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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
ニューゲーム編 その3
101/126

鳥のいない空


 この地の伝承では、年の渡りを三人の神様の旅路になぞらえる。

 亜麻の月に刈り入れをし、糸を紡いで帆の月に機を織る。鳥籠の月に鳥たちを集め、灰の月にかまどの火を落とす。そして、船出の月に新たな年へと旅立っていくのだ。


 季節は秋の終わり。

 ここオズローでも人々が冬支度を始める、鳥籠の月だ。




「……アー姐さん、粥を持ってきました」


 木皿を頭に載せたおかっぱ娘が、長屋の戸口から声をかける。朝日の差し込む室内は肌寒く、ひっそりと静まり返っていた。


「――ありがとう、ニコ。少し寝過ごしてしまったようですね……」


 か細い声を返し、部屋の主はゆっくりと寝床から身を起こす。おかっぱは粥を置き、その背中に手を回して支えてやった。そして、悲しげに下唇を噛む。


「……身体が冷えていますよ、アー姐さん。さあ、温かい粥を」

「――ええ、手間を掛けてごめんなさいね」


 手渡された木匙を握り、アーウィアは木皿の粥に目を落とした。




「姉御の調子は相変わらず、ってとこか」

「ああ、最初はウケ狙いかと思ったのだがな。すっかり大人しくなってしまった」


 戸口の前にしゃがみ込み、ガチョウに餌などやっているヘグンと俺だ。

 (かぶ)の葉っぱである。宿の女将が漬物を漬けていたので、少し分けてもらったのだ。これからの季節、菜物も重要な食糧の一つだ。


「冒険者たちには、むやみに自身の職業を口にせぬよう伝えております。これ以上、司教を失うわけにはまいりません」

「鑑定ができるのは冒険者の中じゃ司教くらいだものねぇ」


 ギルド代表のボダイも、この事態を重く受け止めている。小鬼くらいならいざ知らず、迷宮に挑む冒険者にとって『職業(クラス)』の力は不可欠だ。ルーの方は蕪の葉っぱをもりもり食っている。青虫みたいな奴だ。


「冒険者どもはいいとして、姉御はどうすんだ? あのままってワケにゃいかねェだろ。あとルー、そっちはガチョウのだ。食うんじゃねぇ」

 ヘグンは小枝を振って青虫(ルー)を追い払う。


「もちろんだ。しかし、相手の手の内が見えない。焦って動くと策に嵌る恐れがある。しばらくは様子見だ」

 エルフがこっちに来たので背中を向けて蕪の葉を隠す。


「ええ、確かに。さいわいにして身体の方は心配ないようですし」

 そう言ってボダイは、開いたままの戸口に目を向ける。


 アーウィアは粥を食い終わって寝床に潜り込むところだ。

 ニンジャの遊び相手をしてくれないのは寂しいが、アーウィアの体調に問題はない。メシもよく食うし鼻も湿っている。俺が留守にしている間にもニコが散歩に連れ出しているそうだ。しばらく休ませてやろう。きっと頭の傷もまだ治りきっていないはずだ。



 空になったアーウィアの餌皿を持ってニコが長屋から出てきた。

 おかっぱ娘はしばしガチョウに目をやり、ふっと顔を上げた。ニンジャの目をまっすぐ見て、口を開く。


「……やはり、全員殺しましょう」

「滅多なことを言うんじゃない」


 どうしてそう、すぐ物騒な考えになるのだ。頭のおかしいおかっぱである。


「……しかし、このままではアー姐さんが!」


 ニコの悲痛な叫びに、ガチョウとエルフが揃って顔を向ける。咥えた蕪の葉が寂しげに揺れた。


「――それでは解決にならん。ユートを討とうが、オロフやなんとか司教を討とうが、アーウィアが喜ぶわけではない」

「……では、どうすれば……」


 ドワーフ娘はしょんぼりと目を伏せる。

 今はアーウィアの世話をさせているからまだいいが、一時は取り乱して大変だったのだ。呪いの日本人形みたいな感じになって大騒ぎしていたニコである。ボダイに『退魔』(ターン・アンデッド)を使わせたら消し飛ぶのではないかと心配したほどだ。アーウィアも慕われたものである。


「ねぇ、元気を出して? ほら、いっしょに食べましょう?」

「…………」

「おいしいのよ? はやくしないとガチョウに食べられちゃうわ!」


 ルーの差し出した蕪の葉っぱが、もしゃりもしゃりとおかっぱの口に消えていく。それはガチョウのぶんだ。


 何か言いかけたヘグンだが、そのまま黙って肩をすくめる。ボダイと視線を交わし、頬を歪めて不器用に笑ってみせた。まったく、甘い男どもだ。

 仕方ない、ガチョウの方には後で俺たちから謝っておこう。



「アーウィア、俺たちはギルド会議に行ってくる。一緒に行くか?」


 出かける前に声をかけてやる。アーウィアは寝床の中で微笑み、目を閉じて小さく首を振った。


「わたしは家で待ってます。カナタさんの役に立てそうにないので……」

「そうか。ニコを置いていく。酒場の二階にいるから、何かあったら頼む」

「はい、いってらっしゃい」


 被った毛布から指先をのぞかせ、軽く振ってみせるゴロツキの娘である。



 家を出て十歩も歩けば酒場の裏口だ。勝手に入って細長い急な階段を上れば、臨時のギルド集会場になっている。平屋の上に無理やり作った二階部分のハリボテ内部だ。床材など張っていないので、まんま壁に囲われた屋根に登っている状態である。


「遅かったな。尻が痛くなったぞ」

 切妻屋根に跨って腕を組んでいるのは、ギルド幹部のザウランだ。鉄鎧など着込んでそんなところに座っていれば当然だろう。拷問具ではないか。


「肩に羽織っている毛皮を敷けばよかろうに」

「できるか! これは俺の誇りだッ!」

 なぜかこの男にはいつも怒鳴られている俺である。


「ザウラン殿、声が大きいです。こうして潜んでいるのですから……」

「ぬぅ……」

「さっさと終わらせましょう旦那。長話をするような場所じゃねぇです」


 ザウランの後ろからディッジの声もする。二人乗り(タンデム)状態で屋根に跨っているようだ。どうやら彼らを待たせてしまったのは本当らしい。


「そうだな。重要な話だけここで済ませて、残りは他の場所でするか」

「だからなぜお前が仕切っているんだッ!?」

「うるせェってんだよザウラン。なぁ兄さん、やっぱり迷宮の方がいいんじゃねぇか? ここじゃ落ち着いて話もできねェよ」

「いやいや、俺は冒険者じゃないんで! それこそ落ち着けねぇです!」


 皆が好き勝手に喋るものだから、まったく話が進まない。こんなときアーウィアがいてくれたら助かるのだが。あいつが睨みをきかせていれば、この連中も多少は大人しくなるのだ。


「ねぇ、だれか助けてくれないかしら? 隙間にハマっちゃって出られないの」


 屋根の向こうからルーの声がする。どうやらあちら側に転がり落ちてしまったらしい。難儀なことだ。


「もういい、始めようボダイ。ザウランはルーを助けてやってくれ」

「はぁ、いいのですか?」

「なぜ俺がッ!」

「無理ならヘグンに頼むから構わん」

「ぬぅ! 出来るわッ!」


 俺たち冒険者の敵は、悪徳商人と悪の商会、悪の僧院に悪代官だ。

 我らは迷宮に潜るしか能のないゴロツキどもである。常識的に見れば勝ち目のない戦いだ。相手の土俵で戦うような真似は避けなくてはならない。




 気負ってみたはいいが、そう都合よく名案など浮かぶはずもない。尻を痛めただけのボンクラ連中は各自宿題という形で散会した。会議ではよくある光景である。


 せっかく用意したツンデレ幼馴染の方の聖騎士も、オロフの奴が横槍を入れてきたせいで投入時期を見失ってしまった。後手に回っている、という危機感がある。これまで俺は、かつてのレトロゲーシステムの名残りを上手く利用してきたつもりだった。しかし、一人の商人に完全に出し抜かれるという有様だ。


 どうしてあの男は、的確にアーウィアを狙い撃ちできたのか。『冒険者』について知識がないはずの、あの男が。

 それを知るまで、迂闊に動くことはできない。敵は、俺ではなくアーウィアを狙ってきたのだ。



「ただいま、アーウィア。酒を買ってきたぞー」


 考えるのは嫌いでないが、悩むのは苦手な俺である。ひとまず問題を棚上げして冒険者らしく安酒といこうではないか。酒場に置きっぱなしだったうちの壺(マイボトル)に、質の悪い麦酒(エール)を詰めてもらってご帰還である。


「アーウィア、どうした。酒だぞ?」


 部屋着にしている簡素な長衣(ローブ)を身に付けた金髪の娘は、寝床の上に正座して静かに目を閉じている。瞑想をしているような姿だ。変わった寝相である。やはり簀巻いておかないと駄目なのだろうか。


「――カナタさん」

「うむ、カナタさんだぞ」


 アーウィアはゆっくりと目を開き、澄んだ瞳でこちらを見る。


「わたしは、司教としての力を失ってしまいました」

「ふむ……」


 何だろう。ここから面白くなるのだろうか。真面目な話とかはご遠慮願いたいのだが。そういうのは、ちょっと気分ではないのだ。


「今のわたしに残されたのは、知性しかありません」

「――はぁん?」


 うっかり変な声が出た。


「わたしの知性を使ってください。そして、司教の力を取り戻してほしいんです」


 ちょっと何を言っているかわからない。

 ゴロツキ風情が大きく出たものである。


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[良い点] ゴロツキ状態だと司教っぽくなり 司教状態だとゴロツキっぽくなる娘
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