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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
ニューゲーム編 その3
110/126

祝杯


 我らがオズローの街に領主が帰還した。

 領主といっても、むぅむぅ鳴く例の動物だ。ちょうどいい、アーウィアの司教復帰と合わせて酒宴で祝ってやることにしよう。今後の話もしないといけない。


 酒と肴を手配するため、男二人で陽気な蛙亭へと向かう。他の連中は風呂だ。せっかくの宴会、汗を流して参加しようという流れである。


「オロフ、あの娘は何者だ? 宿の看板娘ではないようだが」

「ラヴァルド商会の幹部ですよ。以前話した、宿や酒場を統括している方です。わたしが酒造りを学んだ師匠でもありますね」

「――ほう、大物ではないか。そんな歳には見えんが」


 領主邸に向かう商人たちにも食材の運搬を依頼した。馬屋を使わせてやるのだから、少しでも労働力で返してもらう。馬の世話をするのはユートのところの使用人だ。他人任せである。そっちは宴にご招待することでチャラにしよう。


「ドワーフの血が少し混ざっているそうです。やはり鍛冶と酒造はドワーフの領分ということですかね」

「そうか」

「あまり歳の話はしない方がいいですよ。親方は怒ると怖いですから」

「ふむ」


 きっとあの大声で延々怒鳴られるのだろう。なんだ、普段と大して変わらんではないか。いや、逆に小声で淡々と詰られるのだろうか。


 通りの向こうから、ほかほかと湯気を上げながら長屋娘たちが戻ってくる。

 迷宮帰りの冒険者や仕事終わりの職人たち、その他大勢の招待客も領主邸へと向かっているようだ。急な開催だが、連絡はちゃんと回っているらしい。俺たちも身支度を整えて、宴会場へ向かうとしよう。




「大司教アーウィアと新たな領主に、乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」


 夕映えに赤く染まった空の下、酒宴の参加者たちが集った。酒杯が掲げられ宴が始まる。


「ふはっ、酒がうめーっス! どんどん飲めお前ら!」


 本日の主賓であるアーウィアが麦酒のカップを手に会場を練り歩く。領主邸の敷地にある野外演習場を借りての宴会だ。机や椅子、木箱に天幕などが設置され、中央では焚き火が燃え盛っている。祭のような光景である。行ったことはないが、俺の想像する野外フェスがちょうどこんな感じだ。勝手に想像しているものに『ちょうど』も何もない。いい加減な物言いをするニンジャである。


「なあ、これは何の集まりなんだパウラ。収穫祭か?」

「知らないけど飲めるだけ飲むわよ。せっかくタダでお酒が飲めるんだから!」

「パウラさん、肉を取ってきた。一緒に食べよう!」


 若手連中は先を競うように安酒をがばがば鯨飲する。近ごろカネ回りがよくなったとはいえ、節約の日々が続いている。いい憂さ晴らしの機会だ。


「飲むわー、張り裂けるくらい飲むわー。ねえ、本当に張り裂けたらどうすればいいのかしら……?」

「程々にしてくださいよルー。長屋まで歩いて帰らねばなりませんから」

「放っとけボダイ、潰れたらユートに面倒みさせりゃ……げ、ザウランの野郎がこっち来やがった」

「ヘグンッ! どこだヘグン、隠れてないで俺と力比べをしろッ!」


 熟練冒険者の連中も騒々しく浮かれている。上半身裸の男たちがそこらで取っ組み合いを始めた。魔法職らしき女が歌いながら踊っている。焚き火を囲んで和やかに飲んでいるパーティー、なぜか地面に穴を掘り出す奴らなど様々だ。酔っ払いの見本市みたいな状況である。


「お酒がおいしくないわ! ひっどい味ね!」

「――お前のところのオロフが仕込んだ麦酒だぞ」

「なんですって!? オロフ! どこにいるのっ!? こんな泥水みたいな麦酒を教えたおぼえはないわよっ!!」


 声のでかい娘も、ギルドの経費で用意したタダ酒をかっ食らいつつ酷評である。クレーマーだろうか。これでも以前の安酒に比べると格段に改善されたのだが。


「ですよね! やっぱり、こういうときはもっといいお酒を出すべきですよね!」

「――お前は調子に乗るな」


 タダ酒が出ると聞き、のこのことやってきた女給である。客人に乗っかって喋るぶんには怒られないだろうという浅はかな考えが透けて見える。こんなに参加者が多いところで高い酒など出せるわけがないだろう。



「……先生、なのだの人が呼んでいます」

「ああ、ユートか。どこにいる?」

「……向こうの天幕です。私はアー姐さんを探してきます」

「うむ、頼んだ」


 領主様のおられる天幕に入る。

 知らないおっさんたちが酒盛りをしていた。皆、驚いた顔で闖入者のニンジャを見ている。気まずい雰囲気だ。


「――失礼、間違えた」


 ここの使用人たちだろう。知らないおっさんたちに謝罪をして、隣の天幕に入る。よかった、ちゃんと知っているお綺麗な顔だ。


「おっスー、お嬢……うおっ、知らねーおっさんばっかっス!」


 天幕の外からアーウィアの声が聞こえる。何をやっているんだ。

 そもそも、おかっぱの伝令が適当すぎたのだ。




 オズローの今後を考えるため、関係者一同が招集された。

 しこたま酒をかっ食らった酔っぱらいによる賢人会議である。開催の順序が逆だろう。ぜんぜん集まってこないではないか。


「そういえばカナタ、聞いているぞ。何を考えているのだ、勝手に教団など作ってよいと思っているのか?」

「ふむ、駄目だと言ってくる奴はいなかったぞ」


 領主様にも麦酒を勧める。また面倒なことを言い出されては困る。さっさと酔い潰してしまいたいのだが、こいつが異様に酒に強いことを忘れていた。底のない井戸みたいにがばがば酒を飲んでいるユートだ。


「だからいいという話ではないのだぞ。問題があったらどうするのだ」

「うるせーっス。お嬢は黙って首を縦に振ってりゃいいんス」

「むぅ、しかしだな……」


 領主様を相手に、額をくっ付けんばかりに顔を寄せて凄むアーウィアだ。不敬である。領主がどうとか以前に、喧嘩腰がすぎる。


「ユート、教団の話は一度忘れよう。俺たちは正当な理由があって司教を名乗るんだ。そこに関しては何も問題あるまい?」

「むぅぅ、暴論ではないか……」

「お、力比べで勝負するっスか? かかってこいお嬢」


 俺たちの真摯な説得により、悪の権力者は膝を屈した。

 謎の新興教団『ラビッツ・フット教団』は活動を黙認されることになったのだ。



「済んだ話はいいとして、ゼペルではどうだった」


 いくら待っても会議の出席者がまるで集まらんので、仕方なく先に始めることにする。新たに増えたのは使用人のマッシモ氏のみだ。部外者である。


「うむ、すでに決まった話だったのでな。爵位を授与されて終わりだったのだ」


 ユートはマッシモ氏から酌を受けている。葡萄酒だろうか。人を集めておいて自分だけいい酒を飲んでいる。ちょっとどうかと思う。


「あのお嬢様が領地を持たれる日が来るとは。経緯はどうあれ、このマッシモ感慨深い思いでございます。ああ、もうお嬢様とは呼べませんな。おめでとうございますジェベール男爵」


 妙に威厳のある初老の使用人は、主の酒杯にばかばか酒を注ぐ。その酒杯を主がばかばか乾すものだから、見ていて忙しない。もう壺から飲めと言いたくなる。


「ちょっと待て。何だ経緯とは。おめでたい話ではなかったのか?」

「ん、ああ――」


 ユートが目を逸らした。すかさずアーウィアが視線の先に回り込む。


「カナタさん、このお嬢なんか隠してるっス。口を割らせるっスか?」

「むぅ、顔を近づけるでない。酒臭いのだ」

「飲みながら言ってんじゃねーっス。頭を割られる前にさっさと喋るっス」


 何というか、普通にゴロツキである。




「ここオズローのことが周辺領で問題になってな。この街は扱いが難しいから領地としては、ほとんど名目だけだったのだよ。何せ、一度入ったら出られる保証さえない。そんな土地など、あってもなくても一緒なのだ」


 元々このオズローは、神の作ったレトロゲーシステムに支配されていた。

 そのせいで世界との間にあるズレを隠蔽し補正する、神の欺瞞と呼ばれる仕組みもあった。その効果の一つが、強力な意識の操作である。


「――神の欺瞞が薄れたせいか」

「うむ。支障なく出入りできるとなれば、普通の領地と変わらんのだ。傍から見れば、街が丸々一つ増えたようなものだね」


 長年、開かずの間と化していた部屋の扉が急に開いたような話だ。お得な話である。


「そんなもん黙っときゃバレないっス」

 アーウィアは手酌で葡萄酒を飲んでいる。狼藉者だ。一言断ってから飲むとかあるだろうに。ユートもマッシモ氏も怒ったりはしないだろうが、保護者として忸怩たる思いである。


「お嬢様が一年ぶりに戻られた日、お屋敷で大騒ぎなされましたので。そこから口伝てに周辺諸侯の知るところとなりました」

「むぅ、それは黙っていろと言ったではないかマッシモ……」


 お綺麗な顔の男爵様が唇を尖らせている。お前のせいではないか。


「とにかく、オズローがまっとうな領地になったのなら子爵領として不相応な広さだと言い出してな。分領されよと執拗に迫られていたらしい。領地を割って力を削ぎたいのだ。とはいえ、身元の不確かな相手に領地を差し出すわけにもいかん。であれば、娘の私に継がせようという話になったのだ」


 話をまとめよう。兄貴のシノギがでかくなって目を付けられた。シマを減らせと言われたので、だったら舎弟のお前にこの店を任せる、という流れだ。


「カナタさん、わたし葡萄酒も気に入ったっス」

「ふむ、では帰りに一壺もらって帰るとするか」

「――二人とも、その酒は私のだぞ?」


 話の腰を折られたユートは困り顔だ。たとえ街を一つ持っていても、やはりそういうのは気になるらしい。


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