である。
「よォし、お前ら! 出発だ、南門まで行くぜッ!」
ヘグンの号令で、ならず者の集団はぞろぞろと移動を開始した。
うちの面子はニンジャと司教におかっぱ、それにヒゲとエルフだ。ボダイは留守番である。何やらギルド代表の自覚に目覚めて仕事をしたがっているらしい。本人の意思を尊重して事務仕事を押し付けておいた。
「ねえ、知らない人がいっぱいついてくるの。なにか用かしら?」
「……後続の補給部隊です。うちの若い衆ですよ」
パウラ嬢とステランの率いる銀章パーティーが二チーム。彼らを雑用兼荷物持ちとして連れて行く。ギルドの仕事なので、身内を多く使って安く済ませようという目論見である。
道中で不健康そうな顔のハーフエルフが背嚢を背負って立っていたので回収。案内人として同行するラリッサ女史である。
南門へ到着後、封鎖していた丸太を皆で撤去する。冒険者が三パーティーに衛兵で合計三十人ほどだろうか。点呼を済ませて出発、一行は南へと向かった。
オズロー南部は、岩場の多い荒れた土地だ。
緩い起伏の続く荒野には大小の岩が無数に転がっている。でかいのは寝台にできそうな大きさだ。風雨に晒された古い倒木が、白く骨のような姿で横たわっていた。
「――ふむ、殺風景だな」
「うっス、人を楽しませようって心意気が感じられねーっスな」
「せっかく遠出をするというのに、残念だ……」
「しっかりするっスよ。ニコ、ちょっとカナタさんを楽しませるっス」
こちらには街道など整備されていない。愉快に踊り歩くおかっぱを眺めながら南進。藪だの窪地を避けて曲りくねる、あぜ道のような野路を進む。
「兄さん、この先に瘴気蜥蜴だ! 叩きに行っていいか!?」
「衛兵を連れて行ってくれ。奴らにも蜥蜴との戦い方を教えねばいかん」
「ずるいぞヘグン、私も戦うのだ! 滅多斬りだぞ!」
いまいち話を聞いていないヘグンとユートが駆けていく。遅れて衛兵たちも、蟻のようにわらわらと後を追う。前方には窪地から首を突き出した瘴気蜥蜴。ここは彼らに任せよう。
「カナタさん、わたしらは見てるだけっス?」
「うむ、あの獲物は譲ってやろうではないか」
真正面から飛び込んだユートが長剣を振り下ろす。蜥蜴は八本の足をばたつかせて素早く後退、剣先は蜥蜴の首元を浅く切り裂いた。回り込んだヘグンが追撃、苛立たしげに振られる尻尾を悠々と回避。追いついた衛兵も戦線に加わる。
「構え! 突けーッ!」
「「「えい、へーいッ!」」」
隊列を組んだ衛兵たちが槍を突き立てた。続いて剣を持った衛兵が前に出る。蜥蜴が甲高い声をあげて暴れまわる。刺さったままの槍に幾人かの衛兵がなぎ倒された。敵が大口を開け、真っ赤な口内を見せる。
「毒息がくるぞッ! 下がれェ!」
「むぅ、間に合わん者は盾を構えろ!」
逃げ遅れた数人が敵に向き直り円盾を構える。直後、黒煙のような吐息が襲いかかった。
「後衛、矢を射掛けよ!」
ユートの声に、弓を持った衛兵たちが一斉射。おかっぱニンジャも踊りながら手裏剣を投げ放つ。
「みゅっ、『魔弾』っ!」
杖を掲げたルーの魔法。仄白い魔弾が蜥蜴の脇腹を吹き飛ばした。
瘴気蜥蜴を始末して、逃げ遅れた衛兵たちを救助する。
初戦から衛兵たちに結構な被害が出てしまった。やはり治癒薬の生産が急務だ。
「酷く腫れているな。手分けして回復魔法を使ってくれ」
「あの息を食らうとこんな感じになるんスね。盾がボロボロっスよ」
「……私の手裏剣もです。一枚駄目になりました」
軽傷治癒を使える者を集めて治療を行う。毒息に巻き込まれた衛兵は肌が赤く腫れ上がっていた。彼らの使っていた円盾も酷い有様だ。木部は朽ち、鉄部は錆びて脆くなっている。何年も野晒しになっていたかのような状態だ。
「この蜥蜴は素材になりそうだねぇ。ちょっと解体していかない?」
「悪いが後にしてくれ。荷物が増えるから帰りに拾うとしよう」
「そっか。腸が吹っ飛んじゃってるなぁ。次はもっと綺麗に仕留めてよ」
薄ら笑いのハーフエルフが瘴気蜥蜴の肉片を放り捨てた。血で汚れた指先を見つめ、べろべろと舐めはじめたラリッサ女史である。腹を壊さないといいが。やはり耳が長いやつは頭がどうかしている。
「そういやエルフ、さっきの魔弾はなんスか?」
「その人はハーフエルフよ? 耳がちょっと違うもの」
「おめーに言ってんスよ。なんか威力がやけに高けー気がしたっス」
「ああ、きっと杖のせいね。持ってると魔力がよく回るのよ」
アーウィアとルーが気になる話をしている。俺が知らない業界の話だ。時間ができたら一度、詳しく教えてもらった方がいいかもしれない。
「衛兵は前に出さねェ方がいいな。弓か、せいぜい槍だぜ」
「むぅ、槍だと盾が持てんのだ。逃げ遅れると危ないぞ」
ヘグンとユートは前衛談義だ。こちらの業界なら俺も話についていける。
しかし、ニンジャの専攻は前衛だけではない。
「ニコ、気付いているか?」
「……はい、あまり危険ではなさそうですが」
さっきから探知スキルに反応がある。向こうの岩陰だ。よく注意して見れば、枯れ草がかすかに揺れている。魔物だと思うのだが。
「ところで、ニコはいつまで踊ってんスか?」
自分で踊らせた癖に、他人事みたいな口振りのアーウィアである。言われてやめるのもバツが悪いのだろう。おかっぱは困った顔でキレのない踊りを続けている。
「ちょっと見てこよう。ニコ、静かについてこい」
「……はい、やってみます」
せっかく踊りをやめるきっかけを与えてやったのだが、静かに踊りながら後をつけてくるおかっぱである。