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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
剣と魔法編 第一章
118/126

みんなのおしごと


 細々とした仕事を商人たちに任せ、一行は酒場に戻る。


 探索に出る前のパーティーが集まって賑やかになる時間だ。

 武装した荒くれ者たちが寒風に身を震わせながらやってきて、白湯を頼んで暖を取る。呪文書を抱えた魔法職の男が仲間たちと楽しげに語らっていた。新しい魔法の獲得に成功したのだろうか。女給も慌ただしく働くフリをしている。

 むさ苦しく雑然としているが、活気に溢れた光景だ。



「というわけで、ウォルターク商店で治癒薬が買えるようになる」

「ふぅん、でも高いんでしょ?」


 卓を挟んで、素朴な顔の娘とニンジャが向かい合う。胡散臭い光景だ。変なものでも売り付けようとしているのだろうか。


「中身の代金とは別に水薬瓶(ポーションびん)のぶんとして小金貨一枚いただく。瓶を返せば払い戻す仕組みだ」

「ほんとに戻ってくるの?」

「もちろんだ。最初はお試しで値引きしよう。二本で小金貨一枚ではどうだ」

「――なんか、あやしいわ」


 さっそく顔見知りの聖騎士娘に営業をかける俺である。

 治癒薬の量産体制を整えても、顧客がいなければ不良在庫と化す。いくら初期投資が大きかろうが消費者には関係ないのだ。巨額を投じてユーザの獲得に失敗したサービスなど壮大な墓標にしかならん。


「これはギルドの施策でもある。お互い持ち逃げされてはかなわんから、冒険者証の提示が条件だ。お試しの値引きは『銀章』の冒険者だけに与えられる特権としよう」

「へぇ、苦労して銀章になった甲斐があったわけね」


 パウラ嬢は首から下げた銀色の冒険者証を指で弄びつつ、カップの白湯をすする。湯を飲むだけの姿が妙に似合っている娘である。雰囲気が地味なのだ。


「とにかく、他の冒険者たちにも話を広めてくれ。ちゃんと売れることがわかれば治癒薬の値段も下げられる。悪い話ではない」

「まぁ、そこまで言うなら話だけはしてみるけど。銀章のパーティーは知ってる人ばっかりだし――」


 素朴な顔の娘は酒場の入り口に目を向ける。ニンジャの探知スキルにも反応があった。こそこそと不器用に潜伏している盗賊の気配だ。


「――では頼んだ。上手くいったら礼をする」

 自然な素振りで卓を離れる。パウラ嬢は黙って片目を閉じてみせた。




「話は終わったっスか」

「ああ、後はあの娘に任せよう。あれで意外と人望が厚い奴だ」

「そっスか。なんか若造の方がこっちにガンくれてるっスよ」

「そうか、放っておけ」


 盗賊のステラン青年が酒場に入ってくる。パウラ嬢の幼馴染で、彼女と同じく若手冒険者たちの代表を務めるギルドの準幹部だ。平然とした顔を装いつつ、横目でこちらに視線を送ってくる。地味っ子とニンジャが親しげにしていたのが気になるのだろう。アーウィアがもの凄い顔でガンを飛ばしたら、慌てて目を逸らした。相変わらず小者である。


「そっちはどうだ。製薬材料の入手先に目処はついたか?」

「うっス。坊主、答えろっス」

「そうですね、概ねのところは。半分ほどは冒険者に採取依頼を出せるでしょう」

「……残りは他所から仕入れた方が早いです」


 製薬材料のリストを読み解くのは、ギルド代表の善僧ボダイとニンジャ二号のドワーフ娘ニコである。何かと物知りなボダイはともかく、おかっぱニンジャの方も意外と教養がある。伊達におかっぱ半ズボンではないのだ。餌場をめぐってエルフと争っている姿ばかり見るので忘れがちである。足が寒くないのだろうか。


「わかった、近場で拾えるものだけ自前で何とかしよう。残りはラヴァルド商会を通して買い付ける。オロフに伝えておくから品目をまとめてくれ」

「……お任せを。昼までには用意します」

「急がんでいいっスよニコ。わたしらはこの後も用事があるっス」

「でしたら、わたしがオロフ殿に話をしましょう!」


 おかっぱだけでなくボダイも珍しく意気込んでいる。いつも責任だけ押し付けられている男だ。ギルド代表として仕事ができるので張り切っているのだろう。年末の大掃除とかでやたら働き者になる中小企業の社長みたいな感じだ。『窓拭きだな、まかせろ!』みたいな。『社長、落ちないでくださいよ』みたいな。和気あいあいとした職場である。



「そんじゃ、わたしらは次の用事に出掛けるっスかね」

「ああ、ちゃんと温かい格好をしろよ。天気はいいが風が冷たい」

「わかってるっスよお母さん」

「ヘグン、お前たちはどうする?」


 隣の卓でエルフと向かい合っているヒゲに尋ねる。

 さっきから『釜を叩くな』という話を根気よく言い聞かせている男である。聞かされているルーは素直に返事をしているが、たぶん理解まではしていない。杖を渡して釜の前に立たせると躊躇なく叩くだろう。そういう顔だ。


「悪りィが、兄さんと姉御だけで行ってくれ。俺ァもう少し粘ってみる」

「そうか。無理はするなよ」

「どうせ言っても聞かねーっス。杖を取り上げたほうがはえーっスよ」



 各々仕事のある連中と別れ、アーウィアと連れ立って酒場を出る。

 大通りを北から荷馬車がゆっくりとやってくる。でかい瓶を積んだ水汲みの荷馬車だ。最近になって導入された、オズローの暮らしを支えるインフラの一つである。


「だいぶオズローも文化的になってきたな」

「ふむん、よくわからんス。酒はうまくなったとは思うっスけど」

「ラヴァルド商会のおかげだな。オロフの奴を叩き直すのだと、あの娘がずいぶんな量の酒を一緒に仕込んだらしい」

「でけー声で騒いでたのはそれっスか。腕はいいんスけどねぇ」


 荷馬車とすれ違い、ニンジャと司教は通りを歩く。

 次は街の北にある工房だ。迷宮の魔物から剥いだ皮の加工やら、軽銀銅(アーウィウム)の新たな活用法などを話し合わねばならん。あちらにある錬金術師の工房にも一度足を運んでおくべきだろう。


「おっと、ちょっくらお祈りしてくるっス。カナタさんは先に行っていいっスよ」

「いや、俺も付き合おう。そこまで急ぐわけでもない」


 アーウィアはお祈りタイムだ。道端に建てられた、ちいさな祠に駆け寄ってしゃがみ込む。ご本尊の白兎像を撫でながら祈りを捧げる司教の後ろで、ニンジャも合掌。適当に健康祈願などをしておく。


「うっし、そんじゃ行きますか」


 はふはふと白息を吐くアーウィアを連れ、北門をくぐる俺である。




 その日の仕事を終え、就寝前のひととき。

 我らが長屋にも導入された火鉢を囲んで、今後の予定などを語り合う。


「問題は瘴気蜥蜴(バジリスク)だな。ヤツらこの寒さでも平然としているらしい」

「蜥蜴のくせに生意気な連中っス」

「皆で一度、精霊の泉とやらまで行ってみよう。護衛を付けるにしても南の現状がわからんとな」

「小鬼狩りの方も小鬼術士(ゴブリン・メイジ)のせいで討伐報酬が値上がりしてるっス。カネばっか出てくっスな」


 アーウィアは愚痴りながら、火鉢の縁に置いた石をひっくり返す。こうして温めておいて、寝るとき布団の中に入れるのだ。職人連中に伝手があるので炭だの火鉢などは都合してもらえるが、さすがに夜通し火を焚くような贅沢はできない。


「……治癒薬が売りに出せれば高値が付くそうですから」

「うむ、冒険者たちには前と同じくらいで売るが、オズローの外では別だ。出荷数も絞って高級品として扱う」

「ボロい商売っスな。でも、数が出せねーなら儲けは知れてるっスよ」

「そうねえ、こう寒いと耳が冷えて風邪をひきそうだわ」


 狭苦しい部屋に、エルフだのドワーフだのも暖を取りにきている。こうして寝る前に身体を温めて自室に戻るのだ。それぞれが火を焚くと炭がいくらあっても足りんのである。


「ユートに言って衛兵を連れて行こう。どうせ規模を大きくできんなら、きっちり税を納める代わりに人手を出させる。俺たち冒険者は、安定して治癒薬を買えるようになるだけでじゅうぶん利益がある」

「そっスな、ちいせー商売っス。面倒事はお嬢に任せて、わたしらは治癒薬だけ使わせてもらうとしましょう」


 我らが冒険者ギルドの主たる業務はあくまで、迷宮で魔物を狩り、出所不明な食肉を出荷することである。周辺業務は外注で構わんのだ。


「そろそろ寝るか。ニコとルーも部屋に戻って寝ろ」

「石を忘れんなっスよ」


 温まった石を持って、エルフとドワーフは部屋を出る。

 オズロー南へのピクニックを計画しつつ、自分の石を持って寝床に潜り込む俺たちである。


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[一言] 顔見知りに怪しまれるニンジャの図、信用は責任と一緒に置いてきたのだろうか…。
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