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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
ニューゲーム編 その3
102/126

地に芽吹く


「いいぞステラン、こっちに追い込め!」

「よっし、任せろ! 遅れるんじゃないぞ!」


 新人冒険者たちが右翼に展開、敵を待ち伏せる。ステランに率いられた軽装の男たちが疾走。機動力を活かして左翼から回り込み、敵集団を誘導していく。羊の群れを追い回す牧羊犬のような動きだ。


「囲んだぞ! 逃がすな、一気に仕留めるぞ!」

 牧羊犬の(リーダー)が号令を飛ばす。挟撃が成功し、敵の殲滅が始まった。


 彼らが狩っているのは小鬼(ゴブリン)ではない。

 なぜかクアント僧院の庭に大発生した、歩くきのこである。




「困ったもんですねぇ。毎日にょきにょき生えて、キリがないです」

 遠巻きに眺める女給が他人事のように言う。


「生えてくるものは仕方ありませんっス」

「うむ、きのこも人間の都合には合わせてくれまい」


 近所の人に混ざり、俺とアーウィアも通りから僧院を眺める。庭を駆け回るきのこと、それを追う武装した若者たち。季節柄、きのこ狩りと運動会の同時開催みたいな感じである。観戦する野次馬たちも、お気に入りの選手を決めて応援しているらしい。ステランの奴もなかなかの人気を集めている。赤くて足の速いきのこに迫る勢いだ。


「一匹捕まえると銅貨三枚だってさ」

「あたしもやってみようかしら?」

「いや、見た目ほど簡単じゃねぇよ」


 時刻は昼を少し過ぎたころ。どこからか鍋を持ってきて、軽食の屋台を開く奴まで出てきた。娯楽に飢えたオズローの住人たちだ。ちょっとしたお祭り感覚である。


 とはいえ、誰もがのん気に観戦をしているわけではない。きのこの発生源となった僧院の関係者は渋い顔だ。法衣姿の若い僧侶たちも、不安そうに庭の様子を見守っている。


 そして、僧院の関係者といえば、しばらく前からここに出入りしている男がいる。ゼペルから来たという若い商人の男だ。



「やあ、ごきげんようオロフ! 今日もいっぱい生えたな!」

 軽く挨拶などしてやる。名前を呼ばれて野次馬たちから注目を浴びたオロフは、眉を寄せて居心地の悪そうな顔をした。


「あぁ、ゴザールさんですか。まったく、どうなっているのか……この街ではよくあることなのですか?」


 言外に、『俺は無関係だ』と言わんばかりである。我らがオズローの地に問題があるとでも言いたいのだろうか。失礼な男だ。


「どうだろうな。きのこの事情はきのこに聞くしかあるまい。きっと奴らが好む何かが、この場所にあるのだろう」


 こちらも適当なことを言ってやる。この商人が何を言おうが、きのこが生えているのは事実なのだ。口先でどうこうなる話ではあるまい。


「えっ、何ですかそれ。身体に悪いものじゃないですよね? わたし毎日ここに来てるんですけど!?」

 大声であらぬことを叫ぶ女給に、オロフと僧侶たちが眉をひそめた。


「さあな。さすがに身体から次々と妙なきのこが生えたりはしないだろうが……」

「ちょっと、やめてくださいよ! わたしそんな死に方したくないんですけど!」

「それにしても薄気味の悪い話だ。どうして急にこんなことになったのやら。悪いことが起こらないといいのだが……」


 サスペンスドラマに出てくる信心深い老婆みたいな感じになっているニンジャである。これから起こる惨劇を予見するだけの役だ。台詞は少ないが演技力が試される。周りにいる野次馬たちも『そんな馬鹿な』みたいな反応だ。お約束である。


「ゴザールさん、ちょっとそういったお話は……」

 焦った様子でオロフが口を挟む。


 むやみに不安を煽るようなことを言う連中である。関係者のオロフとしては、たまったものではあるまい。もっとも、女給のやつも半分くらい僧院側の関係者なのだが。



「――すみません、クアント僧院で剣を振り回している連中がいるんです。物騒なんで、やめさせてくださいっス」


 いつの間にかアーウィアは人垣の向こうに移動していた。通りがかった衛兵と、何やら立ち話に興じているようだ。




 ステラン連中に倒されたきのこたちが、山のように積まれていく。死屍累々だ。まるで八百屋のごとき凄惨な光景である。一山いくらで売り買いされるのだろう。


「そろそろ片付きそうですね。報酬の用意をお願いします」

「はーい、わたしも終わったら帰りますねー」


 ひどく疲れた様子のオロフに指示されて、女給がうきうきと走っていく。カネを触っているだけで幸せそうな顔をする女だ。得な性格である。きっと、ちょろまかそうと思えばいつでもちょろまかせるという環境に満足しているのだろう。



 昼飯時もとっくに終わり、見物人たちも各々の用事で去っていった。

 今日のきのこ狩りは時間がかかった。なぜか衛兵から指導が入り、途中から討伐部隊の得物が棒きれに変更されたせいだ。街中でむやみに剣など振り回すな、という話である。当たり前だ。


「アーウィア、俺たちも帰るとしよう」

「はい、皆が待っていますっス」

「――うっス、でいいんだぞ?」


 どうにも気になってしまう。似せようと努力しているようだが、アーウィアになり切れていない。語尾だけ変えればいいというものではないのだ。


「――はい、気を付けます」


 小娘はニンジャの目を見て、寂しげに微笑んだ。同一人物のくせに、どうしてここまで芸風を変えられるのだろう。芸の幅が広いやつだ。おかげで、激しい飢餓感のような何かに襲われている俺である。


 ニンジャは僧院を振り返る。小柄な老人が窓際に立ち、ぼんやりと庭の様子を眺めていた。ライアザール司教だ。アーウィアから『司教』の力を奪った、敵の首魁である。




 長屋の連中と合流し、陽気な蛙亭で晩飯にする。

 本日の献立は、豆と香草が入ったオズロー鳥のスープだ。固くてデカいパンを力任せに引きちぎり、浸しながら食べる。体力を使う食事だ。


「僧院がきのこの苗床になるとは。おかしな話もあったものですね」

 ボダイは怪訝な顔で首をひねる。


「近付くんじゃねぇぞ、ルー。あのきのこは食えねェからな」

「おいひいわ、おいひいわ」

「……聞いてませんよ。ちゃんと見張ってないと危険です」


 食料調達が上手くいったおかげで、この飯屋の献立もだいぶ改善された。ラヴァルド商会との定期交易も始まり、本格的に食糧が出回るようになったのだ。日替わりメニューを楽しむ余裕もある。ルーも毎日幸せそうだ。やはりちゃんとしたメシだと食い付きが違う。


「俺たちは今日も用事がある。ルーの世話は頼んだぞ」

「そりゃ構わねぇが……こうも毎日、何をやってんだ?」

 ヘグンは気難しい表情でスープを口に運ぶ。この男は香草が好きではないのだ。飯屋に入ったときからこの顔である。


「……アー姐さん、もういいんですか?」

「ええ、もうお腹いっぱいですから」


 ニコは心配そうにアーウィアを見る。

 別に少食なわけではない。しっかり一人前は食っている。おかわりをしなかっただけだ。隠れて買い食いをしているのを見たので、むしろよく食っている方であろう。




 日が暮れてから、ゴロツキとおかっぱの娘たちを連れて北門前へ向かう。

 朝は新人どもで賑わうこの場所も、こんな遅くに立ち寄る者はいない。たまに見回りの衛兵が通りかかるくらいだ。


 人目を忍び、ギルドの交易所として設置している天幕に潜り込む。この交易所も、オロフのせいで最近はずっと休業状態だ。


 ニンジャの探知スキルでも、よほど用心しなければ気付かない微かな気配。墨を流したような闇の中、木箱に腰掛けて待つ男がいた。 


「ヘンリク、首尾はどうだ」

「問題ねえ。ちゃんとそこに用意してらぁ」


 鼻高斥候は顎をしゃくる。

 三つのズタ袋が地面に転がっていた。それが、もぞもぞと身じろぎをする。


「よし、準備しろニコ。逃がすなよ」

「……承知」


 輪にした縄を引っさげて、おかっぱ娘はズタ袋に手をかける。激しく抵抗するように、ズタ袋が震えた。咄嗟にアーウィアが押さえつける。


「よく見つけられるものだ。さすがは腕利きの斥候だな」

「関係ねぇよ。毎日行ってりゃ、だいたい生えてるとこもわかんだよ」


 ニコは次々と、ズタ袋から出したきのこに縄を結わえていく。

 縄でつながれたきのこに、アーウィアは握った拳を振り下ろす。ぽふんと舞った煙のような粉塵を見て、満足げにうなずいていた。


「衛兵どもに勘付かれるんじゃねぇぞ。いや、捕まってもいいけど俺の名前は出すなよ」


 そんなヘマはしない。せっかくアーウィアが考えた策なのだ。

 こんなことをして何の得があるのかは知らん。俺は、アーウィアに言われたとおりにするだけだ。


 準備はできたようだ。さあ、ちょっと僧院辺りまで、きのこを散歩させるとしようか。



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