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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
剣と魔法編 第一章
116/126

治癒の水薬


 冒険者たちの集まる酒場の二階。

 ギルド本部たるこの場所で、早朝から事務仕事などしているニンジャと司教だ。今日は予定が詰まっているので、少し片付けておきたかったのだ。


「アーウィア、そろそろ下に行くか」

「うっス、ちょっと待ってください。もう少しで片付くっスから」

「わかった、急がなくていいぞ」


 アーウィアは殺し屋のような目付きで机に並べた石ころを弄っては、羊皮紙の束に羽根ペンで数字を書き込んでいく。あの小石はアーウィアの計算道具だ。どうやって計算しているのか不明だが、結果が間違っていなければ問題ない。小石とアーウィアを組み合わせると計算機になるのだ。そういう理解である。


 暇人ニンジャは部屋の隅に置かれた火鉢に歩み寄り、赤々と焼けている炭に灰を被せて火の始末をする。冬も本番、暖房器具が必須な季節だ。コタツでもあればいいのだが火事が怖い。街での失火は大罪だ。安全性を重視すると大掛かりな設備になりそうなので、この冬は諦めるしかないだろう。



「うっし、お待たせっス。そんじゃ出ますか」


 アーウィアは椅子を蹴って立ち上がる。羽根ペンを拭って小石と一緒に棚へ仕舞い、ニンジャのところにのこのことやってきた。ここもオフィス家具など増えて、いよいよ事務所らしくなってきたものだ。


「ちゃんと外套を羽織っておけよ。手袋も忘れるな。ああ、襟巻きがあったな、巻いてやろう」

「お母さんみてーっスよ、カナタさん」


 帽子も被せてやろう。耳あてが付いたやつがあったはずだ。

 厚手の外套に、毛皮の耳あてが付いた帽子と、同じく毛皮の手袋を装備。もこもこと着込んでいるアーウィアに、兎の毛皮でできた襟巻きを巻く。



 もこもこ司教と連れ立って階段を降りる。朝っぱらから酒場でたむろしている冒険者たちの姿があった。首から下げられた冒険者証は、銀が七分に革が三分。煮炊きをしている店内で、わずかばかりの暖を取ろうという暇人どもである。


「――銀章の冒険者も増えたな」

「近ごろは魔法職の連中が跳ね回ってますからね。ひよっこどもでも、少し無理すりゃ第三層で通用するっス」

「ふむ、魔法の交換か。確かに有用な魔法が一つでもあればだいぶ違う」

「そういうことっスな」


 他人事みたいな口調で言う司教様である。

 少し肌寒い店内では、聖職系の冒険者らしき男が別パーティーの同業者に声をかけている姿があった。呪文書を片手に、何やら熱心に頼み込んでいる様子だ。何か教えて欲しい魔法があるのだろう。


「まさか、他人がおぼえている魔法を習えるとはな」

「てめーの呪文書にないなら、他のやつのを見て書き写せばいいっス。かんたんな話っスね」

「ふむ」

「まぁ、呪文書に写しても使えるかどうかは本人次第っスけど」


 一昔前はこんな感じではなかったはずだが。気にしても仕方ない。現実としてそうなっているのだ。別に害があるわけでもない。




 酒場を出て通りを南に進む。

 東の空に日が昇っている。街は静かだ。ニンジャと司教は人通りの少ない大通りを行く。人々はまだ、温かい寝床で微睡んでいるのだろうか。


「――防寒具を買っておいてよかったな」


 呟くが返事はない。来た道を振り返る。

 少し離れた道の脇、日陰に残った霜柱を司教の娘がサクサクと踏み鳴らしている。冬の風物詩である。散歩であれば少し付き合ってやってもいいのだが、あいにく仕事だ。人を待たせている。


「アーウィア、あまり離れるな。迷子になるぞ」

「うっス、すぐ追いつくっスー」


 アーウィアは白い息を吐きながら駆けてくる。少し鼻をピスピスいわせているが、寒くはなさそうだ。冬着に高いカネを払った甲斐があった。

 俺のぶんは羊毛の肌着みたいな代物。黒装束の下に着込んでいるので、見た目に変化はない。少しニンジャがふっくらして見える程度だ。



 しばし歩いて街の中央広場に差し掛かる。ここから東西南北に大通りが延びている。昼ごろになると露店で賑わうが、今は閑散としたものだ。


 広場のど真ん中では、一体の石像が堂々たる姿で台座に直立している。たぶん偉い奴の像だろう。寒いのにご苦労なことだ。


「ふむ、これは誰なんだろうな」

「知らねーっス。そんなおっさん放っとくっスよ」


 横顔に朝日を受ける謎の人を眺める。魔術師のような長衣に、厳しい顔付き。風雨に削られた相貌には、どこか見覚えがある気がするのだが。


「――まあいいか。ディッジに聞いた話では、ここから南に行けばそれらしい建物があるそうだが」

「わたしらそっち側には用がねーっスからね。とりあえず行ってみるっス」


 広場を抜けて大通りを南へ進む。


「あそこに馬車っぽいやつが見える。あの建物かもしれん」

「そっスね。それっぽい感じっス」


 北のオズロー山脈から吹き降ろす冷たい風に、司教の娘は目を細める。

 玄関先に馬車が乗りつけている。きっとあそこだろう。ふっくらコンビは、もこもこした足並みで建物へと向かっていった。




「ねえ見てヘグン! ニンジャがいるわよ! カナタ以外のニンジャを見かけるなんて珍しいこともあるわねえ」


 目的地では三人のボンクラが俺たちを待ち構えていた。何か耳が長いのとヒゲの戦士。それにウォルターク商店のディッジ小僧だ。


「ありゃ兄さんだルー。隣に姉御がいンだろ」

「あの着ぶくれしたのは司教の姐さんですか。見てもわかんなかったです」


 まったく失礼な連中である。少しふっくらしているが、普段とそう違わんだろうに。俺はアーウィアとはぐれると謎の黒ずくめとしか見られないのだろうか。アイデンティティが揺らぐ話だ。



「すまん、待たせたなディッジ。ここが魔道具職人の工房か」

「ええ、うちらの間じゃ『ラリッサの釜』って呼ばれてます」

「でけー建物っスな。酒場とおんなじくらいあるっス」


 怪しげな建物だ。年季の入った木造平屋、高い藁葺きの三角屋根。昔話に出てくる庄屋の家みたいな佇まい。庭先に停めてある馬車の荷台はほとんど空だ。工房の中では荷解きが始まっているらしい。


「俺も手伝おう。アーウィアは先に入っていていいぞ」

「うっス、後は任せたぞヒゲ。ついてこいエルフ」

「え、カナタを手伝えばいいの?」

「おめーはヒゲじゃなくてエルフっス。さっさと来いっス」

「中に入ってろルー。俺たちゃ残りの積荷を下ろしとく」

「ヒゲの旦那、さっさと片付けちまいましょう。エルフの姐さんに構ってるとキリがねぇです」


 俺たちはわちゃわちゃしながら馬車から荷下ろしをする。寒いのだ。ディッジの言うとおり、さっさと屋内に入りたい。


「手伝いに来ました。後はそれだけですか?」


 くっちゃべってばかりのボンクラどもを見かねたのか、工房内から若い男がやってきた。ギルドの臨時職員オロフだ。いきなり寒いところに出たせいか、変なくしゃみをしている。


「よし皆、後はオロフに任せて入るとするか」

「いいから早く運べよ兄さん」

「手を動かしてくださいよ旦那。早く温まりてえんです」


 軽口を叩いたニンジャが袋叩きだ。了見の狭いことである。

 俺だって早く工房に入りたいのだ。俺も技術者の端くれだ。ここでどうやって治癒薬を作っているのか興味がある。


「ここで、治癒薬(ポーション)が作られているのか」

「原料を加工するのは北の工房っすよ。ここでやってんのは仕上げの段階らしいですね」

「まさか治癒の水薬ポーション・オブ・ヒーリングがこんな場所で……やはりこの街はおかしいです」


 我らがオズローをディスってくるオロフを無視し、木箱を抱えて男三人で工房に上がり込む。屋内では荷運び人の連中が木箱をばらして商品を取り出していた。うちの女子連中は突っ立って眺めるのみである。


「ねえ、ニンジャがいるわよ! 今日だけでもう三人も見たわ」

「ありゃカナタさんっス。見りゃわかるだろエルフ」


 冒険者の必需品でありながら、長らく品切れが続いていた治癒薬である。

 ようやく再生産の目処がついたのだ。


「おはよう! ずいぶんおそかったのね!」

「うるせーっス。わたしらは別の仕事があったんス」

「おはよう。そっちは早いな」


 荷運び人たちに指示を出しているのはラヴァルド商会の娘だ。朝っぱらから元気なことだ。客先なのだからもう少し大人しくしてほしいのだが。


「貴族に囲われていない錬金術師なんてめったにいないもの! これはまたとない儲け話よ! ここはうちもがげげげげげ!」

「こら、暴れんなっス。だからうるせーんスよ」


 アーウィアはラヴァルドの娘に掴みかかり、無理やり口を塞ごうとしている。何でもかんでも力ずくだ。まあ、言葉で言って伝わる相手ではない。好きにさせておこう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 室内ではねまわる雷魔法といい魔法書に書き写せば使える仕様といいまるでPoE 名作だよな [一言] 石を焼くだけで安全にこたつ実現可能なことにニンジャは気づけるのだろうか
[良い点] 相変わらずの、このトボけた会話センス! 唯一無二でしょう! 面白い!
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