聖獣の像
オズロー焼の蛙像は、飯屋の店先に飾られることとなった。
陽気な蛙亭の新たな守り神である。期待の新人だ。これからは、この蛙と看板娘の二本柱で店を支えていくことになるだろう。
「ふむ、よく似合っているではないか。ちょっといい料亭みたいな感じだ」
「蛙といえばお酒ですから。店の名前にもぴったりです」
アーウィアと並んで蛙を眺めつつ、エルフに殴られた頬を擦るニンジャである。俺たちを蛙から助けようとしての行動だから怒るわけにもいかん。悪気はないのだ。
「やはり釉薬の仕上がりが良くないの。ムラが出ておるわ」
「いいではないか、それも味だ」
白ナマズが白蛙をぺたぺた触っている。牧歌的な風景だ。児童向けの図鑑とかで『いけのなかまたち』とか題されてそうな感じである。
信楽焼の狸みたいな雰囲気である。置いているだけで何となく、一段上の風格が醸し出されるのだ。少しだけ薬局っぽい感じがするのは気のせいだろう。ノームの爺さんは不満そうだが、テラテラした質感も蛙っぽくていい感じだ。
「ねえ、ほんとうに大丈夫なの? 魔物でしょう?」
「心配するなルー。これは作り物だ、その石を捨てろ」
虎視眈々と蛙像の破壊を目論むエルフである。いくら悪気がないとはいえ、俺もさすがに石で殴られたら笑って済ませられる自信がない。
「これと一緒に、オズロー焼の杯も作って売り込みます。そっちが主力の商品ですね。神々が酒を飲むのに使った杯だって触れ込みでいきます」
「ふむ、交易品か。蛙とお揃いにして価値を高めるわけだな」
この世界では、神の酒杯が蛙に化けたという伝承がある。酒にまつわる縁起物だ。なるほど、焼き物を売り込むためのイメージ戦略としては悪くない。
「ただ白いだけじゃ駄目ですからね。ちゃんと売り文句も付けてやるんです」
「ふむ、この色は簡単には真似できんだろうしな」
オズロー鳥の販売でも使った手ではある。
この街で作られる製品は出処の怪しいものばかりだ。信用に頼った商売など不可能。口先三寸のハッタリで勝負するしかないのだ。
「……うっすー、そっすー、ちげーっすー」
「じっとしていろ。少し髪型を調整する」
「……うっすー」
俺も負けてはいられない。ドワーフ娘の頭に括り付けた藁を弄り回す。やはり俺たちは創意工夫で乗り切るしかないのだ。
「アーウィア、白い長衣は余ってないか?」
「部屋着にしているのでよければありますけど……」
「それを貸してくれ。こっちのアーウィアに着せて完成度を上げたい」
俺が作っているのは、ドワーフ娘を素体にした代用アーウィアである。最近、アーウィア成分の供給不足が深刻化している。仕方なく、こういった形で補っているのだ。自給自足である。
「はぁ……構いませんけど」
若干、もの言いたげな視線を向けてくるメイン・アーウィアだ。ふむ、こうして見比べると藁を被せているだけでは物足りないな。馬の毛とかで本格的なウィッグを作るべきだろうか。
「はは、心配するな。このアーウィアはあくまで応急措置だ」
ちゃんとメイン・アーウィアの出力が回復すれば元に戻す予定である。原状回復ができる範囲でしかカスタムしていない。釘など打っていないので敷金も戻ってくるだろう。
「……うっすー、そっすー、ちげーっすー」
うむ、やはりいいものだ。まだまだ改善の余地はあるが、だいぶアーウィアに近付いてきた。暗い部屋とかだったら見間違う程度には似ている。俺のアーウィア・ゲージも少しずつだが回復してきた。
酷く痛々しいものを見るようなアーウィアの視線を頬に感じつつ、サブ・アーウィアのセッティングを続けていると、俺の探知スキルが警戒を伝えてきた。
顔を上げてきょろきょろと索敵。飯屋の客に、見知った顔が混ざっているのに気付いた。
「見てみろアーウィア。奴がいるぞ」
「え、ああ……あの商人ですか」
「……うっすー、そっすー」
オロフだ。こそこそと周囲を気にしながら入店。飯屋の娘にオズロー貨を支払って席に案内される。椅子に腰を下ろし、ぐったりと項垂れた。ずいぶんお疲れのご様子だ。少し痩せただろうか。
食糧の輸入と貨幣のインフレにより、急速に外食産業が発展しているオズローだ。この街で暮らす以上、奴とてこの波に逆らうことはできまい。
あまり敵と顔を合わせるのもよろしくない。一同は解散、俺とメイン・アーウィアは連れ立って酒場へとやってきた。
「あっちのギルドも一役買ってくれましたね。銅貨の扱いが増えるよう、細工した甲斐がありました。耳の買い取り代金はすぐオズロー貨になったみたいです」
「ふむ、そうか。まぁ飲め」
隙あらば真面目な話ばかりしたがるアーウィアだ。最近はずっとこんな感じである。きっと無理をしているに違いない。せめて好物の安酒くらいは好きなだけ飲ませてやろう。
「おカネの動きがよくわかりましたよ。あの商人が持ち込んだのは金貨です。僧院への奉納金と交換で、銀貨や銅貨に替えてたみたいです」
「そうか、なるほどな。何かつまめる物でも頼むか? 少しくらいなら高い酒を飲んでもいいぞ」
奥の方の席に珍しい二人連れがいた。パウラ嬢とステラン坊主だ。
ツンデレの方はともかく、ヘタレ坊主が酒場にいるのは珍しい。眺めているとパウラ嬢と目が合った。何やら不敵な笑みで親指を立てて見せてくる。よくわからんが、ニンジャも親指を立てて同じサインを返しておく。
「あの商人が賄賂に使ったのも、どれもかさばらない高級品でした。小さくて価値の高い品を選んで持ち込んだはずです。現金も同じですね。ラヴァルド商会からの追加もないみたいです。西門の衛兵に聞き込みをしました」
「結果、奴らの資金にもオズロー貨で介入できたわけだな」
ちゃんと話は聞いている俺だ。こういうときに生返事ばかりしていると教育上よろしくない。子供というのは親が思っているより物事を考えているのだ。
アーウィアの調査により、敵の狙いが見えてきた。
奴らは冒険者ギルドのみならず、この街ごと乗っ取るつもりだ。謎の肉を買い付けつつ、外から持ち込んだ贅沢品を売りさばいて、こちらの儲けを回収する。
いずれこの地域には不作の影響が現れるだろう。飢饉になれば、贅沢品など何の価値もなくなる。食うものがない状態で、香水だの宝石だの持っていても役に立たんのだ。奴らはそれを見越して、近々暴落するであろう贅沢品を売り込んできた。オズローで店を開きたいという話も計画の一部だろう。
オロフはこの街の人間ではない。ゼペルに拠点をおいている。
思い返せば、ゼペルでは領内から資源の持ち出しを制限していた。我らがオズローを統べる成金むぅむぅ道楽娘と違って、ちゃんと考えているからだ。あの様子だとユートは贅沢品のヘビーユーザーと化すだろう。まったく、街の偉いやつが率先して貨幣を流出させてどうする。贅沢品でオズローが滅ぶぞ。
アーウィアが仕掛けたのは、この街すら駒にしたマネーゲームだ。
貨幣を動かし、資源を変換して、悪の商会と現金で殴り合うゲームである。
俺にはよくわからん。もし危険が迫ったら、アーウィアを連れて夜逃げするだけだ。
きっとニコあたりは付いてくるだろう。他の連中とはさようならだ。未練がないとは言わんが、覚悟はできている。きっと後悔はしないだろう。
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こんばんは、オージロ・カナタさん。
お元気ですか? 女神は徹夜中です。
はやくも二徹目です。
胃がエェーってなるこの感じ、ご存知ですか?
女神といえど睡眠は必要なのです。できれば、たっぷりと。
それはともかく、ひさしぶりのアップデートです。
ちょっと待機時間ができたので、勢いで仕上げてみました。
それでは、引き続きこの世界をお楽しみくださいませ。
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