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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
ニューゲーム編 その3
106/126

善人


 吐き出す息もまだ白い、底冷えのする朝方。衛兵どもが長屋にやってきた。

 我らがオズローを統べる代官が呼んでいるそうだ。冒険者ギルドと探索者ギルド、両組織に関わる話があるらしい。すぐに出頭せよとのことだ。


 ついに事態は風雲急を告げる。事によっては――




「アーウィア、寒いだろう。外套を取りに戻った方がいいのではないか?」

「大丈夫ですよ。はやく行きましょう」


 アーウィア成分の低いアーウィアを連れて、朝ぼらけのオズローを歩く。

 散歩には早い時間だ。隣の娘も鼻をピスピスいわせながら白息を吐いている。



 出向いた屋敷には関係者が集められていた。ユートとオロフ、そして僧院からはライアザール司教がご出席だ。うちのギルド代表はボダイだと言っているのに呼ばれていない。もうちょっと当方の建前を尊重していただきたいものだ。


 円卓を囲む者たちは、皆一様に真剣な面持ちだ。何か面白いことをする空気ではない。場を和ませる小粋なジョークなど考えてきたのだが仕舞っておこう。このタイミングではない。寝かせておけば味が染みるはずだ。



「二人を呼んだのは他でもない、両ギルドの話なのだ。互いに冒険者の支援をしていただろう? 探索者ギルドの方が困窮して首が回らんそうなのだ」


 ユートは偉そうな格好で椅子に腰掛け、偉そうに発言する。何となくビジュアル系バンドの宣材写真みたいな雰囲気だ。相変わらずお綺麗な顔である。


「ほう、それは大変だな」

 今さら何だという話だ。マネーゲームを仕掛けてきたのは奴らの方ではないか。


「――わたしの力が及ばず、探索者ギルドを維持できなくなりました。開店準備に用意してきた資金が底をつきそうなんです……」


 オロフは円卓に肘をつき、深刻そうな顔をして両手で口元を覆っている。鼻をかんでいる人みたいなポーズだ。もしくは隠れて何か食っている人である。たまにルーとかがやっている。何を食っているのかは不明だ。知るのが怖い。



 アーウィアと視線を交わす。

 大店の商人がそんな行き当りばったりな手を打つはずがない。降参すると見せかけて何か仕掛けてくるのだろう。そんなことをアイコンタクトで語り、頷き合う。


「儲けもないのに冒険者どもに手を貸してカネを使い果たしたと? にわかには信じられん話だ」


 オロフの目を見て、言い捨てる。茶番に付き合ってやるつもりはない。朝早くから、こんな状況を用意したのだ。さっさと本命の策を出せばいい。


「――ええ、そう思われるのも無理はありません。初めからお話ししましょう」

 オロフは顔を上げ、滔々と語りだした。




「わたしはラヴァルド商会で働いております。宿や酒場などの商いを取り纏める方の下におりました。この街のオズロー鳥に目をつけ、うちの料理に活かすため産地で調理法を研究する目的で派遣されました」


 これにはアーウィアと揃って苦笑いだ。何を言い出すかと思えば。

 この街を乗っ取る計画であることは調べがついている。それが料理の研究などと、ずいぶん捻った隠れ蓑を用意してきたものだ。


「大きな仕事を任され、期待を胸にオズローへ向かったのですが、ゼペルからの道中で二度も魔物に襲われたのです。生きた心地がしませんでした……」


 ふむ、うちの近所には小鬼(ゴブリン)だの瘴気蜥蜴(バジリスク)だのがうろついているからな。そこは事実かもしれん。嘘を付くときは時折、真実を混ぜてやるのが鉄則だ。


「いくつかの荷を捨て、命からがらオズローにたどり着きました。酷く憔悴したわたしは神に祈るべく僧院を頼ったのです。そこで耳にしました。この街には魔物の討伐を生業にする勇敢な若者たちがいると」


 新人どものことだろう。森で枝拾いをしつつ小鬼を狩るだけの簡単なお仕事だ。


「彼らは冒険者と呼ばれ、凶悪な魔物相手に命がけで立ち向かうそうです。そんな若者たちの存在に、わたしは感動しました。しかし、冒険者ギルドなる組織に僅かな報酬で酷使されているそうではないですか。わたしは彼らの手助けができないものかと考えました。彼らほどの猛者であれば、冒険者ギルドなどに頼らずともやっていけるでしょう」


 オロフは神妙な顔で俯いた。役者である。徹夜で考えた話だろうか。ずいぶん新人どもを持ち上げているが、奴らが狩れるのは小鬼くらいだ。瘴気蜥蜴が出たら尻尾を巻いて逃げるしかあるまい。


「わたしは、彼らのための組織を立ち上げることに決めたのです。僧院の方々や、ギルドの職員だという女性も手を貸してくれました。部位買い取りなる仕組みを知り、わずか銅貨二枚ですが報酬を上乗せしました。こちらのギルドを通して討伐が行われる形です。いずれ冒険者ギルドから依頼者を奪うための下準備でした」


 残念だが小鬼狩りの依頼者はうちのギルドだ。公共事業である。

 いや、そのくらいは当然知っているだろう。うちの仕事をほっぽらかして小遣い稼ぎのバイトをしていた駄犬から聞いているはずだ。


「そんな中、小鬼狩りの一行に冒険者ギルドからの密偵が入ったという知らせがありました。そしてヨーナスという若者が腕の骨を折る重傷を負ったのです。わたしは恐怖しました。まさか、見せしめに腕を折るとは……」


 だから原因は猪だと言っただろう。話を聞かない男だ。いや、当然知ってて難癖をつけているのだろう。


「このままでは危険だと感じました。しかし我らに対抗できる手段はありません」


 重苦しい溜息をつくオロフに代わって、ライアザール司教が口を開く。


「――そこで、儂が言うたのでな。こうなっては代官殿に庇護を求めるしかなかろうと。そのために儂の名前を使ってくだされとの」


 ニンジャが視線を向けると、老司教はおどおどと顔を伏せた。こいつも役者だ。まったく、よくもこんなホラ話を真顔で話せるものだ。


「しかし訴え出るにしても証拠がありません。そこでやむなく、ライアザール司教殿の名を借りて無関係な訴えを起こし、同時に誓約書の発行も願い出ました。代官様のご威光を借りてギルドを牽制しようとしたのです。我らは弱者ではない、と」


 それはご苦労なことだ。俺たちにとってユートは、代官以前に顔のお綺麗なだけのむぅむぅ星人である。威光など感じたことがない。


「しかしその後も、いろいろと問題が重なりました。ギルドからならず者の集団が睨みをきかせに来たり、なぜか僧院にきのこが生えてきたりと……」


 猟兵の集団を貸してやったのは、ちょっとした遊び心だ。きのこは俺たちの仕込みだが、最近は何もしていない。そちらが棒で叩きまわっているせいで胞子が飛んで次々生えてくるのだ。袋を被せて森にでも捨てに行けば済む話だろう。


「おまけに最近、冒険者ギルドが発行したという不思議な硬貨が大量に出回りまして……。よくわかりませんが、わたしが持ち込んだ金貨まで価値が薄れてしまったようなのです。気付けば開店資金が足りなくなっていました」




 語り終えたオロフは、何やらすっきりとした顔をしている。いや、これは色々なものを諦めた顔だ。まさか本当に降参なのか?


「わたしは商人といいましても、宿や酒場しか知りません。十九までは酒造りを学んでいましたので……」


 聞かれてもいない生い立ちまで語りだす。終電を逃して開き直った人みたいな感じだ。『もうどうにもならんから歌でも歌うか』といった心境だろう。


「それで、なぜ俺たちが呼ばれたんだ? 冒険者ギルドに張り合ってカネがなくなったと言われても、知ったことではない」


 わざわざ人を集めてまで恨み言を聞かせたかったのだろうか。行動力は大したものだが、さすがにどうかと思う。


「両ギルドで交わされた誓約書があっただろう? アレを手放すので、カネを貸してくれと言ってきたのだ。私の名で交わされた誓約だからな。自身の取り立て分を私に譲りたいという話なのだ」


 ユートは面倒くさそうな顔で自分の爪を弄っている。興味のない話に付き合っている女子大生みたいな感じだ。知らない人の話とかであろう。



 ふむ。

 ようするに、債権を整理するための話し合いだったのか。何だか俺が聞かされていた話とずいぶん状況が違うようだが。

 隣のアーウィアに目を向ける。なんか蛙みたいな顔をして大人しく座っている。知性とかいうやつが感じられない。ほれ、何か言え。


「――変です、まだ財産を隠しているはずです! お嬢に送ったやつは――!」

 声を震わせながら、アーウィアは悪の商人に指を突きつける。


「え、ああ……恥ずかしながら、わたしはまだ独身でして。いい女性がいれば贈り物にしようと思って持ち込んでいたのです。正直どうかとは思ったのですが、代官様にお目通り願うのに献上品も持たずというわけにもいきませんので……」


 オロフは居心地悪そうにして、頬を赤らめた。

 事情を聞かされたユートは微妙な顔である。


「――アーウィア」

「……なんですか?」

「もしかして、この男は――普通の人ではないのか?」


 俺の問いかけに答えず、アーウィアは蛙みたいな顔で押し黙っている。


「そもそも、この誓約書は何なのだ。腕くらいボダイに言えばすぐ治るだろう?」

「まあな」


 せっかく秘密にしていたのに、あっさりとバラしてしまうユートだ。オロフの奴とライアザール司教は揃って首を捻る。どう見ても素だ。やはり、こいつらは何も知らんのだろう。


「それに、先程その商人が言っていたギルドの硬貨とやらは何なのだ。街の様子がおかしいという話は私の耳にも入っているぞ。二人とも、また何やら企んでいたようだが……」

「ああ、アレは問題ない。もう用済みだから回収させる」


 いい加減、俺も理解した。これは不幸なすれ違いだったのだ。

 黒幕だと思っていた連中は本当に何も知らんのだ。苦肉の策がたまたまアーウィアに刺さっただけだ。勝手に俺たちが深読みをしていただけである。


「回収するといっても、どうするのだ。相当広く出回っているそうではないか」

「ふむ、どうするのだ、と言われてもな」


 どうするのだろう。俺はアーウィアに視線を向ける。

 えらい大仕掛けで罪のない商人を追い込んでいた俺たちだ。完全に計算違いである。ちゃんと後片付けできるのだろうか。


「あ、う……」

「大丈夫かアーウィア?」


 アーウィアはもう一杯いっぱいだ。限界まで膨らんだ風船みたいな状態である。針が刺されば爆発しながら飛んでいきそうな感じだ。


「わ……わたしは知らねーっス……」


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