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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
ニューゲーム編 その3
108/126

二枚の羽根


 オズローから西門を抜け、なだらかな丘を登った場所。

 石畳に覆われた広場に、小さな礼拝堂に似た建物がある。


 この街に住む冒険者たちには馴染みの、迷宮入り口前広場だ。早めの昼食を済ませた冒険者パーティーが数組、迷宮前広場に集まっている。これから迷宮探索に向かう新人たちだ。

 取り決めがあるわけではないが、自然と五人から六人で一集団となった。伝統的な探索パーティーの形式は引き継がれているらしい。



「今日はわたしたちのパーティーが西地区の探索ね」

「そっちは枝道が多いな。不意打ちに気を付けろよ、パウラ」

「わかってるわよステラン。うちの斥候だって優秀なんだから」

「……そうかよ」


 パウラ嬢の言葉に、ステラン坊主の表情が曇る。聖騎士の娘はにやにやと人の悪い笑みを浮かべて、青年の頬を指でつつく。胸焼けのする光景だ。


「まーたやってるっス。よく毎日飽きないもんスね」

 隠れて見ていたニンジャの隣、ゴロツキの娘がふすんと鼻息を吐き出した。

「適度な距離感が長続きの秘訣だそうだ。あの娘が言っていた」

「なんスかそりゃ。若造の方はすっかり手玉にとられてるっスな」

「ああ、意外と悪女の素質があるのかもしれん」


 彼らはそれぞれ別のパーティーで(リーダー)を担当している。先日まで小鬼狩りを率いていたステランと、ギルドの秘蔵っ子であるパウラ嬢だ。戦力バランスを考えると、そうなるのは当然だろう。


「しっかりしてよねステラン! そっちの斥候役は自分でしょ」

「わかってるって。今日こそ長衣(ローブ)を手に入れてやるよ!」

「もう、無理はしないでよ。第一層じゃ罠が一番あぶないんだから」


 最近の当たりアイテムは長衣である。布地は買い取り額が高いのだ。

 この世界には、糸車もなければ織り機もない。ずらっと並べて吊った縦糸に糸巻きで横糸を通し、地道に手作業で生産される。極まった蛮族文明である。それが迷宮では、完成品がぽろっとドロップされるのだ。どうかしている。

 修正値の付いていない長衣など防具として役には立たない。冒険者にも需要はなく、売値も低かった。それにオロフが目を付け、新たな輸出商品としたのだ。迷宮で蟻や蝙蝠を狩って長衣を売る。行動と結果が繋がらない謎の繊維産業である。


「あいつらが若手の代表で大丈夫なんスか? さっきから、くっちゃべってばっかで迷宮探索が始まらんス」

 アーウィアは難しい顔で腕を組んでいる。鼻がかゆい柴犬みたいな顔だ。喋ってる暇があるなら手を動かせという感じだ。パートのおばちゃんみたいである。


「心配するな。そのために育てていたのだ」

 パウラ嬢がこちらに気付いた。飾りっ気のない顔に深みのある笑みを浮かべ、親指を立ててくる。こちらも答礼に親指を立てる。最近よくやっているが、このやり取りは一体何なのだろう。


「パウラさん、皆の準備ができた。出発しよう」


 戦士風の若者が幼馴染コンビの間に割って入った。見覚えのある顔だ。先輩一号だったか二号だったか。特徴のない命名をするとこういう時に困る。保守性が悪いのだ。自業自得であろう。


「それじゃ行くわ。またねステラン!」

「……おう」


 盗賊の青年に手を振って、聖騎士の娘は自分のパーティーに戻っていく。

 今やパウラ嬢は、冒険者ギルド青年部のアイドルだ。ヘグンらによる集中特訓でレベルは高く、本人も世話焼き体質。そしてギルドから準幹部として認められた若手代表の片割れだ。委員長キャラみたいな娘である。

 この娘がアホみたいにガンガン迷宮に入っていくので、他の連中も負けじと探索に精を出すようになった。一時期、ステランのストーカーっぽくなって探索者ギルドを出禁になった過去が嘘のようだ。オロフからこっそり教えてもらった、彼女の黒歴史である。


「――負けてらんねぇよな。みんな、用意はいいか? 俺たちも行くぜッ!」

 盗賊の青年は立ち上がり、仲間たちに声をかけた。



「アーウィア、俺たちも用事を済ませに行くとしよう」

「そっスな。今日もなんだかんだ忙しいっス。さくさく行きますか」


 アイドルでも委員長でもないアーウィアを連れて丘を下る。

 ステランの小僧もパウラ嬢と一緒に、新人たちの代表にしてやった。ニンジャとかいう例外は別として、斥候系の職業はレベルが上がりやすい。遠からずパウラ嬢と肩を並べることになるだろう。それまでは、彼女の掌で転がされつつ努力していただきたいものだ。



 西門からオズローに入り、ギルドの交易所前を通りかかる。天幕を覗くと、オロフのやつが不定形のアイテムを手に鼻を鳴らしていた。傍らにはディッジもいる。


「そうじゃねーって。ちゃんとアイテムの形とか名前を嗅ぐんだってば」

「無理を言わないでください。鼻ですよ?」


 専門家に指導を受けながら鑑定の練習をしているようだ。苦労しているらしい。俺も罠判別で匂いを嗅ぐが、あれは感覚を掴むまでが難しい。他人に言葉で説明するのはちょっと無理だ。

 邪魔をするのも悪い。そのまま俺たちは天幕を離れる。


「ありゃ筋が悪いっスな。数をこなして鼻におぼえさせるしかねーっス」

「ふむ、同じ商人だから上手くいくかと思ったが。まったくの素人だな」

「それでも何回かは成功したらしいっスよ」

「よくわからんな。まぁしばらくは様子見か」


 ここしばらく、午前中は宿や酒場、飯屋などで手伝いをし、午後はこうして商店の手伝いをしているオロフだ。ウォルターク商店の番頭といい、世間を騒がせた罪で奉仕労働をさせられる商人がこの街の名物になってきた感がある。




 ユートの家に上がり込み、いつもの面々で円卓を囲み茶をすする。

「さて、問題のアーウィアについてだが――」

「あァ? ユートのやつに言って何とかさせるしかねェんだろ」

 ヘグンは渋い顔で茶をすする。茶といっても香草を煮出した癖の強い代物だ。この手の匂いが苦手なヘグンの口には合わないらしい。


「それができねーから困ってるんス。舐めんなよヒゲ」

「む、すまねぇ、姉御……」

「これアーウィア、ヘグンに当たるんじゃない」

「うっス、すまんヒゲ」


 ちょっとアーウィアが荒れ気味だ。きっと最近はストレス続きで気分が落ち込んでいるのだろう。この騒動があるまでは素直でいい子だったのだ。はやく元に戻してやらねばならん。


「そのユートはどうしたのですか? 姿が見えぬようですが」

「お嬢様はご用事でゼペルに戻られております」

「あ、失礼。そうでしたか、お嬢様は、その、お出かけでしたか……」


 マッシモ氏の返答を聞いてボダイが慌てている。今さらユートを呼び捨てにするのに気を使う必要はなかろう。ちょっと偉いだけの愉快なアレだ。


「そっちの話も関係あるが後だ。僧院の訴えが通ってしまった以上、勝手に司教は名乗れん。であれば、別の方法で無理を通すしかない。ニコ」

「……はっ」


 静かに茶をすすっていたおかっぱドワーフが、頭に載せていた木箱を円卓に置く。蓋を開け、詰まった藁の中から取り出されたのは白く丸っこい焼き物。


「これは――豚かしら?」

 ルーが首を傾げる。そう言われてみると、貯金箱とか蚊取り線香を入れるやつみたいな感じだ。このエルフにしては目の付け所がいい。


「これはフォトラ神の使い、聖なる獣の像だ。これを崇めることにする」

「――はて、そのような教えがあったでしょうか? わたしが知らぬだけかもしれませんが……」

 今度はボダイが首を傾げる。


「知らなくても不思議はない。うちの教団の教えだ」

「はぁ……いま、何と?」

「だから、うちの教団はそういうことにする」

「いえ……うちの教団?」


 ボダイはくねくねと首を捻る。面白い動きだ。真似をしてルーも首をくねくねしている。逆さにしたら別の絵になるやつを見ている人たちみたいな感じだ。


「ああ、もう面倒くさいから教団を立ち上げる。『ラビッツ・フット教団』だ。アーウィアはそこの司教に任命する」


 木箱に残されていたガチョウの羽根を二枚、丸っこい焼き物に空いた小さな穴に差し込む。白いウサギさんの完成だ。雪だるまの亜種とか和菓子とかでよくあるデザインである。


「ふむん、なかなかいい出来っスな」

「……かわいいです」

「いいわね! 耳が長いわ! 長くていい耳だわ!」


 やはり女性陣には受けがよろしいようだ。好評である。工房のノームたちにも礼を言わねばならん。


「とはいえ場所もない。街中にいくつか祠を建てて、同じものを置いておく。それを拝めばじゅうぶんだろ」


 お地蔵さんスタイルの信仰だ。あまり大事にするとまた面倒事に発展するのが目に見えている。俺たちには教団として最低限の実態だけあれば構わんのだ。


「おうボダイ、勝手にそんなことしていいのか?」

「いえ……どうでしょう」


 僧侶が本職のボダイも困惑している。それはそうだろう。クアント僧院のライアザール司教に同案を聞かせたときもそんな反応だった。


「心配するな。じきにユートが正式にオズローの領主になる。この街から出さなければ何をしても問題ない」


 ようやくアーウィアを司教に戻してやれる。ここまで長かったものだ。盛大にお祝いをしよう。ついでにユートの出世祝いである。


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